癒しの時間、もしくは兄の策略
やっと妹が出せた……!
「ふふふー」
俺は今、ユインを後ろから抱きかかえてご満悦である。
「おにぃたま、ちょっとくるしいよぅ」
「苦しゅうない苦しゅうないー」
使い方が激しく間違っている気がするが、それすらも気にならない。
あの宣戦布告は、あくまで子どもの言葉として受け取られてしまった。
「お前、あれがお気に入りだったのか。そうならそうと言えばいいものを」と、さながらペットやオモチャかのように吐き捨てたあの父親には腹が立ったが、そんなささくれ立った心も妹という癒しの前にはどんどん治っていく。
「ユーイーン」
「なぁに?」
「ふふー呼んだだけー」
「……へんなおにぃたま」
と首を傾げるのがまた天使である。
ああ、この時間がいつまでも続けば……と思ったが、残念ながら、終わりはあっさりと訪れた。
コンコン、とノックの音が響く。
ドアを開けて入ってきたのはミゼットだった。
ミゼットは一瞬、ニヤニヤしている俺に引いた表情を見せたが、すぐに取り繕って「勉強のお時間です」と告げた。
「おにぃたま、おべんきょー?」
「ああ、うん……」
勉強ももちろんだが、ユインとまた離れるのも辛い。
嫌だなぁ、と呟きかけた時、ユインが振り返ってニッコリと笑った。
「がんばってね」
「うん、超頑張って来るね!」
この笑顔が見れるなら、たとえ火の中水の中、退屈な勉強も苦ではない。
「なんだよ、ミゼットなんか言いたげだな」
「いえ、ただ気持ち悪いな、と」
「ひでぇ!」
それにユインの前で言うなんて、ユインが変な言葉覚えたらどうすんだ。
「なー?」
「本当に気持ち悪い……」
ボソッと呟いたが、おい、聞こえてるぞ。
これ以上は先生をお待たせしてしまいます、というミゼットの言葉に従って、
「じゃあねーおにぃたま」
と可愛く手を振るユインに手を振りかえし、俺はユインの部屋を出た。
「さて、行くか」
「……エル様って、本当にユイン様と関わっている時といない時とでは、まるで別人ですね」
「そうか?」
確かに多少緩んでいる気はするが、と言うと、多少……? と首を傾げられる。
「ん、なんか文句あるのかよ」
「……いえ」
学習室に向かって歩きながら、周りに人影がないのを確認して、ふと口を開く。
「それで、ミゼット。アレの首尾はどうだ?」
「ええ、順調です」
「そりゃあいい。両親らはどうせすぐまた王都に行くだろうからな。そうしたら早速、作戦開始だ」
俺は今、ちょっとした領地改革を考えていた。
あの領主夫妻がどうなろうか知ったこっちゃないが、反乱でも起きてユインが巻き込まれては困るのだ。
そう、つまるところは全ては妹のため。
「俺は人生を妹に捧ぐ!」
「重い上にとてつもなく気持ち悪いです」
ズバッとミゼットにぶった切られた。
……うん、やっぱり俺人選間違えたな。
「で、あっちの“臆病な羊”の方の調査は進んでるんだろうな?」
「もちろん、ぬかりなく」
「引き続き頼むぞ」
「かしこまりました
やっぱり優秀ではあるんだよなぁ。ただ、性格に難ありってだけで。
「それで……」
「ああ、給金引き上げの件は手配しておいた」
「ありがとうございます」
……金の亡者だしね。