さしさわりのない転生
前世はしがない会社員だった。
営業から本社に戻って、帰宅の路についたのが恐らく二十三時過ぎ。終電前なのは救いだと軽く缶ビールを煽った記憶はある。
いつもの駅で降りてからの記憶は曖昧だ。
細道を抜け、裏道近道にあたる田んぼ脇を通った。
最後に見たのは光。
あれは車のヘッドライト?
それすら分からない。
気がついた時には天使が居た。
天使が居た。
「無念を残す者よ、未練はないか」
天使はそう言った。
欧米かぶれでもないのに死後に天使が出てくるのはおかしい。
確かに自称無宗教者が多い日本人の一人ではあるが、割と先祖霊は信じているし、一般に比べても頻繁にお参りする真面目な仏教徒といえる人間であったはずだ。
そりゃあ、仏様を心から信じているかは別だったが、天使に入れ替わるほどの不信ぶりではなかったはず。
はずなのだ。
「えっと、未練は、あります、けど」
取り敢えずはそう答えた。
お地蔵様に聞かれたなら断言できたのに。
そもそも天使の種類とかよく知らないし。
メタトロン?アザゼル?とかだっけ。
うん、アザゼルって悪魔だったかな?
かなり曖昧な知識だ。
改めて観察する目の前の天使は光り輝いていて輪郭がはっきりしない。
記憶と同じぐらいぼんやりとしている。
ただ、羽根の生えた金髪長髪イケメンなのは確かだ。
だからこそ天使なんだろうと判断したんだけども。
「貴方は不幸の輪廻にある」
「はぁ」
「なので転生の機会をこの度与えることになりました」
わーい?
欧米の天使から転生云々言われるのは予想外だった。
転生って日本的発想だと思ったんだけどなぁ?
まぁ、自分がそう思っているだけなので、転生なんて発想は良くある…のか?
畜生からでも人間に転生するのが日本的発想だっけ?
少なくとも畜生への転生はないと思っていいんだろうか。
「わーい」
まずは万歳する。
実感がないので無表情だが、喜びは行動から表現しないと現実味がない。
天使の表情は崩れない。反応もない。鉄壁やなコイツ。
だいたい、転生の機会ってなんよ?
「記憶を持ったまま次の人生を歩むことができますよ」
何も聞かないせいか天使様が勝手に説明を始める。
ありがたい。
「貴方は死すべき運命ではなかったので、特別な能力を授けましょう」
にっこり微笑まれた。
対する自分は、疑問符を浮かべたままその笑顔を見返す。
美人ちゃんだったら違ったかもしれないが、所詮はイケメン天使だ。
まじまじと見つめ返しても何も感情がわいてこない。
「さぁ、自由に選ぶのです」
いよいよ親切NPCみたいに自動的にチュートリアルをする天使様。
こっちが反応薄すぎてもスムーズに処理する姿は中間管理職を思わせる。
あ、ちょっとだけ前世が脳裏をよぎったかも。
まぁ、まだ自分は単なる営業下っ端だったけどねー。
「あ、これ夢やんけ」
思わず素の言葉が漏れる。
目の前にはゲームを思わせるステータス画面が表示されていた。
道理でこの天使中身がなさそうな反応なんだなぁー…。
「いいえ、現実です」
「あ、そうなの?」
よくわからないが夢は夢と認識してもぼんやりとしてるしな。
どっちでもいいや。
勝手に納得して現実か―、戦わないと、とか適当な言葉を口にする。
天使はそれにも反応する様子はない。
適当にステータス画面をぽちぽち押していく。
RPGでも楽に進めるくらいLv上げてから進む派なので、なんかやけに強そうだが気にならない。
さすがにチートツールまでは使わないけど、システムが許す最強はむしろ揃えたい方だ。
とはいえ基準にできる相手が存在しないのだ。
強そうだけど、本当に強いかはわからないステータスが完成する。
「あ、これで」
「ではこれより第二の人生を歩むことになります」
「あ、そうなの?」
「そうです」
そういや聞かないせいで詳しい話は完全に端折られてる。
転生って具体的にどうなるんだとか、どこに行くんだとか。
ま、ステータスに15歳男とか書いてあったし多分そういうことなんだろう。
スキルに魔法とかあったしそういう世界なんじゃないかな。
そういう風に考えると天使なのは当然か。
洋風ファンタジーにいきなりHOTOKEが出てきても困惑するし。
洋画でいきなりKARATEが出てくるようなものだ。
SUMOUは別に出てきてもいいけど。
「では、よい“じんせい”を」
「あ、うん。ありがとう」
なんだか体が光に包まれていく。
あ、これ見たことあるぞ。スタート○ックのワープじゃん。
もしかして異世界に転送中みたいな感じですかこれ?
