今日は酒が旨いわい
朝礼が終わり、仮想訓練機のある部屋へ移動する群れから離れ、10名程が外へ出る。その中に悠翔とスグニィスもいた。
「おい、急げよ」
悠翔の左肩を軽く叩いて声をかけたのはサルギィ。イラディム、ルークルも小走りで続いて行く。
さあいくぞと、スグニィスも悠翔に声をかけ、先行していった。
「実機訓練の足りてない俺が、特別に参加なのはわかりますけど、なんでスグニィスさんまで?」
「しょうがないだろ、一応、悠翔を監視するという義務もあるんだし」
ついていきながら聞く悠翔に、スグニィスはそう答えた。
悠翔は、ベッキアから離れた場所で今日一日の流れの指示を聞いた。そして解散する前に少しにやけながら皆に話す。
「順調に進めば昼前に、サルギィ、イラディム組と、悠翔、スグニィス組での摸擬戦だ。予想はしてもいいが、賭けはするなよ。以上だ」
タルートへ搭乗するために走る。
悠翔の本来のグループよりも一つ先を行く訓練らしく、午前も午後も2機づつの対戦ということだった。タルートを操作して障害壁を組み立てていく。前回とは違う配置だ。
作業が終わり、摸擬戦も滞りなく進んでいく。
何組かの摸擬戦を見ながら、悠翔はスグニィスと通信しながら、いろいろと気づいたことを話していた。
「へえ、すごいな悠翔。そういう風に他人の試合を見ればいいのか」
「俺も説明するために整理と確認が出来るから、スグニィスさん話すことが出来てありがたいですよ。なんとなくやってると行き詰りますからね」
「ところで、今回も何か策はあるの?「ないです。ありません」
スグニィスの問いに、早口で答えてから続ける悠翔。
「あるわけないですよ。イラディムさんだって十分強いんですし、こんなにやれることの少ない、行動を制限された訓練では策なんてありませんよ。息精張ってやるしかないですね」
悠翔たちの番が来て、機体を所定の位置へ動かしていく。
「悠翔は、どっちのタルートにサルギィが乗ってるかわかる?」
「これは盲点でしたね。通信が組んでる相手と隊長にしか繋がらないから、どの機体に誰が乗ってるか、乗り込むところでも見てなければわからないですよ」
タルートの肩に機体番号がパイロット別に決まっているわけではなく、摸擬戦では対戦相手との通信は出来ないということもあり、誰がどの機体に乗っているのかはわからない。
「この間は、誰なのか気にするような相手ではなかったからなあ」
「そういう失礼なことを言うのはマナー違反ですよ。まあ、少し動けばタルートの一挙手一投足ですぐに判別出来ますよ。結構癖が出ますからね、撃った後の動きの傾向とか。俺の脳に刻んでありますから、わかったら教えますよ」
不敵な笑みで答える悠翔。
「嘘くさい「何でですか」
スグニィスに否定されて、噛みつきながらも悠翔は笑ってしまう。
そして、摸擬戦が始まった。
悠翔のフォローも間に合わず、あっという間にスグニィスの機体が破壊判定されると、イラディム、サルギィ相手に、悠翔は必死に攻撃を避けながら反撃するが、素早い2機の巧みな連携から逃げ切れるはずもなく、長い時をおかずに撃ち倒された。
機体を元いた場所へ移動させてからすぐに、悠翔へスグニィスからの通信が入る。
「どっちがサルギィかとか、考えてる暇なく負けたよ」
スグニィスの自嘲気味な声。
「悠翔はどっちの機体がサルギィか判別ついたか?」
「ええ、わかりましたよ。強いのがイラディムさんで、より強いのがサルギィさんです」
二人の乾いた笑い声。目が笑っていない。
