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乱入者、もしくは告白の“ユダ”

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ありがとうございます!


長めです。

ミゼットによるお勉強タイムは日常になりつつあったが、今日はその中に非日常が紛れ込んでいた。


「というわけで、古代の王国は出来たわけですが……さて、ここまでで何か質問はありますか?」

「ある」


ミゼットにそう返したのは、もちろん俺じゃない。


「前古代期のエルフや獣人の自治地域に関する話を飛ばしたのはどういう了見だ?」


俺の右腕(予定)のシグンが、なぜか一緒に授業を受けているのである。


……しかも、なんだか随分と専門的な質問まで。

何だよ、前古代期って?








そもそも、授業を受けないか、と誘ったのは俺だった。

が、その時はものすごい嫌な顔で拒否されたのだ。


「何で、わざわざそんなものを受けなきゃいけないんだ?」

「いや、だってお前、俺の右腕だろう?」

「なった覚えはない」

「ああ、ごめんごめん、まだ(・・)違うよな」

「なる予定もない」


チッ!

シグンはこのことになると途端に強情だ。

ミゼットにも何であえてシグンなのかとも聞かれたが、志を共にするものの存在って、やっぱり心強くないか?


「で、ともかく授業は受けないのか?」

「ああ」

「そうか、残念だな。今日は歴史と種族や民族についてってことだったから、獣人のシグンからの意見も聞けるかと思ったんだがな……」

「ちょっと待て」

「ん?」


ふと見れば、シグンがひどく真剣な顔をしてこっちを向いていた。

さっきまでは、視線すら向けなかったのに。


「種族や民族のこと、と言ったな?」

「あ、ああ」

「それは全ての種族に関してか?」

「あらかた、とは言っていたが」

「……そうか」


急にどうしたのだろう。

そう首を傾げかけて、もしや、と思った。


「もしかして、興味が湧いたのか?」

「興味……そうだな、湧いた」

「おお!」


じゃあ受けよう、と言うと、シグンは微妙な表情で頷いた。


……で、結果がこれだ。


「前古代期は、あまり人間の大国はない時代ですから、あえて略史の段階で話す必要はないかと思いますが」

「だからと言って、あいつの妹はエルフだろうが。その辺りの歴史を知らないと、今に続くエルフや獣人の差別の理由も分からないだろう?」

「貴方という獣人がいることに配慮した結果でもありますよ」

「いらない配慮だな」


なんか専門的すぎてついてけない……。


お互い語気を荒げるようなことはないのだが、だからこそ怒りがよく伝わってくる。

前々からあまり仲の良くない二人だとは思っていたが、今、その理由がわかった。


同族嫌悪ってやつだ、これ。


「ともかく。解説の必要があればお話ししましょう」

「必要があるから言っている」

「なるほど? それは失礼いたしました」


と、そこまで冷戦を続けていた二人だが、次のシグン言葉で一気に燃え上がった。


「あんた、胸だけじゃなくて、器も小さいんだな」


ブチリ、と何かが切れるような音が聞こえてきたような気がした。


「……今、何と言いました?」

「胸も小さいが器も小さいな、と言ったんだ」


これは最近分かったことだけど、シグンは下町の育ちだからか口が悪い。

そして、


「胸は関係ないでしょう、胸は!」


……案外ミゼットは気にしていたりする。

その分の栄養が脳に行っただの何だの言っているが、いやいや、栄養素たぶん全然違うからな?


「ミゼットだったな、器は否定しないんだな」

「ともかく、胸は関係ないですよ。それに、年上を呼び捨てるなんて、育ちがしれますが」

「ああ、知れるも何も知っての通り、育ちが悪いんだよ、ミゼットさん(・・)


空気が半端なくギスギスしている。

痛い、超痛い。


こんな時ほど癒しが欲しいものだ、と俺は隅で置物と化しつつあったノマールをちょいちょいと子招きした。


「ど、どうされました?」

「すまん、ユインを呼んでくれ」

「ユイン様ですか? 先ほど、クロエ殿と一緒に出かけられましたが……」

「えっ!?」


お兄ちゃんそれ聞いてない!

というか、クロエに任せて大丈夫だろうか。

また変なことを教えられかねない。


もちろんユインがムキムキになろうが脳筋になろうが愛する自信はあるが、できれば可愛いまま育って欲しいのが兄心だ。


よし、心配だし、お兄ちゃんも行ってこようかな……。


そろり、抜け出そうとすれば、


「待ってください」

「待て」


と二方面から同時に呼び止められた。

くそ、こんな時だけ息ぴったりだな、おい!


