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ゴランシン、もしくは災い転じて

○あらすじ


隣の領主との騒動もなんとか片付いて、エミス村に預けていたユインたちを呼び戻したエルだが、しかし、共に乗っていたのはユインが結婚する相手!?

キヤンと名乗るその男は、一体……?

ミゼットが親に見つからないうちに、とユインたちを部屋へ連れて行った後。


俺は問題の男と向き合っていた……というか、俺が一方的に睨んでいた。

男は周りをキョロキョロと興味深げに見ていたが、俺の視線に居心地悪そうに身じろぎして、


「どうも、ええと、お久しぶりです」


とペコリと頭を下げた。

今更挨拶したって遅いんだよ、と怒鳴りそうになってから、言葉の内容を噛み締めて首を傾げる。

……お久しぶり?


「前に会ったことある、か?」

「えっ、あ、おぼえてらっしゃらないですか?」


困りました、と男は頭をかいたが、いや、確かにその姿には微妙に覚えがある……ような気もする。


じっと観察するように俺は再び男を見た。


年はおそらく、前世で俺が死んだ頃、そう、25くらいのものだろう。

好奇心が無駄に強いのかなんなのか、子供の俺が言えたことじゃあないが、妙に動作が子供っぽい。

ああそうだ、ユインと一緒に来たということは、こいつはエミス村のもので……。


「あっ!」

「はい?」

「思い出した! お前あの——きな粉の奴か!」


エミス村できな粉を作った時、やたら質問攻めしてくる奴がいたのは覚えていたが、そうそう、こいつだった!

俺が思い出したのに、男——キヤンは満面の笑みでそうです! と頷いた。


「そうです、そいつです! わぁ良かった! あの、結局“な”が何なのか聞きそびれてずっと気になっていたもので……!」

「えっまだ!? きな粉の“な”とか、多分“の”が変形? したみたいなものでしかないと思うぞ……?」

「あ、そうなのですか!」


と、キヤンは空中に何か書きつけるような動作をして、へぇえと興味深げに呟いていた。

なんだこいつ。

いや、それ以前に、いきなり聞かれたからうっかり答えてしまったが、正直質問したいのはこっちの方だ。


「おい」

「はい?」

「お前、ユインに……け、結婚するとか言われてたけど、あれはどういうことだ!? お前はユインとどういう関係なんだ!?」


俺はできるだけ冷静を装って聞いた。

もちろん、返答次第では殴りかかる気満々だが。


「えっ……と」

「あぁん?」

「いえ、あの、それって俺だけに聞いて意味があるのですか……?」

「は?」


要領を得ない答えに首を傾げる。

ええと、と言いづらそうにキヤンは続けた。


「ユイン様が結婚するっておっしゃったのって、俺を含めて17人ほどいらっしゃいますけど……」

「えっ!?」


そ、それはつまり、婚約者が17人ということか……!?


俺はさらなるショックのためにフラリと体が傾くのを感じた。

それでも、慌てて差し伸べられたキヤンの手を振り払う。お前の情けは受けん。


「ユインが、俺のいないところで小悪魔化していたなんて……! そんなことがあって良いのか!」


神は死んだ、と呟きながら頭を抱えたところでハッとする。

小悪魔化? いや、違う。

元が天使なのだから、いわばそれは。


「堕天か!? ユインは堕天したのか!?」

「わっ、えっ!? いきなりなんです!?」


カッと目を見開いた俺に、キヤンは驚いたように後ずさったが、次の瞬間には、


「もしかして、これがゴランシンというやつですか? ——すごい、初めて見ました!」


と、観察するように俺を見てきた。

……おい、なんで嬉しそうなんだよ、そこ。







「いや、それって単に結婚の意味が分かってないだけなのでは?」


混乱したその場をおさめたのは、ミゼットのそんな一言だった。


「……意味が分かってないって?」

「ほら、よく聞く話じゃないですか。大きくなったら誰々と結婚するの、とか言い合った幼馴染の話とか。物語の中では成長した後結ばれたりしますけれど、まぁ、現実では普通にお互い忘れあって終わりですね」

「ああ、なるほど……」


あれだ、父親が「大きくなったらお父さんと結婚するの、って言ってたのに……」ってなるやつか。

さすがに前世にせよ子供がいるような年じゃなかったから、あんまり意識したことはなかったが。


「それこそ、エル様も一度ぐらいあるんじゃないですか?」

「ん? 俺はそんなこと言ったこと多分ないぞ?」

「いえ、そうではなくて」


ミゼットは来るときについでに厨房の方に寄ってきたらしく、持ってきていたカップにお茶を淹れながら言葉を続けた。


「エル様だって、ユイン様にそういう、おにぃたまと結婚するの、とか言われたことくらい……」

「……」

「あ、ないんですね」

「うう、うるさい! あったらこんなに嫉妬してないだろ、分かれよ!」

「知りませんよそんなこと」


というかそれって嫉妬だったんですか、いつもの持病シスコンかと思ってました、といつにもましてミゼットは冷たい。


いや、最近は色々あったから少し落ち着いていただけで、前からこんなもんだったか?

ミゼットも、今回の騒動に関しては色々と気を揉んでいたようだし、ようやく肩の力が抜けたってことなら、まぁ良かったと思え……


「それにしても、他には17人も告白されているのにエル様には今まで一度もないなんて、エル様って実はユイン様に嫌われてるんじゃないですか?」


ない!


