笑顔の男
男は人と会う時、いつも笑顔を作った。
笑顔の男は人に優しく、人を傷つけず、人を喜ばせようとした。
男には家族がいたが、家族の前で彼は笑顔で言う事を聞いた。
父や母が困っていると、仕事を投げうってそれを助けた。
兄弟の貧窮の時には、笑顔で自らの財産を分け与えた。
男には友人がいたが、友人の前で彼は笑顔で言う事を聞いた。
右隣の男が困っていると、笑顔で悩みを聞いた。
左隣の女が困っていると、優しく話を聞いた。
男には恋人がいたが、彼女の前で彼は笑顔で言う事を聞いた。彼女が泣いていると、彼は一生懸命彼女を勇気づけた。彼は決して笑顔を崩さず、彼女を傷つけようとはしなかった。男の周りは、いつも笑顔で溢れていた。
笑顔の男は人と会う時いつも笑顔だったが、いつも笑顔で、優しく、傷つけず、喜ばせようとしすぎていたので、疲れ果ててしまう時があった。
そんな時、笑顔の男は笑顔を無くしてしまうのだった。
まるで疲れ果てた顔で、「疲れた」とか「もう嫌だ」とか呟いてみたりするのだ。しかし男が呟いてみたりすると、途端に周りは離れていった。
男には家族がいたが、彼が疲れ果てて憂鬱になると、「笑顔を忘れるな!」と怒った。
男には友人がいたが、彼が「もう嫌だ」なんて話かけると、「他人事だけど頑張れ」と取り合わなかった。
彼には恋人がいたが、彼が「疲れた」なんて呟くと、「そんなことより私の悩みを聞いてよ」と跳ね返された。
そんなだったから、憂鬱な日に彼は真っ暗な部屋で一日休んで、次の日人と会う時笑顔を作った。そうすると周りは彼に笑顔で接した。周りは男に笑顔を、優しさを、喜びを求めていた。と男は思っていた。男は一生懸命笑顔を作った。優しさを作った。喜んでるふりをした。周りが離れていくのが寂しかった。
男は、寂しいってヤツが大嫌いだった。寂しい人は悲しい人だ。寂しい人は「ぬくもり」を知らない。誰にも愛されず、一人孤独に死ぬなんてごめんだ…。そう思った。寂しさと向き合おうとはしなかった。寂しい人と比べることで、自分は幸せだと確認した。寂しい人は不幸だと笑った。
いつしか男は、面白くなくても笑った。
悲しくなくても泣けるようになった。
行きたくなくてもどこまでも行った。
やりたくないことも何でもやった。
愛したくなくても、愛した。
信じたくなくても、信じていた。
寂しくないように、つらくないように、悲しくないように、笑顔を作った。
永遠に笑っていれば、周りは離れていかない。彼が笑うと、家族も友人も恋人も笑った。
そして男は何が楽しくて何が悲しいのか分からなくなった。
笑顔を作るたびに、ただただ、寂しさだけが胸を締めつけるようになった。
自分の感情を殺し続けて、彼は心を失った。
男は真っ暗な部屋で、面白くもなく、悲しくもならなかった。
何もやりたくなかった。
何も愛さなくなった。
何も信じなくなった。
それでも男は何故か寂しかったので、人と会う時だけ、笑顔を作った。
そしてある日、男は恐ろしい事に気がついた。
家族が、友人が、恋人が、彼の前では常に笑顔になっていたのだ!
彼らは男が何をしても、何を言っても、どんなに失敗しても笑顔だった!
…それは男が、何をしても笑顔を作り続けていたからだった。
もはや彼は人と会う時笑顔でしか接することができないし、周りも彼に笑顔でしか接しなくなっていた。
笑顔の男はもう、笑顔以外は許されないのだ。
ひとたび笑顔の仮面を取ったら最後、周りは離れていくだろう。
誰も憂鬱で、暗く、寂しい自分につき合ったりしないだろう。と男は思っていた。
だから彼は死ぬまで、人と会う時は笑顔を作り続けた。
やがて長く短い命の時間が過ぎて、男は笑顔で死んでいった。