「エル様は、どちらが正しいと思われますか?」

「えっ、何ノ話デショウ……?」

「お前、聞いてなかったのか?」

「スミマセン、聞イテマセンデシタ」


はぁ、とこれまた同時にため息を落とされる。

なんか罪悪感めいた気持ちを抱きそうになるが、違うよな? 俺悪くないよな?


と言うかミゼットも、自分にはさんを付けろみたいなことを言ってたくせに、俺があいつやらお前やら呼ばれるのには無頓着すぎるだろう。

……俺、一応ながら二人の雇い主なんだけど。


「前古代期の話をするかどうか、のことです」

「ああ」


結局そこに戻っていたのか。

よく分からんが、エルフや獣人に関連することだというし……。


「やった方がいいんじゃないか?」

「だろう?」

「……そうですか。エル様がそう言うならば」


シグン、ドヤ顔はやめておけ。ミゼットの額に青筋がたってるから。









「まず、この世界に元からいた種族は五つでした」

「五つ?」

「はい。人間族、獣人族、エルフを含む妖精族、そして魚人族と竜人族です」

「魚人! 竜人!?」


おお、そういうのもいるのか!

俺が叫んだ声がうるさかったせいか、シグンが眉をひそめた。


「因みに聞くけど、魚人の頭って人だよな?」

「? はい。魚人は上半身は人、下半身が魚の種族ですから」

「よしっ!」


ってことは、魚人というより人魚か。

逆だと、いろいろひどいものがある。

ガッツポーズをすれば、二人ともから訝しげに見られた。

だって重要だよ、そこ。


「見たいな、人魚……じゃなくて魚人も、竜人も!」

「残念ですけど、魚人は特定の海にしか住んでいませんし、竜人に至っては住んでいる地域は全く分かってませんよ?」

「マジか! じゃあ会えないのか!」


くぅ、本当に残念だ……!


「ともかく、歴史の授業を続けますよ?」

「ああ、うん」

「その五種族ですが、元々はお互いの領分を侵すことなく暮らしていました……」


そこからミゼットが語ったのは、これぞファンタジーな物語……いや、歴史だった。


昔、この世界にいた五種族は、不干渉をルールとして共存していた。

しかしある時、魔物が現れ、そういうわけにもいかなくなったらしい。


魔物! とテンションを上げそうになった俺だが、ミゼットの静かな語り口とシグンの真剣な表情に思わず沈黙を守った。


「五種族はそれぞれの長を集め、共闘を決めました。そして、魔物を滅亡に追いこむところまではいきました」

「追い込むところってことは……」

「はい。最後まではいきませんでした。人間が裏切りにあったのです」

「裏切り、ねぇ」


その言葉に最も反応したのはシグンだった。手をギュッと握り込み、口を噛み締める。


詳しいことを聞きたくなったのだが、シグンが話す様子はないので、仕方なく俺が聞いた。


「その裏切りって、具体的には?」

「人間以外の全て種族が、魔物——正確に言えば魔族ですが——の側についたのです」

「……おお」


それはなんというか、すごいな。


「何で、そうなった?」

「え?」

「だって、皆で倒そうってなってたのに、いきなり裏切りだろう? おかしくないか?」

「そ、うですが……その理由までは」

「考えなかったのか?」

「……えぇ」


賢いミゼットにしては変な感じがしたが、その違和感は、ううん、何と言って良いか分からんな。


「しっかし、人間ってそんなに強いものか? それでも人間対、その魔族連合軍はイーブンだったんだろ?」

「いーぶん?」

「ああ、えっと、引き分けたっていうか」

「引き分け……そうですね」


人間に、とても強いものがいたのです、とミゼットは言った。


「俗に、英雄と呼ばれる方ですね。()の方は、山一つを吹き飛ばすような風の魔法と、森一つを燃やし尽くすような火の魔法と、村一つを沈められるような水の魔法が使えたそうです」