午前が終了して食堂へ向かう途中、サルギィに話しかけられた。勝てなかったことは気にするなよと、悠翔の肩を軽く叩いて言う。
「隊長に何故だか、イラディムと組んでやってくれって言われてな。それではさすがに拮抗にならないと上申したんだが、悠翔が大きく不利な状況で、どこまで抗えるか試したいってな」
「抗いようがないですよ。この訓練条件では」
悠翔が笑いながら言う。
「まあ、下へ降りてからは、制限無しでの実機の訓練になるそうだから。その時にな」
サルギィも笑って言い、悠翔の肩を軽く叩いて別れた。
食堂で昼食を食べている二人。しばらく無言で食べている。先に口を開いたのは悠翔だった。
「サルギィさんと対戦出来るのはうれしいですけど、せめてイラディムさん以外との組みにしてくれないと、勝てるわけないですよ」
「ベッキア隊長の配慮だな、ロッカーのことを伝えてあるし。悠翔がみんなの目の前で、サルギィに勝ったりすると怨嗟が溜まるだろってことさ。それに、もしこんな不利な条件でもサルギィ達に勝つのをその目で見たら、さすがに悠翔のことを認めるだろうとね。まあ、無理だったけど」
「だいたい、あんな制限だらけの訓練に意味あるんですか?」
「ここは狭いからな。始めのうちは慎重にってことさ。何かあると反対派とかがうるさいし、降りてからだよ」
そう言ってからしばらく食事をしていると、スグニィスが何かを思い出したような顔して、左掌の先でテーブルを軽く叩きながら首を出して聞いてきた。
「それはそれとして、あんなにイラディムに集中して攻撃をしかけるとか、何考えてんだよ悠翔は」
その言葉の意味がわからず、一瞬固まる悠翔。
「俺がやられた後の話だよ。すぐに判別がついて、イラディムの乗るタルートから攻撃をしたんだろ? あいつらが降りる時に確認したら、悠翔が先に倒そうとしていたタルートは、イラディムの機体だったってわかったんだよ。まあ、わからないわけじゃないよ。サルギィとイラディム相手にするのなら、イラディムの方から倒そうとすること自体は」
頷く悠翔に、少し笑いながら続けるスグニィス。
「でもさあ、イラディムの立場に立ってみない? あの気の荒そうなイラディムの立場に。ロッカーの件もあるのに。もう少しこう何というか、手心というか。さっきも睨んでたぞ」
得心した悠翔が、少しのけぞりつつも答える。気弱にふてくされたような声。
「だってしょうがないじゃないですか。ある程度相手の力量がわかってる以上、わずかでも組みしやすい方から相手にしないと。まあそれも見透かされていて、追い込み切れず、逃げ切れずで負けましたけど」
言い終えてうつむく悠翔。
午後は別の組みと対戦し、スグニィスは善戦しつつも破壊判定されて終えたが、悠翔はダメージ判定を重ね積みながらもギリギリで、相手2機を撃ち抜き倒して勝利となった。
そして本日分の摸擬戦が終了すると、障害壁の片付けとタルートの庫戻しを終え、代用弾と空薬莢の片付けとなる。悠翔たちは、せわしなく歩き回って回収を繰り返した。
円盤状になった代用弾はゴムの様に柔らかく、悠翔も思わず揉んでしまう。引っ張れば千切れるがかなりの力が必要で、砂が付着しているが時間を経たからか粘着性はさほどない。
空薬莢は代用弾よりも軽いくらいだが、かさばる為、何度も拾いに行かねばならず面倒だった。
ある程度回収してから倉庫の奥、事務所の先にある仕切りの裏側まで背負い持って行き、そこに置いてある大きな運搬機の昇降機の箱に集めた代用弾を入れると、箱は上へとせり上がって前方へ進み、より大きな箱に同じ色別に落とし溜められていく。
