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話し合い、もしくは一つの事件の終幕

簡単なあらすじが前話にあります。

長いです。

グロリス・ラウゼルゴット伯爵。

ミゼット曰く、彼は“ニセモノの正義の味方”だそうだ。


伯爵としては歴史が浅い家らしいが、一代前がすごく優秀だとかで割と名の知れた貴族らしい——良くも悪くも。


俺がミゼットに聞いた情報は幾つかある。

先代のラウゼルゴット伯爵が、戦の少ないこの時期にかなりの領地を拡大したこと。

それは“相手が何らかの危機に陥った時助ける”という秘密条約に基づいて行われた、救助という名の侵攻(・・)であること。

そして、その条約は当代のラウゼルゴット伯爵と俺の父親との間にも結ばれていること……。


「ったく、何でよりによって俺のとこなんだよ。そんなにここの領地が欲しかったのか?」


ミゼットから聞いた時そう俺が言ったら、逆です、と返ってきた。


「逆?」

「ええ。あの方はともかく誰でも良いから相手を見つけたかったのですよ。先代の“正義”を受け継いだつもりのあの方は、その正義をなす相手を探していたのです」

「誰でも良かった?」

「はい。でもうまくはいかなかった」

「え?」

「当たり前でしょう? 悪どいことをやったと評判の家と、誰が密約など結びたがるでしょうか」

「あー……」


まぁ、確かにそうだろう。

誰だって信用ならない家と約束なんてしたくない。


「なんでうちの親はそんな奴と密約なんて結んでんだよ……」

「口先で丸め込まれたのか、或いは何か良い条件でも提示されたのか……まぁいずれにせよ、騙されたのでしょうね」

「あーもう、本当に無能だなあいつは!」


全く、身体年齢とはいえ六歳の子供に頭抱えさせる親ってどうなんだ。


「エル様のお祖父様が優秀な方だったので、先代のラウゼルゴット伯爵でもこの領地は奪えなかった。しかし今は違います。騙しやすい現当主様——エル様のお父様は都合のいい存在だったのでしょう」

「はぁ、つまりなんだ? この領地が良かった、と言うよりもこの領地しかなかった、ってことか」

「そういうことになりますかね。とはいえ、先代でも成し得なかった正義を成せるだなんて特典も付いてくるのですから、この領地で良かった、とも言えるかもしれませんが」

「ふぅん」


それに、この領地の人はかなりラウゼルゴット領にも移っている。

ここを併合したところで、感謝の声こそあれ、非難はそうない……はずだった。


「俺がいなきゃあ、な」


クククと笑ってやれば、ミゼットが何か言いたげな目で見てきた。分かってるよ、子供らしからぬって呆れてんだろ。


「まぁ、本来なら争わせるはずの相手、エル様が優秀すぎたのは彼の方にとっても予想外だったでしょうね。こんな早くから領地の改革に乗り出すことも」

「そうだろうな」

「だから安直にもエル様を襲うような行動に出たわけです。と言ってもこれに関して私は正直、エル様の存在を危惧したのでなく単にあせっていたのだと思いますけどね」

「あせってた?」

「いえ、焦れていた、と言ったほうが正しいでしょうか。元より計画が長期戦すぎたのですよ」

「ああ……」


当て馬に出来るくらいに俺が成長してからじゃないと、正直意味のない計画でしかない。


「そもそも私とて、自分が親ほど優秀でないことを悟らず、ただその行為を真似ることしかできないような男が……大局を見て待ち続けるなんてこと、できるとは思えませんでしたし」

「け、結構言うなミゼット……」

「ええ。だって今の雇い主にも取り繕ったりしないのですから、元雇い主のことを気遣って何になります?」

「そうだけどさぁ……」


というか、分かってんならまず俺に対する態度から変えようとしてくれりゃいいのに。


「まぁ何にせよ、良かったよな」

「はい?」

「敵がその程度で、さ」


俺がニヤリとすると、ミゼットは本当に嫌な子供ですね、とため息をついた。


「でも、あの方はたちが悪いですよ。自分のことを悪と思っていないのですから」

「へぇ」

「へぇって……エル様が今までやってきたように、口先だけではどうにもならないと言っているのですよ!」

「そうか? そういう奴にこそ案外、言葉が効くものだぜ?」

「それは、どういう……」


しぃっと俺は我ながらあざとく指を立ててミゼットの言葉を遮った。

そして、同じくあざとい笑みで言う。


「さぁミゼット。正義の味方を倒そうぜ?」








「さて。これでようやく、ゆっくりと話せそうですね」

「……は、はい……っ!」


あの兵士の一人が、聞いてみれば今回の者たちの一番上らしいので、そのまま二人で話すことになったのだが……。


「えっとあの、そんな緊張なさらずに。どうぞ、かけてください?」

「いえ、私は立ったままで結構です! ……いざという時の為に、座る訳には……!」

「いざという時の為に?」


何でこの人、魔王と戦いに行く勇者みたいな顔して俺の前に立ってるんだ……?