「えっ、エアコンでしかないんじゃなかったのかよ、魔法って」

「えあ……? よく分かりませんが、昔はそのような魔法を使うすべがあったんです」


昔は、ね。

曰く今では、空気中にある魔素なるものがどんどん減っているから無理だそうだ。へぇ。


「にしても何で威力の喩えが全部破壊系なんだよ?」

「それは……」


ミゼットが言葉に詰まると、声をあげたのはシグンだった。


「実際にやったからだよ」

「え?」

「実際に、山を崩し、森を灰にし、村をのみ込んだ。英雄なんて言ってはいるが、あの男は最低の人間だ」


先ほどまでとは違い、シグンの声は荒く、そして鋭かった。


「人間側は仕方のないことだと言ったが、そんなはずないだろ。本当の裏切り者はあいつらだ」

「お、おい」

「元々、魔族のことだって、あそこまでしようという話じゃなかった。魔族を滅ぼそうなんて、他は皆考えていなかったのに、それをあいつは……」

「おい、シグン!」

「……なんだよ」


言葉を遮った俺を、シグンはジロリと睨んだ。

俺はゆっくりと、そしてはっきりと聞いた。


「お前、何でそんなことまで知ってるんだ?」

「……!」


シグンはしまった、という顔をした。


「授業は、もういい……知りたかったことは知れた」

「え? ちょっと!?」

「失礼する」


それだけ言って、部屋を出てしまう。


残された俺たちは困惑のまま顔を見合わせた。

シグンって何気に謎が多いよな……。


俺はフゥと頬杖をつく。


「しかし……人間とその他の種族、果たしてどっちが本当のユダなんだろうな」

「ユダ?」

「裏切り者ってことだよ」

「裏切り者……」


ミゼットはユダ、ともう一度呟いた。




「おにぃたま!」

「おお、ユイン!」


帰ってきたユインを腕を広げて迎えれば、ばーっと飛び込んできた。が。

すぐに周りを見回した。


「ねぇ、おにぃたま」

「ん?」

「シグンはー? いないのー?」

「えっ!?」


ユインは、というか子どもが、なのかもしれないが、新しいもの好きだからなぁ……。

と思いながらも、やっぱり悔しい俺である。


「なぁ、それってお兄ちゃんじゃダメか?」

「んー、おにぃたまでもいいのー」


……そうか。おにぃたまでも(・・)、かぁ。


「あのね見てー」

「ん? それ何?」

「ゆみやー」

「弓矢っ?」


えへへ、と笑うユインは可愛いが、残念ながら手の中のものは物騒だ。


「ど、どうしたんだ、それ……」

「クロエにつくってもらったの!」


クロエの方を向くと、どうです、とばかりにキラーンと視線を飛ばしてきたが、褒める気は無いからな、おい。


ミゼットがユインの弓を覗き込んだ。


「ああ、なるほど。エルフと言えばやはり弓矢の名手と聞きますからね」

「にへっ、そうなの!」


そうなのか……。


「だからね、とっくんしたいの!」

「特訓って例えば……」

「もりで、ばびゅーんってするのー!」

「ばびゅーん、ね……」


後ろでクロエが弓を引く格好をしてみるのを、ユインが真似した。

くそぅ、可愛いなぁもう。


「いつしたいんだ、その特訓」

「いますぐ!」

「い、今すぐっ!?」

「いーまーすーぐー! ね、おねがい、おにぃたま」


ユインが手を組んで上目遣いで見てくる。

クロエが後ろでもっとやれ、とばかりに腕をパタパタ振っていた。


え、何これクロエの仕込みなの!?


しかし、なぁ……。


「いいよ、ユイン今から行こうか」

「ほんとっ!?」

「本当」

「やったぁ!」


ギュッと抱きしめてくるユインを抱き返そうとすると、すっと抜けられた。


えっ?


「おにぃたま、じゅんびしてくるのー」

「ああ、うん……」


なんか最近、小悪魔してないか、ユイン……。

パタパタと去っていく背中を見ながら、俺はハァとため息をついた。

ただ、顔は笑ってしまっていた。


「何笑ってるんです、エル様」

「ん? だって、なんて平和だろうと思ってね」

「平和、ですか?」

「そうだろ。日常のことや妹の成長のことだけで悩む、兄としてはこれ以上ない平和だよ」

「そうですか……」


俺はその表情を窺いながら続けた。


「だから、父親のこともそうだが、他のことも……できれば早く片付けたいんだけどな」

「他のこと、というのは」

「ミゼットも分かってるだろう? 反乱なんかを扇動しているらしい、外の敵さ」

「……」


さて、俺も準備しようかな、と呟いた俺をミゼットは呼び止めた。

振り向けば、覚悟を決めた瞳がそこにあった。


「何だ、ミゼット」

「ちゃんと、聞いてくださいね」

「ああ」


いつもはちゃんと聞いていないって言いたいのか、とからかうのは流石にやめた。

ミゼットが息をすぅと一度吸う。


「……私は、」

「私は?」


ミゼットの視線が逸らされる。

痛みに耐えかねた顔で。


「私は、いえ、私こそが、その外の敵の内通者」


それでも、ミゼットは顔を上げた。

最後には、俺の目をきちんと捉えた。


「つまり、エル様の言うところの裏切り者(ユダ)です」

「そんな……」


そして、ミゼットに俺は……俺は。


「そんな、こと……知ってたぞ?」


ニッコリ笑った。

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