兵士はそれを何と呼ぶ
短いです。兵士視点。
○簡単なあらすじ
シスコンすぎる兄エルは、半分エルフの妹ユインを救うためにメイドのミゼットや執事のノマール、護衛のトウガ、クロエらと共に日夜改革にひた走っていた。しかしそんな最中、ちらつく敵の影が…。
そんな中発覚するミゼットの裏切り、右腕(予定)の出現、そして妹との一時的な別れ。
それらを通しながら、とうとう一つの策によってエルは敵をおびき出すことに成功する。
敵の正体は、隣領の領主であるグロリス・ラウゼルゴット。全ては彼の歪んだ正義によって起こされたものだったのだ…。
その日、俺は怪物を見た。
俺たちがヴァイセン領に赴いたのは、あくまで襲撃してきた者達の身柄を王都の方で処理してくれという依頼のためだった。
罪人の受け渡し。命の危険も無ければ何の問題もない、騎士団の仕事で言えば、かなり楽な方の仕事だ。
実際、俺を含め志願した奴らは、その日他の場所であった戦闘訓練をサボるためにこの仕事を選んでいたりもした。
だけど。暴れるラウゼルゴット伯爵を取り押さえながら思う。
これのどこが楽な仕事だ!?
「何故だ!? 何故私がこんなことに!」
「見苦しいですよ、ラウゼルゴット伯爵。宣戦布告、及び正当な理由なき他領への侵攻! それが貴方のやった行為です!」
「違う、私は、私は正義なのだ! 私が為したことは全て正義なのだ!」
捕らえられた“正義の味方”は依然暴れてそんなことを叫んでいる。
誰もが見ているなか武器を持って領館まで入ってきて——これが侵攻でなくてなんなのだろう?
他の奴らの顔にはそんな呆れにも似た表情と、予想外の展開に対する困惑とが見て取れた。俺もきっと同じ顔をしているだろう。
状況が、全く理解できなかった。
「なんだよ、これは……」
と、ヴァイセン伯爵の敷地の中に入った時、その声を上げたのは誰だっただろうか。
いや、誰だったとしても、気持ちはみんな一緒だった。
俺たちの前に駆けて行った門の番をしていた男は、絶望に目を見開いて膝をついていたし、加えて縄で縛られながら未だ抵抗し続ける数人と、そして呆然としているあの悪評高きラウゼルゴット伯爵がそこにいた。
いや気づいていなかったが、その伯爵に対峙するように、すでにあの怪物もそこにいたのだろう。
しかし、俺たちはラウゼルゴット伯爵の言葉に気を取られていた。
「そ、そもそもここで起こるはずだった争いはどうなったのだ!? 何故なにもない!?」
「は……?」
争いが起こる?
何の話だ?
思わず疑問の声を上げたところだった。
「お……おい、何が起こっているんだ、これは」
後ろから聞こえた声に俺は振り返った。
そこにいたのは、この館と領地の主——ヴァイセン伯爵。
よく聞けば混乱している台詞を言っていたというのに、俺は気付けばその人に詰め寄っていた。
「伯爵! これは一体どういうことですか!?」
「な、なんだお前は! その制服……王都から来た者だな!? 何故ここに!」
「何故って……何仰ってるんですか? 俺たちは罪人の身柄を受け取りに来たのですよ」
「罪人!? 何のことだ」
話が一切通じていなかった。そもそも、俺たちがここに派遣された意味すら知らないとはどういうことだ?
いや、しかし今はそれどころじゃない。
「ともかく、この状況について説明をください!」
「し、知らぬ! 私は何も知らんぞ!」
「なんで知らないのですか! 貴方の領地のことでしょう!?」
「こ、この、お前! 無礼だぞ!?」
分かってる、普段ならいくら相手があの有名な“無能領主”だからとてこんな態度は取らない。だけれど混乱していたのだ。
俺がもう一言、何か言おうとした時、俺は突然トントンと腰のあたりを突かれているのを感じた。
「……?」
見れば、場違いなほど幼い子供がいた。
そしてその子供は、嫌に鋭い視線で、笑みが隠せぬ表情のまま俺に言った。
「父は何も知りませんよ」
「はぁ、何を……!?」
「ちょっとあの方と“お話し”させてくれませんか? 貴方達がすぐさま捕らえられてしまいましたから、きちんと言いたいこと言えなくて」
「へ、あ、はい……」
子供があの方、とラウゼルゴット伯爵を指差して、呆気にとられて頷いてしまった。
それからハッとする。
「あ、しかし今は……!」
止めようとした手をすり抜けて、子供はトテトテとラウゼルゴット伯爵に駆け寄っていた。
ラウゼルゴット伯爵が兵士たちを強く振り払って子供に掴みかかる。
危ない、と誰かが言った瞬間だった。
「お前に、正義はないのか! 私は正義をなしているだけだ! 邪魔をするな!」
伯爵がそう叫ぶと、子供はまるで動揺もせずに何か言った。
「——、————」
一瞬だった。
その一瞬で、伯爵は音もなく崩れ落ちた。
何が起きた?
俺の、いや、俺たちの頭はそんな疑問に満ちていただろう。
今の一瞬で、何が起きた?
子供がクルリと振り向く。
視線があった。子供らしからぬ理知的で打算的な瞳と、奇妙な無邪気さ。
見た瞬間、背筋が震えた。それは昔、お伽話に聞いた、そうあれは……。
「そうだ、ええと、その兵士さん」
「はっ、はい!?」
「貴方の質問。僕なら全てお答え出来ますが——」
その子は誰もの視線を浴びているというのに、平然と、ニッコリと笑った。
「どうします?」
ああ、そうだ。
そのモノの名前は——怪物だ。




