第四話 美しい魔力の渦
「……ハァ……ハァ……ハァ、ハァ……」
おかしい。あれからしばらく経っても一行に人里が見つからない。
もう辺りは真っ暗になってしまったのに、灯り一つないと見当たらないときた。
村人は普通貴重な火を無くさない様に大体一晩中灯してる筈なんだけどな。
ということは、まだまだ遠いということか。
チッ、大切な命の分岐線を棒倒しなんかで決めなきゃよかった。
今更ながら後悔して来た。
ここまで来たらもう戻ることもできない。というか、なんかさっきから頭がぐわんぐわんするんだけど。
ヤバイな。これは魔力の暴走の前兆だ。
今日は朝からいろんなことがあって疲れているのに、普段殆ど動かない体を何時間も行使したから疲れが倍増だ。
まあ、それだけじゃないよなぁ。
「……早く、どこかで休まないと」
少し歩いた所に比較的大きな木があったのでノロノロとそこへ腰掛ける。
……皆は大丈夫かな。
今更だけど、アリシアが私が出て行っただけで皆を今まで通りにしてくれるなんてあるわけないよな。
確か父親は今日、家にいない筈だ。だからアリシアは殺気立っていたんだな。
私のお母さんに手を出した父親は、それ以来アリシアにそっけないらしく、アリシアもまた浮気をされるんじゃないかと気が気でないらしい。
運が無かったとしか言いようがないな。
過ぎたことをぐちぐち考えても仕方ないか。
私はもう二度と会えないけど、元気にしてくれてたら嬉しいな。
私の大切な人たちだ。
アニタもパリスもラオ爺も、他のみんなも。
彼女達を思い出して自然と微笑が浮かぶ。
心配性のアニタに、ちょっと子供っぽいパリス、おじいちゃん見たいにあったかいラオ爺。皆、私を大好きだと言ってくれた。
おこがましいかもしれないけど、私にとってあの人たちよりも、もっと、ずっと家族みたいだった。もちろんお母さんもね。
風が出てきたな。不快な風切り声が耳をつく。
いくらもうすぐ春だと言ってもまだ寒い。
体を抱きながらうずくまっていると、段々瞼が重くなって来る。
忘れがちだけど、私は五歳児。
とても睡眠が欲しいお年頃なのだ。
あした目が覚めたらどうしようかな……。
* * *
夜の闇が降りている中、鬱蒼と茂る森の中を二人の若い男が歩いていた。
縦に並んで歩く男達は周りを警戒しながら進む。
前を歩く男は白銀の髪に湖の様な澄んだ青い瞳。少し垂れた目元が、その整った顔立ちと相まって色気を醸し出している。
不意に足を緩めた男は後ろに続く男を振り返る。
「ラーク。へメル村はまだなのか?」
茶色の髪と黒い瞳のラークと呼ばれた男は、前を歩く男より背丈が幾分大きい。
ラークは地図の様なものを覗いて答えた。
「確かもう少し先にある筈だ」
「そうか」
そのまま何も言葉を交わすことなく森の中を進む。
深くなるに連れて強くなる風に服や髪がたなびく。
「なあロキ。なんか変じゃないか?」
ラークがもう一人の男、ロキに疑問を呈する。
「ああ、依頼にあったウェストン山のモンスターまでまだまだある筈だ」
ここ一帯は自然の中にある魔力の濃度が普通よりも大きい気がする。
それは特に気にする程のことではない筈なのだが。
(なんだ? この違和感は)
いや、今はそれよりも周りに集中しなければいけない。夜の森は危険なのだ。そう思った矢先。
「……っ!」
「……っなんだこれは!」
不意に感じた膨大な魔力の存在。
とても人が持つには大きすぎる。なら。
「ヴァイパーが降りて来たのか!」
ヴァイパーは猛毒をもつ大蛇のモンスターの一種で、全長は十メートルを超す奴もいる。
ヴァイパーの毒にやられるとすぐに解毒しないと死に至る。そのため緊急で依頼が来たのだ。
「できるだけ早く来たつもりだったんだが、間に合わなかったか!」
ラークが悔しそうに吐き捨てる。
それは俺も同感だ。
だか、この違和感はなんだ?
俺は考え込む様に顎に手を当てる。
それを訝しげに見るラークに問いかける。
「なあラーク。ヴァイパーは確かに強いが、こんなにも魔力があったか?」
指摘されて気づいたラークはハッとして考え込んだ。
束の間の沈黙を破ったのは俺だった。
「ここにいても始まらないな。行くぞ、ラーク」
「おい! ロキ!」
言い終わる前に走り出した俺に、ラークは一瞬遅れてついて来た。
進むにつれて大気に含む魔力濃度が異様なまでに上昇する。
ピリピリと肌を刺す感覚が強くなる。
どんどん流れる景色を横目に辿り着いたのは周りの木々に比べて比較的大きな木がある場所。
そこを視界に入れた途端、魔力の奔流が一足先に着いた俺に押し寄せる。
「……っく!」
咄嗟に顔を庇ったのは正解だった様で。風に乗って大小様々な石が飛んでくる。
風圧で目がかすみながら見たのは、暗い夜闇の中つま先から髪の一本に至るまで光を帯びている少女。
まるで麦畑に夕日が照らしつけているかのような美しい黄金糸を無造作に地面に流している彼女は、辛そうに息を乱しながら目をつぶっていた。
何より目を奪われたのは、その魔力。
人では考えられない程の膨大な魔力とそれを有している器。
痩せこけていて、顔色も悪い、苦痛に歪めているその顔は、お世辞にも綺麗とは言えなのに、なぜか引き寄せられる。
見た所この子が原因だろう。
そう思った所でいつの間にか追いついていたラークの声で我に返る。
「すごい魔力だな……。どうする、ロキ」
俺はこの事態の収集する方法を考えた。
今ここで放って置くのは簡単だが、いつそれが俺たちの脅威になるか分からない。
「ラーク。確か、この前の討伐先で採れた魔石があったな。それを全部出せ」
「全部⁉︎ そんなに使ったらあの子の魔力を吸い付くしちまうぞ!」
「いいから出せ」
俺に譲る気がないのが分かったのか、ラークは渋々腰に下げていた袋と鞄の中から色素の薄い石を取り出し始めた。
吹き飛ばされない様に踏ん張りながら俺も魔力を取り出す。
二人分を合わせてザッと二十個くらいになったのを一つにまとめる。
今からこの魔石に魔力を籠めて、本人の外側で暴れている魔力を吸い取るのだ。
ただ籠める魔力が自分以外の場合、対象物に石を近づけて詠唱を行う必要がある、んだが。
「あの中にどうやって入るか……だな」
そう、あの魔力の渦にどうやって飛び込むかだ。
一歩踏み出すだけで皮膚が軽く切れて、ヒリヒリする。
「あんな所に突っ込んだら、切り刻まれるぞ……」
「それなんだよな……」
やっぱりここは無難に一人が援護。一人が魔石係だな。
「お前はあまり魔石を扱うのが得意じゃなかったよな。となると、必然的に俺が行くことになるのか」
「すまん」
申し訳なさそうに眉を下げるラークは、とても年上には見えない。
ま、俺が提案したことだからなむしろ逆だと申し訳ないが。
「ちゃんと援護してくれれば良いさ」
「ああ、任せろ」
ニヤリと笑いあった後、お互い集中しあった。
変更いたしました。
×二人分を合わせてザッと三十個くらい
⚪︎二人分を合わせてザッと二十個くらい
三十個から二十個に変更いたしました。
申し訳ありません。