脳内ビジネス書、もしくは商談成立
いざエミス村へと向かう日。
緊迫した雰囲気を伴うはずのその道のりで——
「うへぁー」
俺は馬車の中、気だるげに突っ伏していた。
馬車に乗っているのは、俺とミゼットとノマールの三人。
そう、お分かりだろうか。
ユインがいないのだ。
時間を少し、戻すとしよう。
「いーやーだー! ユインも連れてく!」
「エル様っ!」
連れて行くつもりだった俺は、それはもう抵抗した。
柱にしがみつかんばかりに抵抗した。
というか、しがみついた。
「ユイン様がいたら相手になめられるかもしれませんから!」
「そんなの知るかっ!」
「緊張感だってなくなりますし……!」
「俺が出す!」
「どうやって出すんですか、貴方だってむしろ緊張感無くす側ですよ!?」
「気合で出すーっ!」
はぁ、と呆れたようにため息をつかれる。
「別にいいだろ、ユイン連れてってもさぁ!」
言い負かした、と思った俺だったが、ミゼットはまだもう一つ切り札を隠していた。
「ユイン様が危険な目に遭われたらどうなさるのですか」
「グッ……!」
これには流石に、俺が守るとは言えなかった。
「……分かった。ユインは連れて行かない」
とまぁ、理解はした俺だけれど。
納得するかどうかは別問題なのである。
「あぁーユインが足りないー」
大声であえてそんなことを言う俺に、ミゼットはいささか苛立ったようだ。
が、そんなこと構うものか。
「エル様。もう少しでエミス村ですから。きちんとしてください」
「分かってるさ」
これだって、ユインの為の『健全な領地作り』の為の一手なのだ。
俺がおろそかにするはずがない。
馬車が静かに止まった。
ノマールの顔がさっと怯えに染まる。
俺はミゼットと目を合わせて頷いた。
御者の用意した踏台を踏みしめて、地面に降り立った俺は、とびきりの笑顔を浮かべて見せた。
「はじめまして、ラムロ村長。僕が現領主の息子にして、この村における領主代行者、エルシアーク・ラ・ヴァイセンです」
ペコリ、と自分でもあざとく思う様子で頭を下げる俺に、後ろでミゼットがため息をつくのが聞こえた。
村長のラムロにまつわる噂は多くあった。
木を素手で引き抜いて振り回しただとか、山賊を一人で追い払っただとか。
まぁ、それは嘘だろうと思っていたのだが……。
二メートル近いだろう身長と、下手すれば俺の胴体くらい太い腕を見れば、あながち嘘でもない気がしてきた。
顔もいかにもゴロツキ系の厳つい顔で、そんな男が、腕を組み眉間にシワを寄せて俺を睨んでいるのだ。
これはユインを連れてこなくて正解だった、とようやく納得できた。
普通の五歳児なら絶対びびって泣き出すか、気絶してしまうような迫力だ。
俺とて、怖くないかと言えば嘘になるが、ここには戦いにでなく商談をしに来ているのだ。
見かけも何も関係ない。
「それで」
とラムロはその見かけに似合った低い声を出した。
「領主のご子息様が、一体何の用ですかな」
言葉にトゲがある、というか、もはやトゲしかない。
しかも腕を固く、上の方で組んでいる。
確か行動心理学によると、と俺はペラペラと脳内のビジネス書をめくる。
腕を高い位置で組む、というのは強い拒絶を表す。
……俺が何言おうと聞く気は無いってことだ。つまり単純に下手に出れば、跳ね除けられるだけ。
なら、相手のペースを崩す言葉から始めよう。
「この村って、ずいぶん寂れてるんですね」
ラムロの眉がピクッと上がる。
うん、悪くない反応だ。
「他の村に比べて畑の麦も少ないし、村全体としても、全然活気が無いですよね」
「……それをおっしゃるために、わざわざここに?」
「いいえ、ラムロ村長」
俺はここでニコッと笑ってみせた。
「もしも、もしもこの村に起こっている問題を全て、一挙に解決しうる方法があるとしたら、どうします?」
「……ほう?」
ラムロの腕の位置が下がり、顎が出た。
話だけは聞く気になったらしい。
「問題の大元は、畑の不作。違いますか?」
「いや、違わないですな」
「ではそれを解決します」
「……ずいぶんと簡単におっしゃる」
ラムロの目が細まる。
彼らとて、何も努力していないはずはないのだ。
だが、ここではむしろ同情などしない。
「ええ、だって簡単なことですから」
自信を見せる。堂々とする、のだ。
「……そこまで言うなら、お聞かせください」
あ、腕が解けた。
順調に興味が強まってきた様だ。
うん、いい傾向である。
俺は、大豆の苗をトンと机に置いた。
「まず、これをご覧ください」
「これは……?」
「大豆です」
「ダイズ?」
やはり、大豆の知名度はそれほど高くないらしい。
最初にミゼットに手配させる時も、説明がそれはもう大変だった。
これを、と俺は言い放つ。
「この苗を、この村の畑の半分に植えていただきたい」
「半分!?」
そんな風にすれば税が納められないだろうが、とラムロが声を荒げる。
少しビビるが、これも予想済みだ。
「ご心配なく。今回の税は麦でなく、これで納めていただければ良いのですから」
「この、ダイズとやらで……?」
「そうです。大豆を麦と同じ重量いただければ」
ラムロの目が一瞬逸れた。
揺らいでるな。
よし、ここでもう一押しだ。
「それに、どうしてもそれでも半分の畑を埋めるのが困るのであれば……そうですね、三分の一、いえ、四分の一でも構いません」
「四分の一か……」
それならば、とラムロが頷いた。
「ありがとうございます!」
と頭を下げながらも、よしっと内心ガッツポーズである。
これぞ、ドア・イン・ザ・フェイス技術。
まずは少し厳しい条件を提示し、その後本当の条件を出す。
甘くなったと錯覚し、思わず従ってしまうというやつだ。
それで、とラムロは口を開いた。
「もしもこの作物が税に足るほど育たなかった場合は、如何してくださるのかな」
……少し、ガッツポーズは早かったようだ。
この男はまだ、完全には納得していないようである。
が、その質問も範囲内と言えば範囲内。
答えは準備済みなのである。
「勿論、この作物は僕がお願いして作ってもらうのですから、税に足らなければ、出来た分のみを税として受け取ります」
「では、超えた時は?」
こいつ……なかなか抜け目がない。
「それは……そうですね、その場合はこちらで買い取らせていただきます」
「そうか。それはいいですな」
ええ、と頷く。
だってそっちにとって、出来るだけいい条件になるようにしましたもん!
「苗の方は?」
「もう準備は終わっています。明日、明後日のうちには、ここに届くように手配しましょう」
「ありがたい」
「いえいえ、そちらとは末長くやっていきたく思っていますから。当然のことです」
僕は椅子から立ち上がった。
ラムロもほぼ同時に立ち上がる。
こうしてみると余計に身長差がすごいな。
俺とラムロは、和やかとも取れる雰囲気で握手を交わした。
「これからもどうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
とりあえず第一歩。
商談成立である。
参考にさせていただきました。↓
http://www.hitachi-solutions.co.jp/column/tashinami2/shinri/index04.html
※個人的に面白く思ったので載せさせてもらいました。もし問題があるようでしたら報告くだされば、即削除させていただきます。