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いるはずのないモノ、もしくはいてはいけない人

長らくお待たせしてしまいましたm(_ _)m

途中、場面と視点の切り替えがあります。



○簡単なあらすじ


シスコンすぎる兄エルは、半分エルフの妹ユインを救うためにメイドのミゼットや執事のノマール、護衛のトウガ、クロエらと共に日夜改革にひた走っていた。しかしそんな最中、ちらつく敵の影が…。

そんな中発覚するミゼットの裏切り、右腕(予定)の出現、そして妹との一時的な別れ。

それらを通しながら、とうとう一つの策によってエルは黒幕——隣領の領主であるグロリス・ラウゼルゴットをおびき出すことに成功した。


そして、捕らえられたかの男たちは……。

ガタン、とグロリスを乗せた馬車が揺れた。

外は暗くなりつつある。ヴァイセンの館を出て、しばらくの時間が経っていた。


グロリスは、手首と足首には枷がはめられて、床に座らせられていた。

これから裁かれることとなるのだろう、と彼は思った。


そして、それはとても可笑しかった。


「フッ……」


グロリスが思わず笑いの息を漏らせば、怪訝な顔で隣の兵士が見てくる。

それから笑ったのだと気付いたのだろう、気味悪がるように身を引いた。

カタカタと、グロリスは手を落ち着かなく動かしながら、薄らと笑みを浮かべていた。


正義。

グロリスにとっては、それが全てだった。

そしてその全てが崩壊して、グロリスは道を見失っていた……あの時までは。


グロリスを陥れた張本人、さして重要視もしていなかったたった6歳の子供は、自分以外に正義を持っていた。

全てに勝つものこそが正義、そして、あの子供の妹こそが正義というなれば。


「俺が、その妹に勝てば……その妹を、殺せばいいのだな……?」


グロリスはニヤリと嗤う。少し離れて座り直していた兵士たちには、その言葉は聞こえなかったらしい。

それがさらにおかしくて、彼はくつくつと笑い声を上げた。


そもそも、このグロリスが領地を奪い取ることにこだわったのは、ただそう教えられたからに他ならない。父親にそう指針を与えられたからこそ、彼はそれを正義としたにすぎなかった。


だから。


別の指針を与えられた今——彼は、彼の純粋さは、敗北によって一層の狂気を纏って、次の正義へと向かっていた。


しかし、それだけの話——でもなかった。

彼は初めて、見てみたいと思ったのだ。

グロリスの手が、ゆっくりと足首の枷にのびる。

見てみたかった。あの得意げに、自慢げに妹が正義と言い放った子供が、目の前で妹を喪って——自分の正義を負かされて、一体どんな顔をするのか。

絶望だろうか、それとも怒りだろうか。


「いや、それだけじゃ生温い、あの館にいる人間を皆殺したら……」


考えるだけで、グロリスの顔はさらに笑みに歪んだ。

さぁ、どうやって負かしてやろうか——?


