第五話 魔石
「行ってくる」
ラークの詠唱が完成して俺の周りに風のバリアができたのを合図に、前へと足を踏み出した。
途端に鎌鼬が襲いかかってくる。
それは少女に近づくにつれて威力を増して行き、やがてバリアで防ぎきれなくなった鎌鼬が俺の二の腕を切り裂いて行く。
「……っ」
切った腕が熱を持って、血が流れる。
このままじゃバリアが持つのも時間の問題だ。
魔法は術者と離れれば、離れる程術者への負担が大きくなる。あまり時間が掛かってはラークの魔力と俺の体が持たない。
圧倒的な魔力に長時間晒されると、体に不調が出て来るのだ。もう既に体が重たくなってきている。
自分でも防げたらいいが、俺は魔石に魔力を籠めるために自分の魔力を練っておく必要がある。
悪いがもう少しラークには頑張ってもらわないと駄目だ。
魔力を練ることばかり考えていた俺は、周りへの警戒心が疎かになっていたのか大きな石が迫って来るのに気づかなかった。
「ロキっ!」
切羽詰まった声音に気づいた時には、横殴りにぶつかってきた石が俺の頭に音を立てて激突した。
「……っ」
額の右上から血が流れる。
風に煽られて来た石は予想以上に重い。
(……まずいっ!)
今にもこっちへ飛んで来そうな勢いのラークを横目で見て焦る。集中が途切れたら魔法が消えてしまう。
「続けろ!」
俺は咄嗟に喝を入れて魔法に集中させる。
今はこんなことに気を取られる場合じゃない。
一瞬目を剥いたラークは魔法を継続させる。それを確認してからクラクラする頭を叱咤して一歩ずつ前に進む。
ゆっくりとだが、ようやく少女の傍らについた。
ここまで来るのに随分時間が掛かったからラークの為にも早く終わらせなければ。
腰に下げていた魔石を少女の近くにばら撒いて、今まで練っていた魔力を解放する。
「我、汝の魂の欠片を導くもの。汝の外郭より放流する力を魔石にて封じん」
詠唱をして、暴れる魔力にゆっくりと俺の魔力を乗せる。
俺の魔力と少女の魔力がうまく合わさり俺の支配下に収めまったら、さっきまで俺も襲っていた魔力の渦が今度は少女と俺を中心にして渦を巻く。
導く先は、魔石。
集中して、魔力が暴れ出さない様に、慎重に操る。
徐々に弱まって行く風はシュゥっという風音を立てて、最後の魔力が石に吸い込まれる。
辺りを見回すと地面が剥がれてほとんどの木の葉が落ちている酷い惨状だか、もう魔力は感じない。それは成功を意味する。
「……ふぅー」
力が抜けてどさっと地面に胡座をかいて息を吐く。
「はー、疲れた……」
後ろではラークが寝転がって息を乱している。
緊張と安心でかいた汗が髪をべっとりと張り付いて不快だ。
何より疲労と魔力を消耗しすぎた事による倦怠感が凄まじい。
俺も寝転がろうかと思って視線を下に向けると視界の端でキラリと何かが光った。
何気なくそれを視界に捉えたら、信じられずに俺は目を見開いた。
「ラーク!」
「な、なんだ⁉︎」
突然叫んだ俺にびっくりして飛び起きたラークは急いでこちらに駆けつけて来た。
そして俺の視線の先にあるものを目で追ったら、言葉を失った。
そのにあるのは、先程暴れていた魔力を閉じ込める為に使った魔石。
とても色素が濃い、純度の高いそれは宝石の様にキラキラと光を反射して輝いていた。
「これはさっき使っていた色素の薄い濁った石だったはずだ。……一体どれだけの魔力を籠めればここまでになる」
魔石は魔力を籠めれば籠める程輝きをます。
ここまでの質で、これだけあれば相当な額になるだろう。
もちろんそこに籠められている魔力も計り知れない。
魔石は鉱山か、もしくはモンスターを倒した時に出る核から採れる。
鉱山から採れる魔石は、質は良いが籠められる魔力が少ない。
逆にモンスターから採れる核は、質が悪いが籠められる魔力は多い。
モンスターから採れる魔石には大小様々なものがあるが、大きいものだと閉じ込められる魔力はそれなりにある。
それが二十個。全てが濃度の高い高品質。
持っていた魔石は色んな大きさのものがあったが、それでも多い。
一体これだけの魔力をこの小さい体の中にどうやって収めているのだろうか。
色々と疑問は尽きないが、今はとにかく休みたい。
体が疲労を訴えてくる。
「今はとにかく森を抜けるぞ」
東の空が明るくなり始めている。
もうすぐ夜が明ける。
随分道をそれてしまったが、へメル村まであと少しの所まで来ただろう。
「ああ。この子はどうする」
ラークが目を向ける少女は、今だに目を覚ます様子は無いがさっきよりも幾分呼吸が落ち着いている。
「連れて行くしかないだろ。また暴走させて被害が出たらそれこそ目も当てられない。そのあとのことは目が覚めてから決めよう」
「そうだな」
ひとまずやることが決まったら、出発の準備だ。
無造作に散らばっている魔石を集めて二つの袋に分ける。
それぞれ腰に下げたらラークが荷物を持ち俺が少女をおぶる。
俺たちは元来た道に戻って村へ向かった。