何回目かの行ったり来たりの時だった。空薬莢は台車の上の大きな箱に入れるのだが、ほぼ満タンになっていて、どうしたものかと悠翔が思っていると、イラディムが来て悠翔を睨みつけると無言で台車を押して、代用弾の運搬機の横からさらに奥へと行ってしまった。
「イラディム一人でいいんだよ」
ふいに声をかけられる悠翔。サルギィだ。後ろにはルークルがいる。
「一人でいいんですか? 満タンになったのを見つけたら二人で運べって言われてますけど」
「イラディム一人でやるから、他の連中は集めるのに回した方が効率がいいと、俺が進言してな」
「いや、でもあの箱は向こうで車に載せますよね、一人じゃ持ち上げられ「イラディムなら出来るのさ」
サルギィが笑って言うので、悠翔はとりあえず納得して運搬機まで歩を進め、昇降機の箱に集めてきた代用弾を入れた。
「ん?」
悠翔の頭に小さな何かが当たって落ちる。慌てて振り向き見上げると。
「危ない! 悠翔、上!」
サルギィの大声。
箱が落下してきたのだった。慌てて頭をかばうと箱が右前腕に強く当たった。悠翔右ひじを左手でつかみ、うめきながら身をすくめてよろめき歩く。
落ちた樹脂製の箱はふたが外れ、なにやら5、6個程の金属製の部品をばらまいていた。
「大丈夫か、悠翔。ルークル、ベッキア大尉を呼んで来てくれ」
サルギィの言葉に頷いて、ルークルが倉庫の出入り口へ走る。
「おい、どうした」
音を聞いて駆け寄ってきたスグニィスに、事情を話す悠翔とサルギィ。
「何があった?」
ベッキアが声をあげながら、ルークルと共に走ってくる。
「後ろの棚から、箱が落ちたって? 棚にぶつかったりしたのか?」
「いや、棚には触れてもいません。上から悠翔の頭に、何か小さなものが2つ落ちて当たったのが見えて、棚の上に目をやったら箱が落ちたんです」
サルギィがベッキアの問いに答える。
棚に手をかけるベッキア。棚はしっかり固定してあり、びくともしない。
「悠翔、腕は大丈夫か?」
「いや、かなり痛いです」
ベッキアの声に答える悠翔。
「これは、かなり重いですよ。悠翔、医務室で見てもらえ」
スグニィスが、箱に部品を戻して手に持ちながら言う。
ベッキアからも、医務室で見てもらって来いと言われ、悠翔は医務室で診てもらうことにした。
悠翔は痛む腕を抱えて医務室まで歩く。右手の指を波の様に動かすと、痛みが走る。
医務室に着くと、悠翔は医師に事情を話した。
初老の男性医師は、折れてはいないようだ、と言い。そばにいた悠翔と同年代と見える少女に声をかけた。リルリムという名のようだ。
「不全骨折の可能性があるので、X線断層撮影と超音波検査をしてください。出来たら医療補助機を通して私の確認を取り、あなたに処置をしてもらいます。分かりましたか」
「はい、分かりました、右前腕部の、X線断層撮影、超音波検査をしてから確認をしてもらい、私が処置します」
「この子は、幾多の難関を勝ち抜いてこの場にいる優秀な子だから、安心して任せなさい」
看護師らしい太めの女性が、微笑みながら悠翔に言葉をかけた。
リルリムはどこからか持ってきた幅広のバンドのようなものを頭に巻き付けた。その額の部分には、携帯端末よりも少しだけ大きめな感じの長方形の板状のものが付いている。薄く凸の字に膨らんだ両端上側にカメラのレンズのようなものが付いていて、下側の両端にもセンサーと思われる小さな丸いものが付いていた。
リルリムが端末の角度を少し前に倒し目線と同じような角度にして、右手でスイッチを入れる仕草をすると、なにやら音声が発せられる。挨拶のような言葉。名はセアト?
