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激怒の兄、もしくは意外な展開

「おばさん、ちょっとよろしいですか?」

「なんだい」


たじろぐように、露店の女が後ずさった。

俺の笑顔の後ろから漂う怒気を感じ取ったのかもしれない。


俺は、怒りのあまりに冷静になった口調のまま続けた。


「商人に大事なのって、なんだと思います?」

「急に一体何を……」

「俺は、愛想と観察眼だと思っています」


そう言って笑えば、女は眉をひそめた。


「そう、その顔」

「え?」

「その不機嫌そうな顔を、あなたは俺たちに三度向けました」


一度目は、俺が子供だと見た時。

二度目は、獣人であるトウガを見た時。

そして三度目は、ユインがエルフだと分かった時。


「あなたにとって客とは何でしょう? 金を払い、商品を買う者? ならば、あなたは客にそんな嫌そうな顔を向けるわけだ」


あなたには、まず愛想が欠けている。

と、俺は宣言するように言った。


「そして、二つ目。これは何より簡単だ。ユイン」

「な、なぁに、おにぃたま」

「外套を脱いでみて」

「うん……」


ユインが言われたとおりにすれば、いつの間にか集まっていたギャラリーがわぁ、と歓声をあげた。


一目で分かる、高そうな布を使ったワンピースは淡い色に染め上げられて、ユインによく似合っていた。


見えないようにはしたものの、ユインの初めてのお出かけである。

精一杯、着飾らせてあげるのは兄の務めだ。


ようやく、それで女は俺たちの正体に気がついたらしい。

顔を青くして、


「あんた達、いえ貴方様方は……」


と呟くように言ったが、もう遅い。

俺は、ユインを傷つけた者に、容赦する気はないのだ。


「あなたには、観察眼もないようだ……つまり、あなたには商人たる資格すら、ないのではないか」


俺はさながら最終宣告のようにそう言い放った。


「次に来る時は、とびきり汚れた服を着て、獣の耳の飾りでも付けて来るとしようか。そうすれば、あなたのような商人から物を買わずに済むから。あなたのような商人を、のさばらせずに済むからな」


どうかお許しを、と女は請うようにユインの欲しがっていた髪飾りを差し出しながら言った。

ユインが欲しがるように手を伸ばしたので受け取ったが、一つ言っておく、と俺は付けたした。


「俺は、獣人やエルフだからと言って、貧乏人だから子供だからと言って人を差別する者が、一番嫌いだ! 以後よく覚えておけ!」


言い切って、女がああ、と座り込む。

パラパラと拍手が起こった。


そして、やってしまった、といささかの後悔を抱きながら……妙に清々しい顔をしたクロエやミゼットたちを連れて、俺たちは市場を去った。







馬車に乗り込みながら、ユインに髪飾りを手渡した。


「あんなことになっちゃって、嫌かもしれないけど……」


欲しかったんだろう、これはユインのだからと俺が言うと、ユインはちがうの、と首を振った。

違う?


「あのね、これはミゼットのなの」


その言葉に驚いて思わずミゼットの方を振り返れば、ミゼットもまた目を見開いていた。


「え……私ですか?」

「うん。でね、クロエのもってるのが、おにぃたまのなの」

「俺の?」


俺にもあるのか。

クロエが持っていた包みから出てきたのは筆ペンだった。

この前、使っていたやつが傷んできたという話はしていたけれど、ユイン、覚えてくれていたのか……。


「おにぃたまのおたんじょうび、もうすぐでしょ? それにね、おにぃたま、いつもべんきょうがんばってるから」

「……っ! ありがとう、ユイン」


どうしよう、感極まって泣きそうだ。


「はい、ミゼットも! ミゼットはね、女の子だからね、キレイキレイしなきゃダメなの」

「……ありがとうございます」


某手洗い石鹸のキャッチコピーみたいなセリフとともに、ユインがかがんだミゼットに髪飾りを付ける。


ミゼットの、こんな泣きそうな顔を見るのは初めてかもしれない。


泣きそうじゃないか、とからかったら、エル様の方こそ、と言われた。

全くもってそのとおりだ。


「でも、お金は一体どうしたんだ? いらないって言っていたが」


一応クロエに聞いたのだが、それはね、と答えたのはユインだった。


「あのね、だいずのおてつだいしたときにね、むらのひとたちが、おつかれさまってくれたの!」

「へぇ」


じゃああの値切っていたのも、とクロエに視線を向ける。


「そうですとも、ユイン様がどうしてもエル様とミゼット様に何かあげたいとのことだったので、私はああもがんばって値切ったのですっ!」

「その割りには楽しそうだったがな」

「うるさいですよ!」


クロエとトウガのいつも通りの会話に、馬車の中の空気が和らいだ。


ユインが、俺の服の裾をキュッと握った。


「おにぃたま、あのね……ありがとなの」

「うん」

「それでね、おにぃたまも、ミゼットも、だいすきよ!」


そう言って、あんな扱いをされたことはきっと辛かっただろうに、明るく笑ってみせるユインを——俺とミゼットは二人で抱きしめた。








そして。

やってしまった、と思ったあの一件だったが……全く予想外の結末をもたらした。


それは俺がミゼットとともに、もらった羽ペンで勉強している最中のことだった。

もちろん、ミゼットの髪にはあの髪飾りがある。


ちょうどひと段落ついて、休憩にしようか、という時に、ノマールが駆け込んできたのだ。


「エ、エル様、大変です!」


尋常じゃない慌てように、俺は思わず椅子から立ち上がってノマールに駆け寄った。

ミゼットも表情を厳しくしていた。


「一体どうした、何が起こった!?」

「領民が大勢、館の前に集まっております!」

「直談判か何かか? それとも、あの領主がまたやらかして……」


違います、とすぐさまノマールに否定された。


「やったのは、エル様でございます!」

「え、俺?」


心当たりがなくて、ミゼットと顔を見合わせて首を傾げた。


「先日の、市場の一件を見た者たちが集まっているのです」

「市場の……?」


はい、と言ったノマールの口から続けて出た言葉に、俺は素っ頓狂な返事をしてしまった。


「お仕えしたいと、皆集まったのです……この館ではなく、エル様個人に!」

「はぇ?」


俺が、思わぬところで人気になっていたらしい。

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