カモシカ
そして再び、仮想訓練機による訓練をこなし、2日が過ぎたその夕刻。
着替えるためにロッカーの前に立つ悠翔。そのしかめっ面。
ロッカーの扉下部が大きく凹み、扉上部にはいくつものひっかき傷が走っている。その傷の一つは「金くれよ」と書かれていると判る。
周囲から鼻で笑うような音が聞こえる悠翔。慌てて見渡すが、着替える背中しか見えない。幻聴か?
両目を瞑り、大きく息を飲み込んだ。
ため息を吐きながら着替える悠翔の動作は遅く、周りには誰もいなくなり、待ちかねたのかスグニィスが顔を出す。
すぐにロッカーの異変に気が付いたようで、満面の笑みを浮かべるスグニィス。
「なんでそんな笑い顔なんですか」
声を上げて睨む悠翔に、スグニィスが両頬を両手で覆い下げながら答える。
「すまん、すまん。飯喰いながら話すよ」
そう言ってにやけながら、悠翔の肩を叩いて先に行ってしまう。
悠翔は顔を歪めながら大きくため息をつき、凹んだロッカーの扉を閉めて後に続いた。目を彷徨わせ、通路の白い光を避けるように下を向いて。
「せっかく今日は、悠翔がサルギィに訓練機で勝てたって日なのに、とんだケチが付いたな」
食堂で食事しながらスグニィスが話しだす。
目を伏せ無言の悠翔を、チラリと見てから続ける。
「ああいうことする奴、本当にいるんだな。俺の学生時代は割と平和で、多少からかわれていたのが居た位の記憶だよ。こんな嫌がらせとかは無かったと思うな。気づかなかっただけかもしれないが」
そう言って一口食べた後。
「あー、実機の模擬戦の時のあいつらかな? 昨日の採点指導の時に、悠翔のこと思いっきり睨んでたし」
そう言って笑った。
「教官が大げさなんですよ。俺が二人を煽ってスグニィスさんの存在を消したとか、大げさですよ」
悠翔が顔を上げて早口で話すと、スグニィスも即座に続ける。
「まあ、お互い相手するのが二人とわかっているのに、悠翔だけにとらわれたのは、ダメ出しされても仕方ないだろうくらいは俺にも判るよ」
「スグニィスさんが、チラチラと俺の後ろにいることを印象付けてから、素早く最短で相手の背後に回ってくれたってのもありますよ」
「だよねー「そう指示したのは俺なんですけどね」
笑う悠翔に、スグニィスが不服そうに横を向いた後、向き直って首を出して聞いてきた。
「そういえばサルギィと、こないだ言ってたゲームの対戦したのか?」
「ああ、ええ、やりましたよ」
勝てたかと聞くスグニィス。
「んー、昨日の終わり際に一回勝てただけですよ」
「へー、ゲームでもサルギィに勝てたのか。やっぱり悠翔は凄いな」
「いや、今日の訓練での勝ちもそうですけど、運勝ちですよハッキリ言って。だいたいあれだけどういう考えで行動したとか、自分が苦手なこととかを話されたら、そりゃ、そこからいろいろ考えて攻めることで、運良く勝つこともありますよ」
水を飲んで続ける。
「俺の世界のゲームでは、そこまで教え合ったりしませんからね。当たり前ですよ、自分が一番になりたいんですから。教えるわけありませんよ」
「それはあれだよ、帰還組。俺たちは第5次帰還組。帰還組みごとの総評価点数の多さで、上位2組に報奨金が出るってことになってるんだ。一人頭ではたいした額では無いけれど、それでも無いよりはいいからな。だからサルギィが、進んで全体の底上げをしようとしているのさ。教官も助かるって言ってるしな」
合点がいったような面持ちで、細かく頷く悠翔。
そして、サルギィとの対戦のことをしばらく話すことになった。
昨日の夜。夕食から帰宅してしばらくすると、サルギィから連絡が来た。
「ああ、はい。操作は一応覚えましたよ」
悠翔は答えながら、携帯端末を動画ボードと無線でつなぎ、ゲーム対戦の準備をする。
「操作はタルートと全く違っているが、やれることはそう多くはないから、悠翔ならすぐ覚えられるだろうな」
「でもこのゲーム、動作の開始や停止の速さ、タイミングの取り方が訓練機に似てて良く出来てますね」
「それは俺が、ルークルに頼んで改造してもらったんだ。元々はフリーソフトのゲームで、俺が以前から遊んでたやつでな」
「改造したんですか凄いですね。本当にいろいろと細かい部分の感覚が、訓練機の操作に似ていて驚きましたよ」