「ちょ、流石にひどすぎるだろ!?」

「え? エル様がユイン様に嫌われていない自信がおありなら、別に受け流せるでしょう?」

「くっ……! ああ、そうだな! だって俺ユインに嫌われてなんか……」


……あれ? いないよな?

いやいや、嫌われてはない。うん、それは確かだ。

でも、好かれてるかって言われると……。


頭の中で数々のエピソードが駆け巡る。

トウガの尻尾に夢中になっていたユイン、ミゼットのために本気で俺に怒ったユイン、あっさりと俺とお別れしていったユイン。

これは……。


「……俺もうダメかも……」

「えっ、ちょっと本気で落ち込んでらっしゃいます?」


冗談でしたのに、とミゼットが呟いたが、余裕のない俺の耳には届かない。


「だ、大丈夫ですよ。さすがに嫌われてはいないでしょう……多分」

「そこは嘘でも断言してくれよ!」


そうつっこむと、ずっと俺とミゼットのやり取りを見ていたキヤンが思い至ったかのように手を打った。


「ノリのいい会話に、鋭いツッコミ……なるほど、これがいわゆるノリツッコミというやつなのですね!」


違う。







そして結局、ユインに真意を聞いてみれば、


「けっこんって、ずぅっといっしょになかよくすることだって、カノさんがいってたんだよ?」


と、目をパチパチさせて首を傾げていた。

カノさんが誰かはとりあえず置いとくとして。


「えっと、じゃあ、お兄ちゃんにそういうの言ってくれないのは?」

「だって、おにぃたまとはけっこんしなくたってずっとなかよしだもん」

「ユイン……っ!」


よかった! 嫌われてなかった!

そしてユインは変わらず天使だった!

と思わず天に向かって拳を握り締めれば、だから言ったじゃないですか、とミゼット。

いや、お前は多分って言ってただろうが。


だが、あえてそんなツッコミ口に出さず、俺はそのまま腕を広げた。


「ユイン、おいで!」


ユインは一瞬不思議そうな顔をして、それからふわりと笑って俺の腕の中にとびこんだ。

そのぬくもりと柔らかさがあまりに久しぶりなもんで、うっかり涙腺が緩みそうになる。


「……だいぶ言うのが遅れちゃったけど……おかえり、ユイン」

「えへへ、ただいまおにぃたま!」


そうかここが天国か!

そのまま召されそうなくらいに幸せな状況は……しかし、現実によって一気に覚まされた。


バン、とノックもせずに突然扉が開かれたのだ。


「え、エル様! 大変です!」


息を切らして入ってきたのはノマールだった。

その不穏気な空気のせいか、ユインの表情が曇る。

ユインを怖がらせるなよ、と言おうとしたが、ノマールの顔を見て口をつぐんだ。

尋常でなく真っ青で、本当に何かが、大変な何かが起こったことが一目で分かった。


「……何があった」

「さ、先ほど、王宮より急使が! それで、これを……!」


ノマールが俺に見せたのは、一目で分かるほど上等な紙の書簡。

俺がそれを読むより早く、ノマールが内容を口にする。


「こ、今回の件について、ヴァイセン伯爵及び、その子息……つまりエル様を、査問のために緊急召喚するとの御達しです!」

「なっ……!?」


何でそこまで大事になってる!?

今回の作戦に当たって過去数件の似たような事例も確認したが、せいぜい数回くらい役人が来るくらいのものだったはずだ。


驚きのままミゼットを見れば、同じように感情を露わにする視線とぶつかる。

ミゼットも驚いているってことは、やっぱりこれは完全な異常事態イレギュラーなんだ。

そうだ、元よりこうして下手に干渉されないように、わざわざあの兵士に事細かに話したというのに。


それにしたって王宮はまずい。

今回の件もそうだが、大豆やら堆肥やらのこと、領主代行権を親を騙くらかして譲渡させたことだって、バレたらかなり厳しいことになる。

どうする、と俺が思考に沈もうとした、その時。


「おーと? しょーかんー?」


ユインの、声がした。


「おにぃたま……なにか、たいへんなの?」


不安に少し震えたその声と、間近でコテンと首を傾けられて、俺はハッとした。

俺がユインを不安がらせてどうすんだ!


「……大丈夫、大丈夫だよ、ユイン」


どこか自分に言い聞かせるように言いながら、ユインの背を撫でる。


「大丈夫だ」


そう言って、ユインの瞳をじっと見つめていると――ふと、閃いた。

ミゼット、と振り返ることなく声をかける。


「……もしかしたら、これは、逆にチャンスかもしれないぞ」

「チャンス?」

「ああ、災いを転じて福となす、だ」


確かに、色々とバレたらマズイことはある。でも、それは向こうに先に知られてしまった場合の話。


それならば……こちらからあえて明かして、利益を提示し交渉すればいい。

そう、国王は最大の強敵となりうるが、同時に最高の交渉相手でもある。

今俺のもとにある爆弾みたいなアレコレも、上手く使えばトンネルを開通させるように、道を開ける爆弾だ。


「さぁ、楽しくなってきたぜ……」


緊急召集という以上、時間はきっとほとんどない。

その中でどれだけのことをやるか、だ。

そうニヤリと笑った俺に、腕の中でユインが一言。


「おにぃたま、わるいかおしてる……」


……おっと、しまった。

更新が遅くなりすみませんでした!

今後については、活動報告の方に書かせていただきましたので、そちらも参照くださると幸いです…。


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