大人たちの密談、もしくは一流の話
「うまくやったものだな」
ミロロと名乗っている男は、周りに誰もいないのを確認して、ミゼットにそう声をかけた。
ミゼットが振り向く。無表情ながらも、普段と違いすぎるミロロの態度にいささか困惑しているのが見て取れる。
「ええと、何のことでしょう?」
「おいおい、とぼける気か」
「いえ、そんなつもりでは。それよりも、その、貴方は……」
まるで別人のようです、と言ってくるミゼットに、ミロロは普段なら見せない嫌な感じのする笑みを浮かべた。
それも当然だ、何故ならミロロはあくまで潜入しやすいようにとこの屋敷の執事の性格を真似ていただけだったのだから。
人は一度信じた人間と似た人間を信用しやすい。そう思っての人選だ。
「俺の本名はミロロではない。お前と同じように偽名だ、と言えば、分かるか?」
「なるほど。貴方が……いえ、何方からもお声掛けが無かったものですから、てっきり新しい方々は私について何もご存じないのかと」
「最初から知っていた、が、様子を見させてもらってたんだ」
「ああ、なるほど」
納得いったとばかりに頷くミゼットに、男は少しばかり苛立っていた。
彼はこういった“ばらす瞬間”が好きだったのだが、それは相手がひどく驚くからだ。そうでなければつまらない。
男の声が意図せずか荒くなる。
「俺こそ、てっきりお前は裏切ったものだと思っていたがな」
「え? 何故です?」
「何故って……あの子供の傍にずっといたじゃないか」
「ああ、それは確かにそうかもしれません。でも、あの方は歳の割に警戒心の強い方ですので。長くそばを離れると怪しまれます」
「なかなか報告に来れなかったのもそのせいだと?」
「ええ」
ふん、と気に入らないとばかりに鼻を鳴らし、聞こうと思っていた本題を思い出した。
「そうだ、先ほども聞いたが、お前、どんな方法を使ったんだ?」
「ええと、それは昼の件ですか?」
「他に何がある。なぁ、何をすればあんな幼子に親に反旗を翻させられるんだ? 話した印象からしても、聡明かは知らんが無能ではなさそうだった。……お前、一体何をした?」
「私は、何も……」
「はぁ? 何もしてないわけないだろ。普通の六歳児が、あんなこと思いつけねぇよ」
「それは……」
エル様は普通の六歳児ではないので。
そう言ってやろうか暫し逡巡して、言ってやることはないか、という結論に達した。
その結果としてミゼットは口ごもっているわけだが、理由は男が思っているのと実際のとでは大きく異なる。
男は秘密にしておきたいほどの何かがあるのだと思ったが、本当に何もしていないからこそ、ミゼットは口籠ったのだ。
しばらくミゼットを睨んでいた男だが、言うつもりがないらしい、と沈黙に焦れてあからさまに舌打ちした。
「チッ、まぁそれはどうせ、あの方の前で言うんだろうから良いけどよ」
「……」
「ハァ、ようやく明日でこの暮らしともオサラバだ! ったく、獣人と同じ宿舎で暮らすなんて、仕事っつーより苦行だったぜ」
「……獣人は」
「ん?」
「獣人は……お嫌いですか?」
ようやく口を開いたかと思えばそれで、男はハッと嘲るような声を出した。
「当たり前だろ。獣人、いや、人間じゃない奴らなんてみんな嫌いに決まってんじゃねぇかよ」
「しかし、履歴には獣人の混血と」
「嘘に決まってるだろ? 比較的力の強いやつらを集めて、混血ってことにしただけだよ。人外が嫌いなあの方が、たとえ混血だろうと雇うわけないだろうが」
「……ええ、そうですね」
人外という言葉に引っかかりを覚えたのか、ミゼットは口の中で何度が呟いていた。が、男には興味のないことだ。
「むしろお前はこんなとこでよく何年も働いてられたよな?」
「え?」
「見てはないが、あの子供の妹かなんかがエルフなんだろ?」
「ええ……まぁ、私はあの方に拾われる以前にいた場所で、獣人達と暮らしていましたので」
「そうかよ」
聞いておきながら、どうでも良さげに男は相槌を打った。
「まぁともかく明日だ。明日、この屋敷を制圧してる最中に、あの方が来ることになっている」
「ご本人が?」
「いつものことだろ。正義は自らの手で——だったか? よく知らないが、俺はその手引きを任されてる」
「そうなのですか……」
淡々と返事をするミゼットが気に障ったのか、釘をさすように男は続けた。
「言っておくが、今回のことであの方から何か特別扱いでもしてもらえると思うなら、それは勘違いだぞ」
「え?」
「お前のような末端の三流と、あの方直属の俺みたいな一流じゃあ、元から違うんだから」
「……」
男はこっそり手柄を奪おうと算段しているのだ、とミゼットも勘付いたが、特別それについて何か言うことはしなかった。
ただ、ミゼットにも譲れないところはある。
「私とて一流のつもりですけれどね」
「は? なんか言ったか?」
「いえ、特には。そろそろ怪しまれますので、エル様の元に戻っても?」
「……勝手にしろよ」
「では、失礼します」
カツリ、と靴音鳴らして去るミゼットを苛立ちまじりに見ながら、男は明日のことへと思考を向けていた。
その翌日。
自ら門の番を買って出たミロロは、馬車が来るのを今か今かと待っていた。
もうしばらくすれば鐘が鳴るはずだ。
そして鐘がゴーンゴーンと鳴り始めた時、遠くに馬車の姿を認めて、男は急いで門を大きく開け放った。馬車は続いて何台か来るはずだ。兵士たちをも乗せて来なければならないのだから。
しかし、見えた馬車が近づいてきて、妙な違和感を抱く。
近くなればなるほど違和感は膨れ上がり、目前で止まった時、それは恐怖へと変貌した。
「な、何で……」
馬車の窓が開き、制服を着た男が顔を出した。
「王都より派遣された者だが、ヴァイセン伯爵領はここに相違ないか」
答えようにも、震えて声が出ない。
その時だった。
別の馬車が、脇をすり抜けて通っていった。
その馬車を操る御者に、ミロロは見覚えがあった。こうして門が開いているのを、ミロロがうまく手引きできたことだと見たようだが、違う。
すでに計画は狂っている。
止めなければ、止めなければ。
「だ、だめです……」
「おい、今の馬車は何だ? おい! 聞いているのか!?」
「だめです……! 止めないと、止めなければ……!」
「お、おいお前! 待て、何処に行く!?」
引き止める声を無視して、ミロロは馬車が向かった方に駆けた。
馬車は屋敷を目指している。
しかし、その方向から争いによる騒音が聞こえないことが、ミロロを一層焦らせた。
そして。
馬車に大分遅れて着いた彼が目にしたのは、捕縛された仲間の潜入者たちと、それを迎え撃ったらしき二人と、愕然とする自らの主の姿。
加えて、堂々と立つ、わずか五歳ばかりの子供。
「すみません」
と、小さな影が笑う。
「うっかり俺、嘘ついちゃいました」
まるで悪気のないように言い放つその子供が、男には真っ黒な悪魔のように見えた。
真面目なトーンでシスコンの話書いてるとなんだか焦ります。何ででしょうね。
さて、次回は種明かし編!