サルギィは、オープンソース付きのソフトだったから、プログラムの改造が可能なんだと答えて続ける。
「俺が色々、ああしたいこうしたいと説明したら、ルークルが即座に理解して改造してくれたのさ。たいしたもんだよルークルは」
嬉しそうなサルギィの声。
そして対戦が始まり、連戦する二人。悠翔はなかなか勝てず苦い顔。
しかし遂に悠翔も勝利する。10連戦以上の果ての勝利だった。
してやられたと悔しそうに話すサルギィの声に、悠翔は硬い表情のまま。
しばしの沈黙の後に口を開く悠翔。
「ただの運勝ちですよ、今のは。サルギィさんも判ってますよね?」
「いや、今のは運じゃないだろう。俺の判断と選択の裏を突きまくってきた悠翔の勝ちだよ」
即座に答える、サルギィの笑みを含んだような声。
一呼吸おいてから、教え過ぎじゃないかと聞く悠翔。一戦するたびにあれだけ手の内を教えられたら、いろいろ対抗策考えて戦うから、運が良ければ勝つこともあると。
「謙遜するなよ。今日のタルートの訓練機でも俺をギリギリまで追い込んだだろ。あれこそ俺の運勝ちだ。悠翔は充分上手くて強いぞ。明日くらいに訓練機でも負けそうだ」
軽い声で笑った後に続ける。
「でもまあ、確かにさっきのは運任せの博打の気配を感じたな。理屈の判断速度を超えた、博打反応かと思ったぞ」
「博打気味ってのは、他の人にも言われたことがありますし、基本として理屈を突き詰めて動くべしっていうのも解るんですけど。いくら理屈で判断していっても、結局、最終的には博打気味な決断になるんじゃないですか?」
「たいして考えていない博打と、理屈の果ての最小限の博打に違いは無いと?」
「え? それは」
返答に窮する悠翔。首が動く。
「ま、正直そのことについては判断つけにくいな、俺は。いろんな戦記とか読んでると、結局、戦場の生き死には運なのかと思うよ。そして運なのかと思いつつも、理屈で突き詰めて動く訓練を積むしかないんだな、軍人は」
「一応、俺の反論としては、たいして考えていない博打のつもりはないんですけどね。判ったと思ったからそうしただけで。説明しにくいですけど」
「言うね。ま、自覚と覚悟で動いているなら後悔することも少ないだろう。負けた俺がこれ以上否定する資格も無いしな」
「そんな大げさな話じゃないですよ、運勝ちだって言ってますよね。教えられてなければいつまでも勝てなかったと思いますよ。あんなに教えて、それが原因で俺に勝てなくなったらどうするんですか?」
悠翔の言葉にサルギィが吹き出しながら答える。
「悠翔に勝てなくなったら、どうすれば勝てるようになるか悠翔に教えてもらうだけさ。必ず勝てるようになってやるよ。絶対にな」
笑うサルギィの声が軽い。
悠翔もつられて微笑んだ。
そういえば、明後日の実機訓練に悠翔が来るんだな、楽しみにしてるぜ。とサルギィが言い、悠翔がその言葉に軽く頭を下げて答え、その日が終わった。
「へえ、面白そうだなそのゲーム。コントローラーは別売りのを買えば、もっとちゃんとしたのがあるぞ。まあ、申請して許可取って、送られてきたら検査してと、手元に来るまでに時間がかかるけど」
スグニィスの言葉に、悠翔は必要ないと答える。付属の貼るボタンだけで充分だと。
しばらく食事を続けていると、スグニィスがハッとした顔で話し出した。
「ああ、金の話だと、もっと直近にあったな。今度の技量判定戦。あれも上位二人に賞金が出るんだぜ。30万と10万。これは大きいな。それ以下も評価点数が細かくつくんだよ」
そう言って少し顎を上げた後。
「そうなると、サルギィとイラディムにも恨まれてる可能性あるな。悠翔のせいで賞金を貰えなくなる可能性が高くなるんだから。
にやけながら悠翔を見るスグニィス。
「サルギィさんはそんなことしませんよ」
「そうだよな。それは俺にも判るよ。そうなると怪しいのは……」
「やめましょうよ、そういうのは」
「右手で扇いで、拒絶する悠翔。
「イラディムかな、やったのは。あいつ態度悪いし、暴力とか振るいそうだしなあ」
お構いなしのスグニィス。
「だから証拠も無いのにそういうこと言うのやめましょうよ。あの人がひっかき傷の書き文字とかしないでしょう」
