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ジャムバター、もしくは絵と現実

「それは何だ?」


と問う親に、俺は出来るだけ不機嫌さを押し殺すので精一杯だった。


両親の帰還の後では初めての食事だが、俺はユイン不在でイライラしているのだ。

両親おまえらの話に構っている余裕はないんだが、と言いたいのを必死で堪える。


「……どれのことでしょう?」

「お前の、それを言っているのだ」


太っい指に指されても、範囲が広すぎて分かりませんけど。


「それ?」

「その棒状の物のことよ! もう、馬鹿な子ねぇ。誰に似たのかしら」


後から口を挟んできたのは母親だが、イラっとして殴りたくなった。

俺は少なくともお前らほど馬鹿じゃないし、馬鹿だとしたら似たのはお前らが筆頭だ!


と思ったが、確かにこれは馬鹿だった。

うっかりいつものように箸を使って食べてしまっていたのだ。


しかも、それだけじゃない。

ランカが味噌汁を運んできていたのだ。


毎朝出すように言っていた味噌汁。

それを止めるように言うのを、これまたうっかり忘れていた。


まずい、これはまずい。


「ん? お前、それも一体……」

「これはですねっ!」


俺はランカから奪うように味噌汁を受け取ると、目についたジャムとバターをぶっこんだ。

ランカの悲鳴が後ろで聞こえたが、正直それどころじゃない。


「こうして食べる物でして! この棒は、溶かすための混ぜ棒(マドラー)です!」

「何故二本なんだ?」

「えっ、えへへっ、その方が早く混ざるかと……」

「ふん」


うわぁ、と思いながら貼り付けた笑顔で味噌汁を見れば、苺のジャムがプカプカ浮いている。

ジャムはランカの作っただけあって美味しいし、味噌汁だって改良に改良が加えられ素晴らしい一品になっていたと言うのに……。


内心号泣ものである。


「俺にも飲ませてみろ」

「え?」

「見たことない飲みものだ。そこの料理人の作ったものか?」

「は、はい……」


女か、とランカに一瞬嫌な顔をしたが、未知のものへの好奇心の方が勝ったらしい、早く寄越せと手を伸ばされる。

美味かったら、金稼ぎに……とでも思っているのかもしれないが、残念、これは混ぜるな危険の飲み物だ。


二人に分けて手渡すと、一気に呷り——


「うむ……ぶっ!?」

「ゴホッゴホ! 何ですの、これは!?」


盛大にむせていた。

何もなにも、まぁ味噌汁(ジャムバターin)だが、初めて飲む時にそんな一気飲みするんだから自業自得だ。


ひとしきりむせた後、父親の方が訝しげに俺を睨んできた。


「お前、こんなものを美味いと思うのか………?」

「え? ええ」


ジャムとか入ってなければね?


「そうか……舌が狂っているな……」

「そうですわね……」


ボソリと言われたが、聞こえてるぞ、おい。

まぁ、なんとか乗り切れて良かった、とため息を吐く後ろで——殺気のような気配を感じて飛び上がる。


な、何だ!? 突然、膨れ上がったこれは!?


エル様、と耳元で声がした。

怒りを押し込めたような声。


「エル様……後でお話があるんで、よろしくです」


ランカだった。








「うぅ、痛い……」


ランカに思い切りゲンコツでグリグリとされたところが痛む。

食べ物を粗末にする人は許しません! だそうだ。


某お残しは許しまへんで〜!のおばさんを思い出した。

いや、あれとは違って美人だし、胸もあるけどさ。


味噌の供給ラインが未だ確立されていないのに、とも言われたが、そこに関してはちゃんと俺だって考えている。

子ども扱いはやめてもらいたい……見かけは子どもだけども。


痛むのを押さえていれば、ミゼットが聞いてくる。


「痛むんですか?」

「まぁな。お前もそうだが、ランカも遠慮がなすぎる」


領主の息子で、仮にも厨房長へと押し上げた恩人だってのに。


「いいじゃないですか、それだけ皆に慕われているということですよ……ふっ」

「堪えるなら最後まで堪えろよ!」


さっきから肩が微妙に震えてるのに気づいてたけど、あえて言わなかったのに!


まったく、とため息をついて廊下の角を曲がろうとしたところで、誰かに行き合った。


「あっ!?」

「ん?」

「す、すみません!」


そう言って勢いよく頭を下げる様子には見覚えがある。

えっと、確か……。


「ミロロだったっけ?」

「えっ」

「ありゃ、違ったか?」

「い、いえ、あってます。その、名前を覚えてもらえるとは思ってなかったもので……」

「ふぅん?」


一応俺が面接して選んだ人間なんだから、名前くらいは覚えていても普通だと思うのだが、この世界の一般常識では違うのだろうが?


