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第三話 アリシアと棒倒し

 その静けさが、余計に怒りを伺わせる。

 室温が急激に下がって私達を凍てつかせる。

 怒りと言うには可愛すぎる、殺気。

 普段感情を溢れさせているアリシアが、こうも静かだと不気味だ。

 でも、今日はいつもとは少し違和感がある。

 ああ、そうか。

 私じゃないからだ。

 その矛先が私に向いていないから。

 今この場にいる私以外の人間。それは。

 アニタとパリスとラオ爺。


「……おく、さま」


 思わずといった声音で呟いたパリスへギロリとアリシアは視線を流す。

 その視線に射抜かれた彼女の目には涙の膜が張っていく。今にも零れ落ちそうだ。


 何を呆けているんだ私は。

 このままじゃ三人だけじゃなくて他の皆もどうなるかわからない。

 そう思って私が声を出そうとしたと同時に発せられたアリシアの怒号にかき消された。

「おかあさーー」

「これはどういうことだと聞いているのよ‼︎」

 ……っ、空気がピリピリと振動する。

 長年仕えてきたアニタやラオ爺でさえ顔を青くして動けないまま立ち尽くしている。

 パリスに至ってはもう蒼いをとおりこして白い。

 きっと私も同じ様な顔をしているんだろう。


「私が命じたにもかかわらず、なんなのこれは! 使用人ごときがエルフリーデ家の夫人たる私の意に背くなど許されると思って! あまつさえこんな下民に肩入れしたなど恥さらしも甚だしい。私の顔に、延いてはエルフリーデ家に泥を塗ったのよ、その小娘に関わったものは全てこの先まともな職につけると思うな‼︎」


 家具も少ない大きな部屋に激昂したアリシアの怒声が木霊する。

 その声量は恐らく外で聞き耳を立てているだろう他のみんなにも十分すぎるほど聞こえているはずだ。


 このままじゃ皆、私の所為でひどい目にあっちゃう。

 私だってこの世界で五年間過ごして来たから、だからどれだけ無慈悲な所かわかってる。


 この無慈悲な世界で偽善など、自分の足を引っ張る足枷にしならない。


 だから私は見ず知らずの人間に、ましてや私に害をなそうとした相手まで救いたいなんて物語の主人公よろしくなこと、しようとは思わない。

 きっと前世のままの私なら非道だと非難しただろう。


 そうでもわかる。この五年間痛いほど身に染みた。そうしないと滅ぶのは自分なのだから。


 ああ、ホントにいつもそうだ。


 先に犠牲になるのはいつも貧しい女子供ばかり。

 でもだからって、大切な人たちを助けないのとは訳が違う。

 私は彼らを助けたいのに、なんで。勝手に涙が溢れてくる。

 自分の無力さがはがゆくて、唇を噛み締める。

 私の所為だ。私の所為で皆にくだらない火の粉が降りかかってる。

 私が振り撒いた火の粉だ。私が消さないと。


「申し訳ありませんお義母さま。どうか彼らを罰しないでください! お願いしますっ。目障りなら出て行きます。だから皆には何もしないで……っ!」


「お嬢様……っ!」


 誰かが悲鳴をあげたのが聞こえた。

 私は今アリシアの目の前で床に膝をついて頭を下げている。


「当然よ! いくら私と言えど我慢の限界と言うものだわ! 早く出て行きなさい。二度と私の前に姿を表さないで! 一度でも帰ってくれば、この屋敷にいる全員の首が飛ぶと覚えておきなさい!」


 唾を撒き散らしながら叫ぶアリシアは恐ろしい程の殺気に満ちていて。

 頭を踏みつけられて罵られる様はさぞかし滑稽だろう。

 でも今は、そんなこと言ってはいられない。皆の命が掛かってるんだ、どんなに屈辱でもそれぐらいやってやるさ。

 まずい、視界がぐらつく。

 蹴られた拍子に脳震盪でも起こしたのかな。

 だんだんぼやけていく皆の姿を眺めてプツリと意識が途絶えた。



 * * *



 気がつくと私は森の中に捨てられていた。

 鬱蒼と茂る森は相当深い所にありそうだ。

 唯一馬車が通ったと思わしき道に横たわっていた私は体を起こすと節々が痛んだ。


「……っつう」


 硬い地面に相当長く寝そべっていた所為のか体が痛い。

 空を見上げればもう黄昏時だ。木々の枝や生い茂る葉っぱが邪魔して光が差し込んで来ない。

 この分ではあっという間に暗くなってしまうな。


 ははは、転生して五年でいきなりジ・エンドかよ。

 しかし、最近の私は気を失ってばかりな気がする。そのうち大怪我になったりしないだろうな。


 元々前世の私は、インドア派で四六時中本を読んでるだけの引きこもりだった。

 小さい頃からもっと外に出て遊べと散々親に口を酸っぱくして言われたっけ。

 あの時素直に言うことを聞いておけばよかった。


 アウトドアに関して全く知らない私でも夜の森が危険なこと位はわかる。

 もう一度空を見上げれば、……刻一刻と夜が迫っている。

 まずい、早く人里を見つけなきゃ。相当まずい。

 ここに来て獣の餌になりましたなんて絶対にごめんこうむりたい。

 しかし、一体どっちに行こう。四方を見回しても森、森、森。

 あるとすれば前と後ろに続く道だ。

 と、ここでいい案を思いついて、思わずポンっと手を叩いてしまった。

 ちょうどここは森の中だ、枝なら腐る程ある。


「こういう時は……」


 私は落ちている手頃な木の枝を掴んで地面にさす。

 そしてそのまま手を離し倒れた方向は、……よし、前だ。

 これはいわゆる枝倒しだ。


 ふっ、我ながら良い案だな。

 困った時の神頼みならぬ、運試しだ。


 よし、さっさと日がくれる前に人里へ辿り着くことを願って行こう。

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