作戦、もしくは小村からの改革
ネット小説を読む人に、
「領主と言えば?」
と聞けば、多くの人は、改革、と答えてくれるのではないかと思う。
かくいう俺もネットユーザーだったし、多分そう答える気がする。
そう、ネットの世界で領主と言えば改革、改革と言えば領主……かは知らないが、まぁともかく——
「改革するぞー!」
手をあげれば、みんなに訝しげな目で見られた。
遅れて、ユインがおー!と手を上げてくれた。
……お兄ちゃん、お前の優しさに泣きそうです。
ノマールを仲間に入れ、四人(ただし一人は保護対象)となった俺のチームであるが、まず最初に手をつけたのは、
「エミス村、ですか?」
「そうだ。そこの領主代行権を俺に委任して欲しい」
「はぁ……」
ノマールもミゼットも、どうにも納得がいかない様子だった。
ちなみにユインは話がよく分からなくて退屈なのか、ゆらりゆらりと小さく船を漕いでいた。……可愛すぎる。
「あの、なぜあえてエミス村なんです?」
先に口を開いたのはミゼットだった。
「他にもっと大きな村がある……というより、エミス村はむしろ小村の部類ですし、書類を見たところ、資源も多くなく、税も滞っていると……」
「だから、だよ」
「え?」
俺が笑うと、二人は一層戸惑った顔になった。
「大きな村っているのはな、大抵、上に立つものの力が強く、資源が多いか何かしらの取り柄があるわけだ。
もちろん小さな村にだって特産品があるところもある。だけどそういう村は、税を滞らせたりしないだろう?」
「それはそうでしょう」
「そういうところは駄目なんだよ」
「だから、その理由を教えてください」
ミゼットは俺を半ば睨みつけるように見た。
仮にも五歳児に、ずいぶん過激な視線を向けるものだ。案外、好奇心が強いタイプらしい。
「例えばだけどさ、すごく困ってる時に何かアドバイスとかされたら、すがりたくなることってあるだろ?」
「……ありますけど、それが一体何の関係が、」
「まぁ、落ち着いて聞けって。逆に、すごく調子がいい時に、あれが駄目だとか変えろとか言われたら、うまく行ってるんだからいいだろって思わないか?」
そこで、ミゼットはピンときたようだ。
ノマールは……分かってんのか分かってないのか見分けがつかない。目が合わないし。
「つまり、大きな村や何か“売り”がある村は五歳児の言うことなんか本気にしてくれないから、上手く行ってない村から攻めてこうぜ、ってことですか?」
「……まぁ、そうだな」
合ってるけど、もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃないだろうか。
でもミゼットだしなぁ。この五年間で、ミゼットの毒舌がもうどうにもならないレベルに達していることは、十分すぎるほどに理解している俺である。
「まぁ、エミス村を選んだのには、他にも色々と理由はあるんだけどな」
「へぇ、例えばどのような?」
「そうだな、男の働き手がまずいなくなってはいないということ。それと、昔は作物が良く採れていたってことだな」
はぁ、とミゼットが曖昧な返事をして、パラパラと資料をめくる。
「なるほど、たしかに昔、先代の頃には多く採れておりますね」
「そうだろ? 他にも、結構こういうところは多くてな、一部では、今の領主の不出来さが畑を穢した、なんて言われてたらしいぜ」
ちらりと視線を向けてみると、ノマールがぎくっとしたような顔をしていた。
恐らく、ノマールのもとにはそんな声が届いていたのだろうし、自分でも幾らかそう思っていたのだろう。
「その原因は別に穢れなんかじゃない。ただ、土が駄目になってきてるんだ」
「土、ですか?」
「そう。まぁ、実際は行ってみなきゃ分からんが、多分、それで間違いない」
土、と二人は茫然と呟いた。農業を体験したことなどないだろう二人にしてみれば、土が大事という感覚が希薄なのかもしれない。
「それで、その改善方法はもちろんお決まりなのですよね?」
「ああ、だからミゼットにアレを用意してもらったんだろう?」
「あれって、その、つまり……」
ミゼットの目が揺れる。
「大豆ですか?」
「その通り」
俺は寝てしまったユインをぎゅうと抱き締めながら、ニヤリと笑った。
「基本的なノーフォーク農法としては、休閑地にはクローバーかカブなんかを植えるのが普通なんだがな。エミス村は放牧はしていないし、カブは他のところでも多く作ってるが、大豆は少ないようだから、調理方法が確立したらきっと需要が出るはずだ。味噌とか豆腐とか醤油とか」
「とーふ? しょーゆ?」
俺が食べたい、というのもあるが。
和食がどうも食べたくなるんだよな。
「でも、ちゃんと育つんですか?」
「それは問題ない。大豆は環境への適性力の強い作物だし、何より、根粒菌をつくれる」
「根粒菌、ですか?」
「ああ」
この根粒菌がミソなのである。
あ、別に大豆でできる味噌とかけたわけじゃないからな?
「ともかく、この作物を植えると土に栄養が戻るんだ。そうすると、小麦なんかの育ちも良くなる」
「へぇ」
「し、しかし」
と、そこで始めて、ノマールが口を開いた。
「どうやって説得するのですか? あのエミス村は、先代の領主の頃から手を焼くほどの、ならず者の集まりですよ?」
「……え?」
そうなの? とミゼットにも視線で窺えば、うんうんと頷かれる。
俺だけが知らないってやつだろうか。
くっ……! しかし、元営業マンを舐めるな!
売り込み説得するために、これでも多くのビジネス書を熟読したのだ!
「俺のビジネス書が火を吹くぜ!」
俺が片手でユインを抱きながら、一方の手で拳を掲げれば、ミゼットがコテンと首を傾げる。
「そのびじねす書とやらは存じませんが、書でしたら火を吹けば燃えますよ?」
……つくづく、水を差してくる侍女である。