となると、ノマールのことを父親が覚えていないのも普通ってことなのか。

いや、あれはノマールだからなぁ……。


「あ、あの!」

「うん?」

「失礼致しました!」

「いや別に構わないけど……って、ちょっと待ってよ」


と、立ち去ろうとしたミロロを俺は呼び止めた。

ビクゥッと固まって止まって、ギギギと振り返る。


「な、なんでしょうか……」

「聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい、な、何なりと!」


……なんか俺の周りの男ってビビりかその逆かみたいな感じで極端な気がしてきた。

が、まぁ、そんなことは置いておくとして。


俺はさっそく本題へと切り込んだ。


「ミロロ、シグンに俺と父親の仲が悪いかと聞いたっていうのは——本当か?」


なっ、と驚いた声をあげたのはミゼットの方だった。

ミロロは困惑したようにコクンと頷いた。

まぁ、まさか当人から返答されるとは思ってなかっただろう……流石に。


——まぁだからこそ、俺が答える。


「なら答えは簡単だ。悪いよ」

「エル様!」

「落ち着けよ、ミゼット。……お前ら俺を侮りすぎだ。子供だからって舐めるなよ?」


そこでわざと子供っぽくベェと舌を出してみれば、ミロロもミゼットも一層困惑を強めたようだった。


「それは……」

「ん、何だ?」

「ええっと、それはその、一触即発のような程に悪いのでしょうか……ああ、いえすみません!」

「いや、やっぱりここで働く者なら気になるところだよな。身の振り方も考えなきゃいけないだろうし」


俺がそう言うと、驚いたように目を見開いて、ええ……と気弱に答えた。


「まぁ、そんな感じかもしれないな」

「「えっ?」」


ミロロとミゼットの声が重なる。

俺は少し声を潜めた。


「実はな、父親に秘密で獣人らを雇い入れたことがばれてな……少し、マズイことになっている」

「そ、そんな……」

「エル様、そんな話……」


言いかけたミゼットを軽く手で制す。


「だからさ、ミゼットもミロロも、俺の味方について助けてくれないか?」

「ええ、それは勿論ですけれど」

「……は、はい!」


ミゼットが訝しむようにミロロを睨めば、その肩がビクンッと跳ね上がる。

おいおい、怯えさせるなよ?


「ああそうだミゼット、例のモノ、俺の部屋に運んでくれ」

「例のものって……アレですか?」

「そう」


知らないミロロは首を傾げ、ミゼットははぁと深く息を吐いた。


「本気で、アレを置かれるおつもりですか……」

「ああ、こういう時だからな。必要なんだ」

「……そうですか」


一人事情の分かっていないミロロに、俺はニヤッと笑いかけた。







その物というのが。


「くぅううううっ!やっぱりユインは天使!」


何を隠そう、ユインの肖像画である。

この前の誕生日の後、貴族の風習か何かで絵を描かれた俺なのだが、追加で金を出してユインも描いてもらったのだった。


もう一人描けと言われて最初は嫌そうだった絵師も、ユインのにっこり顏を見るとむしろ無償でも描かせてください! と言ってきた。

さすがは俺の(てんし)


ちなみにその絵師は見る目があると思ったので、こっそり資金援助中だったりする。


まぁ、じっとしていられないユインのためにたくさんのカップケーキを用意したものだから、肖像画というよりティータイムの絵みたいになっているが。


「お兄ちゃん、ユインの為に頑張るからね!」


絵に向かってそう宣言したところで——後ろでガタンッと何かが落ちる音がした。

ミゼットだった。


「エル様……」

「ん? どうした?」

「ついに“しすこん”を拗らせて絵と現実の区別も付かなくなったんですか……?」

「えっ」

「絵に、話しかけて……」


あ、そうか。はたから見ればそんな感じ、なのか?

いや、別に話しかけていたっていうか単に宣言っていうか。

そもそも言えば、ユインに関して絵と現実の区別が付かなくなるなんて到底ありえないけど。


何と言うべきか困っていると、ミゼット妙に優しげな笑みを向けてきた。


「いえ、すみません、私は何も見てません……そういうことに、しておきますね」

「ちょ、変な優しさ止めて!?」


誤解だからね!?


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