領主講座、もしくは訪問者?
「このヴァイセン領が、リィンバーク王国の西部にある地方領であるということは、ご存知なのですよね?」
そう問うのはミゼットだ。
メイドの仕事の幅は広く、家庭教師も仕事のうちらしい。
まあ、ミゼットの頭の良さというのも大きな理由だろうが。
「知ってる」
「そうですか。では領主というものがどんなものであるか、という話をしましょうか」
ほう、と俺は耳を傾けた。
残念ながら黒板に当たるものはないし紙やインクも貴重なので、現代の授業とは違い聞くしかないのだ。
「領主、と言いますが、正確には領地を持っている貴族のことを示していますね」
「へぇ……ん? 貴族と領主とは違うのか?」
てっきり同じかと思っていた、と言えば、違います、とミゼットは首を振った。
「貴族というのは爵位を持っている者のことですが、自治領を持っていなければ領主とは言いません」
「領地なしの貴族なんているのか?」
「ええ、功を上げて爵位を特別に与えられただけの“一代貴族”ですとか。あとは分割相続やらで殆どなくなったという場合もあれば、金に困って自ら売ったという場合もあります」
「へぇー。よくうちの領地は残ってるな」
「エル様の一族、ヴァイセンのお家は功を上げた方が多く元より領地は広いですし、子供が少ない家系だからでしょうね。領地は基本その子供たちで受け継ぐものですから」
なるほど、だからあんな無能がかなりの領地を持っているわけだ。
領民にとっては不幸なことだが。
「で、さっきから気になってたんだが、爵位っていうのは?」
「ええと、何かをなした時、もしくは世襲によって与えられる称号、と言えば分かりやすいでしょうか。例えば領主様は伯爵です。これは世襲の爵位の一つなのですけれど」
「うん」
ミゼットは五本の指を立てて、親指から順に示していった。
「身分の高いものから、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵……まだ下はあるのですけれど、とりあえずはここまで構いません」
「ほうほう」
「ちなみに、伯爵位以上の後継者は一般的に子爵となりますので、エル様も子爵ですよ」
「え、そうなんだ!?」
ええ、と頷かれて、なんだか変な気分になった。
知らないうちに俺も爵位持ちなのか。
案外、偉くなった様な気もしないものだ。
まぁ俺が何をしたわけでもないから当然だろうが。
だけど、前世じゃあまず得られなかった称号だろうな、なんて俺が思った時。
ダンッ!
とテーブルが叩かれた。
「エル様。大事なのはここからですよ。ちゃんと、聞いてくださいね」
「は、はい……」
俺もびっくりしたが、トウガもよほど驚いたのだろう、尻尾の毛が全部逆立っていた。
ちょっと面白い。
「まず、領主の権利についてです。領主はその土地の税を集める権利を持っています。また、領主裁判権、不輸不入権……」
「あ、それなんか聞いたことある!」
「知りません、黙って聞いててください」
ひどい……。
敬えとまでは言わないが、俺は一応領主の息子なんだから、少しは思いやり的なものが欲しいと思うところである。
「領主裁判権というのは、領内で起こったことに対し、領主に裁く権利があるということですね」
「治外法権ってやつか」
「ちがいほ……何です?」
「いや」
なるほど聞き覚えがあると思ったら、学生時代、世界史の授業で聞いていたのだった。
コホンと仕切り直す様にひとつ咳払いをして、もしも現代の学校であれば、はいここテストに出ます、と言っていただろう口調で、ミゼットは続けた。
「もう一つの、不輸不入権というのは……簡単に言えば、国が領地へ干渉しないようにできる権利のことですね」
あ、こっちがむしろ治外法権のほうだったか。
「干渉しないっていうのは、全く?」
「はい?」
「何か問題が起きても、関与しないのか?」
「ええと、そうですね。しかし、例外もありますよ」
「例外?」
ミゼットは今度は三本指を立てた。
「まず一つは、国家への反逆の意を示した場合。そして二つ目は、その問題が国全体、もしくは王族に関わる場合」
「まぁ、それはそうだろうな」
その二つは、処分しないわけにはいかないだろう。
「もう一つは?」
「もう一つは……宣戦布告なしに他領に侵攻した場合です」
シンコウ、と一瞬漢字が浮かばなくて首を傾げた俺だが、ああ、侵攻ね。
「しかし“宣戦布告なしに”ってわざわざ言うってことは、宣戦布告すれば、いいってことなのか」
「ええ」
「へぇ……」
騎士道精神、みたいなことなのか。
宣誓したら戦争もいいとは、さすが異世界、価値観が違う。
と、思ったら、そんな俺の考えを読んだのかミゼットが付け足した。