え、軍人ってそういうもんなの?

常に警戒をうんとやら、みたいな?


もしやノマール気質なのかとも思ったが、あの時父親とは普通に話していたのだからそれはないだろう。

てことは突発性の臆病症みたいなものかもしれない。名付けて、うん、ノマール病かな。


ちなみにその父親はなんとか部屋からは追い出している。

扉の前にはトウガを置いているから入ってこられたり聞かれたりする心配はないが、後で確実に問い詰められそうだ、面倒臭い。


いや、それよりも……。


「な、なぁミゼット」

「はい?」

「俺、この人になんかしたっけ?」

「さぁ……」


隣のミゼットとボソボソと囁き合うが、心当たりはない。

と、その時、


「あっ、あの!」

「はい?」


声を掛けられたので、ニッコリと微笑みながら小首を傾げてみた。ら、余計に震えられた。何故だ。


「貴方は、その……」

「何です?」

「貴方のお名前を、お聞かせ願っても……?」

「!」


おっこれは!? 歩み寄りの姿勢が見えたんじゃないだろうか!

よし、ここらで一旦空気を和らげておこう。


ああすみません、と俺はとびきりの愛想笑いを浮かべて見せた。


「残念ながら、僕は名乗らない方に告げる名前は持ち合わせておりませんもので。そちらから教えてくださいますか?」


やっぱり、ここは決まり台詞(テンプレート)の使いどころだよな!

これで少しは仲良くなれるはず——


「す、すみませんでしたぁああっ!」


——もなかった。

ありゃこれ……うん、間違いなく、間違えた、よな。

すっごい勢いで頭下げられてしまった、今。


「えっとその」

「アラン・サイレスです! 本当に失礼いたしましたっ!」

「さ、サイレス殿ですか。あの、ヴァイセン伯爵が長子、エルシアークと申します。こちらこそ、偉そうにしてしまってすみませんでした」

「いえっそんな!」


やばいなぁ、余計ビビらせてしまった気がする。

どうしよう、とミゼットに視線を向けたけたら、その口がパクパクと動いた。

じ、ご、う、じ、と、く、で、す……自業自得です?

ああハイ、ソウデスネー。


「えっと……とりあえず、話ししてもいいですか?」

「はいっ!」


しっかし、なんでこの人は俺に対してこうも対魔王仕様なんだ?







「まず、この事態について、ですが……」

「はい」

「今回の騒動が、隣の領主、ラウゼルゴット伯爵によるものだ、ということはお分かりですよね?」

「はい……」

「良かった」


まぁ、さすがにそこは分かってもらってなければ困るのだがな。


「では、話を進めましょう。幾つか、ラウゼルゴット伯爵の発言にその、不可解な点があったでしょう? ほら、争いが起こっているはずだ、などと」

「あっ! 確かに」

「まずはそこからお話ししますかね。先ほど、縛られた者たちがいたのはご覧になりました?」

「は、はい。しかし、あれは引き渡し予定の罪人では……?」

「ええ、あの中の半分ほどはその通りですが、残りの半分は違います」

「えっ」

「残りの半分は……今日(・・)、あなた方の来るほんの数分前に、屋敷を襲撃しようとした者たちです」

「っ!?」


ニヤリ、と口が笑いそうになるのを我慢する。

話に興味をそそられたのか、せっかく警戒も解けてきたのを台無しにする訳にはいかない。


「そもそも、あの者たちは僕の私兵に潜入していたスパイ——いえ、間者、みたいなものでしてね」

「はぁ……?」

「恐らく、彼らに館を襲わさせて家内騒動と思わせているうちに攻め込んでしまおうという魂胆だったのでしょうね? それ故に、混乱が起こっていないことに、混乱したのでしょう」

「なるほど……」


実際は、まぁ俺が仕組んだことなのだけど、嘘はついていない。

ただ、全部を言っていないだけだ。


「し、しかし、一体どうやってその裏切り者を見つけたのですか? 見分ける方法でも?」

「あー、それはー……」


ここで、シグンの存在を明かしてもいいものか?

いや、良くないだろう。シグンも恐らく俺のことをある程度信頼したからこそ、教えてくれたのではないかと思う。

そもそも、将来の右腕だ、切り札は隠しておくに限る。


「えっと、秘密です?」

「そ、そうですか……」


にっこーりと笑って見たのに、あれ、なんかさっきよりも更に距離が開いた気がする。

何で?