「うぇ、気持ち悪」
それを最後の一言にして。
意識は遠のいた。
※※※
「で、なんだこのゴミ屑は」
大男はそう言いながら剣の血を振り払う。
眼前にはLv1の才能に恵まれていたかもしれない死体があった。
実際、“それ”は極めて特異な能力を持っていた。
死んでるので意味はないが。
「弱すぎる」
「しかしながら閣下、かの者は生まれ出でたばかりです。当然かと」
タコの姿をした怪物が横から言い訳をする。
「なるほど弱い」
「強い力は持っておるのです。いずれは閣下も満足する強さを…」
「待てぬ」
大男は力を持て余していた。
それは可及的速やかに解消せねばならぬ。
余裕はない。
「天使どもも創造主もこの程度か。これでは対抗にならぬ」
魔王と呼ばれる彼は、すでに地平の総てを平定していた。
勇者も倒しつくした。
英雄は地に沈んだ。
敵がいなくなってしまった。
仕方ないので人間は保護した。
ついでにエルフやらドワーフとかも保護した。
稀に見る治世とか言われた。心外だった。
かつての敵は既に喜んで平伏している。
この世には笑顔が溢れすぎている。
つまらぬ。
「まおーさま、また怖い顔、めっ」
幼子が横からリンゴをくれる。
しかめつらをなるべく穏やかにしてそれを頬張った。
うむ、リンゴはうまい。
眼前の死体は既に灰にされ、哀れな敵対者として埋葬される直前だった。
幼子にしても仕方ないけどかわいそう、とかその程度の認識でしかない。
平和なこの世界にあってこの仕打ちはなんというか、そう。
本当にかわいそうだった。
「しかし転生か…」
「確かに無駄な時間と余計な手間でしたが次こそは」
タコ星人は汗を拭いつつ同調する。
この世に神は存在しない。
だが魔王は信心深いようだった。
毎朝の神への祈りと感謝は忘れない。
同時に魔王である自分を廃する創造主としての神の力を待ち望んでいた。
魔王であるということ自体がある種の思い込みなのだが…。
勿論クリスマスのサンタも信じている。
だからこそタコはほむんくるすに異世界からかなんだか知らんが違う世界っぽい人間の魂を混合した最強の戦士を作り出して神を演じて見せていた。
ちなみに今までも失敗しているがいろんなアプローチをしている。
それもこれも今世の魔王の治世を喜び、彼を楽しませるためであった。
「ふ、無様なことよの」
言葉には手酷くとも、憐みの情は隠し切れない。
タコと幼子は『ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ』という魔王の魔法を聞きのがすことはなかった。
既に灰だけど。
※※※
「よくわからんがありがとう」
「どうやって甦ったのです?わしにもようわからんですが」
「安心しろ、オレにもよくわからん」
「リンゴ食べる?」
幼子が口にねじ込んできたリンゴを食べる。
断りようがなかった。
「よし、たたかえ」
「おじいちゃんおととい戦ったでしょ?」
「む、そうだったか?」
大男は振りかぶろうとしていた剣を収める。
そういやさっきはアレで一瞬で殺された気がする。
あまりに一瞬でびっくりしたほどだが。
「はおーさまはおーさま」
「なんかなれないなそれ僕?」
「まおーさまとはおーさま」
灰から甦ると何故か覇王になっていた。
タコみたいなやつは既に名刺を作ってくれている。できる事務員って感じだ。
ステータスもかなり上がっていた。
理由はよう分からんし誰も説明してくれないが、まぁそうなんだから仕方ない。
後日談になるが、その後の魔王の治世も平和に続いた。
突発的な戦闘意欲は覇王という新たな補佐役により、曖昧に解消されたという。
「転生ってこんなもんなのかなぁ」