グロリスの手の中でカチリと小さな音がした。

そして、その時。

ゴトンと大きく揺れて、馬車が止まった。


「どうした、何があった?」


グロリスの見張りをしていた男が様子を見に外に出る。中にいるのはグロリスのみ。

聞き耳を立てて話をうかがえば、木が倒れて道がふさがっているとのことだった。


これは神が与えてくれた好機だとしか、グロリスには思えなかった。

手の中にあったものを投げ捨てる。

重そうな鈍い音に混じって、カランと高い音。

服に忍ばせていた細い器具の音と、そして、それによって外した枷の音だった。


「は、伯爵! 俺のも、どうか……!」


懇願の声に振り向いたが、表情を歪めただけだった。


「お前、誰だ?」

「え……ミロロと名乗っていたもので、本名は、」

「知らん。お前など、知ったことか」

「そんな、伯爵!」

「うるさい」


ミロロが伸ばしかけた手を思いきり振り払い、そしてその体を蹴飛ばして、グロリスはもう、振り向くことすらせずに馬車の外へと飛び出した。


逃亡の意識は彼にはない。

むしろ彼の耳には、彼の正義を讃える歌が聞こえていた。


彼は走って、走った。

馬車の来た道、ヴァイセン領に続く道を。

後ろで騒ぎになる声が聞こえたが気にならない。全力の走りに、動き慣れていない体が痛んだが、気にならない。

彼の正義への執念が、欲が、もはやただの狂気と化したそれが、全てのことを無視させていた。


が。


唐突に彼に大きな影が被さった時。

彼はふと足を止めて、そして上を見上げた。


それは、おそらく本能的な行動だったのだろう。危険を、本能が察知したのだろう。


その姿の正体を見て取って、グロリスの目が大きく見開かれる。


「何故……どうして、ここに、こんなものが……!?」


思わず出た驚きの声が、彼の最期の言葉。

最期に見たものは、闇に煌めく二つの光。


声とも思えぬ断末魔を残して——彼と彼の正義は途絶えた。







×××








「ふぅ……」

「お疲れですね、エル様」

「まぁ、色々やったからな」


話しかけてきた料理長のランカにそう返して、俺はまた溜息をついた。


今夜は一応の終結ということで、俺の陣営のものを集めて祝賀会をしていた。


父親たちは全く把握できない事態に困惑しきりだったようで、条約も交わしていた相手に攻め込まれたことにショックを受けたのか何なのか寝込んでしまったらしい。


状況を理解してなかったのは新しく雇い入れた俺の部下たちも同じのようで、戸惑っていたようだが……こちらは酒が飲めるならなんでも良いヤァとばかりである。

いいのか、それで。


何より、飲み会となると——


「ぷっはぁ! まだまだぁっ!」

「……こちらも、まだだ」


護衛組二人がハメを外しまくっていた。

周りでも、彼らが飲むたびに歓声と叫び声があがるものだから、騒がしいことこの上ない。


まぁ、襲撃者たちを全部倒したのはこの二人だし……今回のMVPと言ってもいいわけだから、今日くらいは大目に見るが。


「また飲み会になってるな」

「ああ……ん、シグン」


振り向くとシグンがいた。

気に入ったのか、前回と同じブドウジュースをチビチビと飲んでいる。


「そういえば……今日は姿を見なかったが、どこに行ってたんだ?」

「どこだっていいだろう」

「いや良くねぇよ」


シグンには特別な役こそ課していなかったが、それでもトウガやクロエのサポートくらいしてくれたっていいのに。まったく。


「そんなサボってるようじゃ、俺の右腕はつとまらないぞ?」

「へぇ、そうか」

「そうだ……って、あれ。否定しない!? えっ、右腕になる気になったのか!?」

「なんでそうなる」


思いっきり呆れたような視点が飛んできた。

それからまたブドウジュースを一口飲んで、口を開く。


「単に、お前が思った以上に詰めが甘くて頼りないもんだから……適当に相槌を打ってただけだ」

「うわ、唐突にディスられた!」

「ディス?」


意味が分からなかったのか、シグンは首を傾げた。

チッ、異世界って不便な!


「けなされるってことだよ。しかし、なんで右腕そんなに嫌がるんだ? いいだろ、右腕だぞ右腕」

「そんな軽い感じでいいのか」

「やる気になった?」

「なるか」

「えー、何でだよ」


俺が不機嫌そうに口を尖らせれば、その口をつままれた。痛い!

むーむー唸ると、フンと鼻を鳴らしてシグンはやっと手を外した。


「まぁ、ただ……」

「ただ?」

「……別に、手伝いくらいならやってやろうと思ったまでだ」

「おっ」


これはデレってやつか?

いや、妹以外デレなんて基本嬉しいものでもないけども、右腕候補のならいくらか話は別だ。

俺の目に期待の光でも見たのか、シグンは付け足した。


「あくまで、一兵士としてだがな」

「は? 一兵士?」

「ああ。右腕には、絶対ならないからな」

「いや、そういうことじゃなくて」


だって一兵士って、なぁ?

俺がそう言うと、シグンは怪訝な顔で俺を見た。


「普通に……俺の友人として、とかじゃダメなのか?」

「友人だ?」


シグンが、信じられないことを聞いたかのように呆然と呟いた。

いや、そんな風に拾われると、エセ青春物語しちゃったみたいで気恥ずかしいんだが。


「いいだろ、シスコン同盟の仲間だし」

「それに加入した覚えはない……ないが、そうか、友人か……」


シグンは傾いてこぼれかかっていたブドウジュースを一気に飲み、そしてもう一度そうか、と言った。


「……いいだろう。友人として、お前に手を貸してやる」

「おお! もちろん俺もなんかあったら手伝うくらいはするからな?」

「当たり前だ」

「ちょ、お前、偉そうすぎやしませんかねぇ……?」


そんな会話をして、フッと笑いあう。

夜が更けてきた。

ランカが何か、大きな皿を運んできたのを見る。


「甘味、えっと、デザートをお持ちしましたよ〜って、わぁ!?」

「……いただく」


甘いものと聞いて、さっきまで酒のところにいたトウガが駆け寄っていた。

ブレねぇな、まったく。

苦笑していると、おい、とシグンに声をかけられた。うん?


「あれって……」

「ああ、もちろんユインたちの為にはまた別に作ってもらうぞ」

「そうか、ならいい」


ふっ、シスコンに会話は必要ない。

お菓子=妹たちが喜ぶ、しかしここにいないとなれば、うん、何が聞きたいのかくらいは容易にわかるのだ。


グッと親指を立てれば、よく分からなそうながら同じように返してくれた。地味にいい奴である。


「しっかし、お前も食べてきたらどうだ? ランカが作るデザートは美味しいぞ?」

「デザ……知っている。ただ、あまり腹が減ってはいないんだ。先ほど食べ過ぎてしまってな」

「ん、そうか。じゃあまた後日にでも」

「ああ、ありがとう」


お礼を言われたのが新鮮で、思わず顔を見れば、不機嫌そうに逸らされた。

いやいや、珍しくないか、こんな素直にさ。


まぁなんにせよ。


「明日、だな」

「ああ明日だ」


明日こそ、ユインたちが帰ってくるのだ。


それを心待ちにして、その日は結局、遠足前の子供のように眠れぬ夜を過ごした俺だった——








しかし、翌日。


「おにぃたま!」


馬車を降りて、出てきたユインを笑顔で迎えようとした俺だったが——その姿を見た瞬間、顔が歪むのを抑えられなかった。


「なんで、おい、お前……っ!」


こんな表情をユインに向けてしまうのも、こんな風に声を荒げてしまうのも、本来俺のシスコンのポリシーには反するが、どうしようもなかった。

だってそいつは、ユインに手を引かれていたそいつは——


「お前誰だよっ!?」


見覚えがあるような気がしないでもないがほぼ他人の男だったからだ。


しかもユインと手ェ繋いでるんだぞ!?

どこの馬の骨とも知れん男が、俺の天使いもうとと手ェ繋いでるんだぞ!

しかも、明らかに二十歳超えた(せいじんした)奴が!


しかし、そんな俺の混乱に拍車をかけるように、ユインはにっこりと笑ってこんな言葉を言った。


「あのね、ユインね、このキヤンとけっこんするの!」


速報、空前の大事件発生。

ユインが男を連れてきました。

いつかの夢が、正夢になるかもしれません。






……思わず敬語にもなるってものである。


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