「イラディムに便乗して誰かがやったのかな。そうだとするとまずいな、悠翔に対して嫌がらせしてもいいんだみたいな空気になってしまったかもしれない」
「イラディムさんだと決めつけるのはやめてくださいよ。イラディムさん以外にも、連戦拒否で無言で切る人は他にも何人かいるんですよ」
「おいおい、そんなに嫌われてるのか悠翔は」
呆れ顔のスグニィスが続ける。
「まあ、手加減無しでボコられるとカチンとくるしな。少しくらい手加減してやればいいのに。悠翔も言ってただろ。後から入ってきた奴がいきなり強いと、今までやってた連中には面白くないから嫌われるって。それが金持ちの軍人の子という設定だから、余計になあ」
悠翔が日本でやっている対戦ゲームに、遅れて参加したにも関わらず、即座に優勝争いをするほど上位にいるという理由で、昔からのプレイヤーに良く思われていないマツバラのことだ。
身を引き、うなだれてため息を吐いてから答える悠翔。
「手加減は出来ませんよ。そういうのは結局お互いの為にならないし、手加減される方が俺はカチンときますよ。それに、それになによりも、予備役だとかなんだとかと聞いたら、俺なんかに勝てないことぐらいで腹を立てるなんてことではダメでしょう」
「あら、そんなこと気にしてくれてたんだ」
口をすぼめて驚き顔のスグニィス。
「それにちゃんと、どうするか教え合うということが出来るのに、それを拒否するとかダメダメですよね」
「ダメダメのイラディムとか言っちゃうなんて、怖いもの知らずだな悠翔は「そんなこと言ってないですよね」
スグニィスは、イラディムが一番怪しいが、他にもいる可能性があるのかと首を回して傾げると。凹まされのがいつなのか、昼か帰りかと推理を始めた。
「一応シャワーの数の関係で、室内トレーニング組とランニング組で時間差があるから可能ではあるけれど、周りに人がいたらやらないよな。音も目立つし」
チラリと悠翔を見てから続ける。
「誰もいない昼とかにわざわざやるほどの怒りだとすると、いつ起きてもおかしくない状態だから用心しないといけないな」
何が起きるんですかと聞く、悠翔の驚き顔。
「なにニヤニヤ笑ってるんですか」
悠翔が苛立ち気味に聞くと、睨む悠翔を意にも介さない様な態度のスグニィスは、空覇とリルターにもトラブルがあったと笑いながら二人の顛末を話しだした。
空覇は三人に絡まれると、内二人の肩の関節を外して制圧。一人は逃げたという。リルターは嫌味や嫌がらせに業を煮やしたのか、二人に殴りかかって歯を折ったということだった。
「ちなみに空覇に絡んだのは、案の定、体力練成を同じくしないグループの連中だったとさ。パッと見の印象で空覇を侮って絡んだんだな。空覇はネットでこの世界の医療技術を調べたうえで、試してみたかった関節外しを初めてやったって笑って言うんだぜ。怖いよ空覇」
身を乗り出した、驚き顔の悠翔に続くスグニィスの弁。
「予兆があったんだろうけど、空覇は何も言わなかったし、俺も気が回らなくて悪かったなと思ったよホント。だからもし次が来たら気遣おうと思ってたんだけど、リルターだったから知らんふりしてたら、やっぱり起きた。あいつが起こしたんだけどな」
そう言って笑うスグニィスが、悠翔を見て続ける。
「さてさて、悠翔様はどう対処するのかな?」
スグニィスのからかうような声に、引きつる悠翔の顔。水を飲んでの、間をおいて。
「ゲームでもありがちなことなんですよ、負けて悔しくて喧嘩腰になる人はよくいるし。だから対策としては面倒なことになら無いように、知り合いを作るんですよ早めに。なるべく年上の人たちと仲良くなるのが得策なんですけど」
そう言ってため息をついてから続ける。
「頼りになる年上の人がいてくれるといいんですけどねえ」
目を細めてスグニィスを横目で見る悠翔。
「なにその目、頼りになるだろ俺は」
慌てたスグニィスがそう言った後に、右手を扇ぎながら続ける。
「教官にも伝えるし、悠翔が一人にならないように注意するから安心しろよ。空覇やリルターの時と違って、俺が側にいるんだからさ」
そう言ってにやけるスグニィスにジト目の悠翔。顔をしかめて横を向くと、鼻息を吐いて軽く首を振った。
前話 してて と 空薬莢の片付けのことスコーンと忘れてました メモしてたのに