「セアト、これから右前腕部のX線断層撮影をするから、確認をお願いするわ」
そうリルリムが話すと、了解、リルリム。と額の端末からの音声が答える。
「ではこちらへ」
リルリムはそう言うと、悠翔に軽く頭を下げながら、別室への移動を手で促した。
ついていく悠翔、リルリムの姿は、上衣とスカートが繋がった薄い水色の服に重ね着したような白い服、水色が見えているのは、胸の上、両腕、スカートの端位だった。帽子は被っておらず、後ろで丸くまとめられた髪。悠翔は思わずうなじに目がいってしまう。
少し離れた別室へ入ると、この世界に来た時に検査された装置に似たものが置いてある。体内を検査して画像にできる装置だ。
「じゃあ、今からあなたの右前腕部の、X線断層撮影をするから、ここへうつ伏せで寝て右手を伸ばしてくれる?」
促された悠翔は、身体に金属はありませんよと答える。
「ああ、これは磁石で検査する機械じゃないから。あれが必要な怪我や病気なら病院へ行かないとね」
?顔の悠翔に続けるリルリム。
「装置の全体の形は似ているけど、磁石を使うものとX線を使うものと二種類あるの。これはX線を使うもので、骨を見るのに都合が良いのよ」
悠翔は適当に頷くと、指示されるままにして撮影された。この世界に来た直後に、検査着に着替えて調べられた時と違っておどろおどろしい音もなく、ほんの数分で検査が終わった。
医務室へ戻り、次は超音波検査をするという。
厚みのある小型のキャリングケースみたいなもので、開けるとどちら側も画面の様であるが、片方の画面は狭い。電源を入れると狭い画面側が操作ボタンの様な表示になった。
その下側の画面でない部分がふたの様に開くと、コードの付いたもの、店のレジにあるスキャナーのようなものが出てくる。
それを悠翔の右前腕に当てて検査が行われた。
額のセアトと呼ばれる端末と、話をしながら確認していくリルリム。
そして、リルリムと医師との確認のやり取りが終わると、処置をすることになった。椅子に座っている悠翔にリルリムが説明をする。
「右前腕部の不全骨折ね。ひびは大きくないから、すぐにくっつくはずよ。ちょっと待ってて」
そう言って奥へ行き、タイヤの付いた小型のテーブルを持って戻ってきた。上には小型のロボットアームようなものがいくつも載っている、
「ここに腕を載せてくれる?」
タイヤ止めをして高さを調整しながら、悠翔に言うリルリム。
「注射を打つわ。機械がやってくれるから安心だし、痛くないわよ」
悠翔が右腕を載せると、手首をバンドで固定され、その周りにロボットアームが置かれていく。
リルリムがロボットアームの下部を操作すると、空気が吐き出される音がして、わずかに全高が下がり固まった。
額のセアトと話しながら確認していくリルリム。
ロボットアームに注射器の付いていない状態で動作を確認する。素早く滑らかで、統率の取れた動き。
「なに青くなってるの? 大丈夫?」
リルリムが注射器をセットしている途中に、悠翔の顔を見て話しかけてきた。
「こんなにたくさん打つの?」
「ええ、神経も痛めてるし内出血もあるから。何度も打つより一度で済ませた方がいいでしょ」
注射器を取り付け終えたリルリムが、悠翔の顔を見て飽きれたように話す。
「しょうがないわね。それなら打つところを見ないように、横を向いていなさい」
リルリムはセアトと医師に確認を取り、いよいよ注射を打つこととなった。
「じゃあ、いちにのさんの、さんで打つからね。動かしちゃだめよ」
リルリムの言葉に、横を向きながらながら頷く悠翔。
「いち、にの、さん」
リルリムの声の後、しばし無言の二人。機械は動かない。悠翔がリルリムの顔を見ると、リルリムがにんまりと微笑んだ後に「よん!」と小さく言ってアームが動き、針が刺された。
悠翔は驚いたがたいした痛みもなく、あっという間に終わる。
「おぬし油断したじゃろ?「何そのおじいちゃんみたいな声真似。あれ? それなんかのゲームで聞いた気がする。なんだっけ?」
リルリムの作り声に慌てる悠翔。
「よく知ってるわね。昔、お父さんと遊んだゲームに出てくる台詞よ」
笑いながら答えるリルリム。
「へえ。ってああ、それよりも今の何? 普通はさんで打つって言っておいて、にで打つんだよね?「ほら、やっぱり知ってる」
「漫画やドラマでさんざんやるから、みんな、にから力むのよね。力むとかえって痛いし この注射器は針も細いから力まれると負荷がかかって良くないのよ。それで私が対策を考えたの。上手くいったわ」
そう言って軽やかに笑いながら注射器を外すリルリムの横顔に、悠翔も微笑みながら目が留まった。
鬼平と剣客商売のドラマを見まくっています