「あ、あの……」

「何ですか?」

「あの時、ラウゼルゴット伯爵に、一体何を言ったのですか?」

「あの時? ……ああ」


なんか、いきなり腕を掴まれた時か。

痛かったが、あそこで引いたら負けだと思った。


「こう言ったんですよ、『正義は勝つからこそ正義なんだ。負けたお前は、正義の味方なんかじゃない』と」


まぁ、一歩間違えば激昂されて酷い目にあっていましたよ! と後からミゼットに注意されたが、その時はきっとトウガかクロエが助けてくれていただろう。

ちょっと気恥ずかしいが、彼らのことは信頼、しているのだ。


「貴方は、一体……」

「ああっ!」

「えっ!?」


いけない、一言、言い忘れていたのを思い出した!

これを言わなきゃ、俺の名が廃るってものだ。


「あの!」

「は、はいぃっ!?」

「もう一度だけ、ラウゼルゴット伯爵と話させてもらえますか! 言い忘れていたことがあったんです!」

「ええっ、 あ、はいっ!?」

「ありがとうございます!」

「ちょっ、えっ!?」


多分恐らくもしかすると承諾の返事じゃなかったような気もするが、正直今はそれどころじゃない。

俺はダダダダッと屋敷の廊下をひた走り、外に出て、今にも馬車に詰め込まれようとしていたラウゼルゴット伯爵を見つけた。


「ラウゼルゴット伯爵!」


息を切らしながら駆け寄る。

貴方に言い忘れていたことがありました、と言えば、その顔がまた屈辱に歪むが、構わない。


「俺の、(ユイン)への愛は負けません!」

「……は?」

「なので!」


意味が分からない、とばかりの人はみんな無視して、俺は宣言する。


「俺の妹こそが、正義です!」

「……っ!」


息を飲むような声がした。

ジッとその顔を睨むように見る。

顔を見るのは初めてだった。

現れた時だって、服などで誰か判断していたにすぎない。

だけどこうして見れば、確かに、あの一連の騒動の裏にいたのはこいつだという、確信めいた感覚がした。


「……何を恥ずかしいことを言っているのですか」


後からきたらしいミゼットが呆れたような声でそう言う。

何って、言っとかなきゃいけないことに決まってるじゃないか。


俺がミゼットにそう返そうとしたその時。


「お、お前! よくも裏切りやがったな!?」


そう言ったのはミロロと名乗っていた男だった。

ああ、そういえば、こいつはミゼットのことを知っていたのだっけ。

接触までされたという話を聞いたときは、さすがに驚いた。


しっかし……最後まで、むしろよくここまで三下臭を醸し出してくれるものだ。

伯爵でさえ、もはや敗北を受け入れようとしているのに、手下がこうも騒いでは、みっともないことこの上ないじゃないか。


「今のは……本当ですか?」

「いいえ」

「っ!?」


問いかけてきたサイレスさんにすぐさま首を振れば、ミロロは驚きに声を上げた。


「彼女は僕の信頼している侍女ですよ。かたや襲撃者、どちらの言葉が信に足るかは、自明でしょう?」

「エル様……」

「〜〜〜っ! この、裏切り者! 裏切り者めっ!!」

「……それしか言葉を知らないのか?」


最後まで暴れるのを止めようとしないミロロには本当、ため息しかでない。


「はぁ……あ、ミゼット。お前も、なんか言っておくべきことはないか?」

「……そうですね」


ミゼットは、裏切り者と喚き散らすミロロに近づいて、いつもよりも数段低い声で言った。


「敵も味方も見分けられないようで、何が一流ですか。寝言は寝て言ってくださいませ——このド三流が」


ミゼット、言葉乱れてる乱れてる。







それから、しばらく後。

すべての者たちを馬車に入れると、サイレスさんは本当に疑問げに、最後に一つ聞かせてください、と俺に話しかけてきた。


「貴方は、一体、何者なのですか……?」

「……」


そんな聞き方をされると、某体は子供、頭脳は大人な名探偵の言葉が頭によぎる。

うん、そんな感じで言ってみるなら、そうだな、俺は……。


「エルシアーク・ラ・ヴァイセン……シスコンさっ!」


ビシリっとポーズまで決めてそう言えば、貴方はそれでいいんですか、と後ろでミゼットがうな垂れていた。


これでいいも何も、これこそが、俺だろ?

兵士さんの名前は、以前のアンケートにてタカ様にご提案いただいたものを使わせていただきました!

ありがとうございますm(_ _)m

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