「まぁ、勿論ながら侵攻などをすれば、普通に他の領主からの心象は最悪ですけどね。今は比較的平和な時代ですから」
「そ、そうか」
ちょっと安心する俺である。
「そういうのが発覚したら、どうなるんだ?」
「まず王都に送られますね。前の二つは、恐らく爵位剥奪の上で投獄でしょうが……まぁ、最後のものは、領地没収くらいでしょうか」
「ふぅん」
しかし、それにしても。
「領地が没収できるなんて、この国の王の力は随分と強いんだな」
「え?」
「普通だと、大抵そういう領主の権利が認められてる国って、王の力が弱いことの方か多いだろ?」
「……言われてみれば、歴史上は確かにそうかも知れませんね」
「だろ?」
まぁ、これは世界史の先生が言っていたことの受け売りだが。
「多分、それはこの国の成り立ちによるかと」
「この……えっと、リィンバーク王国の?」
「ええ、このリィンバーク王国の、です」
話によると、この国はもともと、多くの小国が集まって出来たものだったらしい。
「それらが集まって連合国家になり、一つの国になっていく過程で小国の王たちは領主となっていったわけですので、領主は多くの権限を持つこととなったのです。実際、その権力は国主に近いものがありますから」
「“元”なんだもんな」
「……と言っても、今の貴族のほとんどはその系譜のものではないんですけどね」
「えっ、そうなのか」
俺が驚いた顔を見せれば、ミゼットはええ、と頷いた。
「建国からおよそ四百年ほど経っていますし、その間に大きな戦争も幾つかありましたから。ただの騎士でしかなかったものが武功を上げ貴族に成り上がり、貴族だったものが没落する。そんなこと、いくらでもありますよ 」
「そうなのか……」
俺も血筋を辿ると一国の王なのか、と期待してしまったが、じゃあ、そういうわけでもないのか。
よく考えてみれば、あの父親が王族っていうのも、なかなかに嫌だ。
「武功をあげたと言えば、この家では五代前のタシナール様が有名ですね」
「タシナール?」
「タシナール様ですよ、エル様。曾々祖父に当たる方なのですから」
「で、そのタシナール曾祖父様は何をしたんだ?」
曾々祖父です、と律儀に訂正した上で、ミゼットは続けた。
「数々の戦場で敵将を討ち取りました。この家が伯爵位を賜ったのも、この方の時ですね。領地も一気に広まったそうですし。ただ……」
「ただ?」
「少し変わった趣味を持っておられたそうで、とってきた首を箱に入れ抱えて寝たそうです」
うわぁぁあ。
変わった、どころの話じゃない。
実際にそれ見たら、失神する自信がある。
「あとはそうですね、七代前の……」
「ちょ、ちょっとミゼット、そういうグロい話ばっかりなら遠慮願いたいんだが」
「グロい?」
「こう、血がブシャーみたいなの!」
それなら大丈夫です、とミゼットは手をひらひらと振った。
「七代前のレイディーン様の話には、そういうのはありません。あ、ちなみにポロリがありますよ」
「あるの!?」
そんな驚きと喜びで迎えた話は……。
「——というわけでレイディーン様は、失くしたまま見つからぬ自らの眼球を探して、今もさまよい続けているそうです」
「……」
いやまぁ、ミゼットが言う“ポロリ”だ。
真っ当じゃないことは分かっておくべきだったが……。
それでも、一つ言わせて欲しい。
「眼球のポロリはポロリじゃねぇよ!」
そして、まさかの怪談だったという。
その後、充電のためにユインの部屋に向かった俺たちだが、な、なんと、扉を開けた瞬間、
「おにぃたまっ!」
とユインが抱きついてきたのだ。
し、死ねる。今なら死ねる。
けれど、ハァとため息をつくミゼットの他に、俺たちの逢瀬を邪魔するものがいた。
「エ、エルシアーク様!」
そう言って膝をついた者は、この領地の兵士の服に身を包んでいた。
「恐れながら申し上げます! 私をあなた様の護衛にしてくださいませんか!」
バッと顔を上げられて、その視線の強さに思わずたじろぐ。
「それともやはり、我々の能力をお疑いなのですかっ!?」
そんな風にまくし立てる様に言われて、困惑してしまう俺だが、とりあえず、これだけは言っておこう。
「まずは、名を名乗れ」
コミュニケーションの基本だぞ。
小説のこれからの展開のために、実際の中世のものと違う点が幾つかあります。
が、もしも私の説明不足で分かりづらい点などがある様でしたら、指摘くださると助かります。
さて、突然ですが、ここでアンケートをしたいと思います。
今回新たに登場した兵士は、男でしょうか、女でしょうか!?
名前もご提案くだされば、使わせていただくかもしれません。
※このアンケートは終了いたしました。




