親子の食事、もしくは宣戦布告
ヴァイセン領はリィンバーク王国の西部にある地方領だ。
気候は聞いた限りでは地球のヨーロッパの西岸海洋性気候に近く、小麦などが多く作られているらしい。
しかしここ数年、その生産量は激減していた。
海に面し、また大きな港も近いのだから、本来ならもっと栄えているはずなのに、である。
理由は領主にあった。
異常気象があったにも関わらず何の保障もしない。
けれども税はきっかり取り、それどころか年々税率は上がっていくばかり。
田畑を捨て他領に移るものが続出しているという。
そう、要はこの領主、はっきりと言わなくても無能であり、はっきり言えばただのクズなのである。
今だって、
「あなた、どうしましょう。次の夜会用のドレスと宝石を買うお金が足りませんわ」
「うむ? なら税を取り立てればよかろう」
「あら、そうですわね」
と、夕食を食べながらこーんな会話をしているのだ。
お前ら俺が意味分かんないと思ってんだろうが、バッチリ聞いてんだからな、その教育上良くなさそうな会話!
……いや、多分俺が理解してても関係ないのだろう。
そう思うとより気分が沈んで、 ハァと溜息が出る。
俺はスプーンでひたすらチビチビ食べながら、黙っていた。
この両親のせいで、俺は今ユインと一緒に食事を取れないでいるのだ。
何が嬉しくて、いかにも「汚職してます!」みたいな脂がのった男と、「下品な感じに贅沢してます!」みたいな女と一緒に食事をしなければならないのだろう。
ああ、癒しが足りない。
妹が足りない!
しかし、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか父親の方が俺に声をかけてきた。
「エルシオーク、お前……」
「エルシアークです、父上」
「お? おお、そうだったか」
この父親、自分の息子の名もちゃんと覚えていないらしい。
「エルシアーク、お前、あのエルフと仲良くしているらしいな」
「……はい」
どこだ。と俺は瞬時に視線を巡らせた。
せっかく俺がユインと会うのを我慢してたのに、わざわざそれをこの両親に言うような告げ口野郎は。
パッと視線を逸らしたのは、二人の近くにいた執事だった。
お、ま、え、か〜〜!!
妹の仇! とばかりに睨んでやれば真っ青になっていた。
くくく、今更後悔しても遅い、俺とユインの妨害をした罪は重いぞ……!
「おい、エルシアーク、聞いているのか」
「え、すみません。聞きそこねました。何でしょうか」
ふん、と推定賄賂常習犯は衝撃の一言を言い放った。
「あのエルフを追い出すと言ったのだ」
「……は?」
我ながら、とんでもなく低い声が出てしまった。いけない、いけない。
落ち着け、俺。
ひっひっふー、と気持ちを落ち着かせるためだったと思う呼吸を繰り返す。
ふう、ようやくなんとか普通に会話できそうだ。
「……何故です?」
「何故だと? あんなもの、家に置いておきたくないからに決まっておろう」
ピキッと青筋が浮かぶ気がした。
「しかし、ユインも貴方の娘です」
「ふん。娘だなどと思ったこともないわ。戯れに手を出した下働きが生意気にも孕みおって」
なんだこいつ。なんだこいつ。
ユインの母親は、ユインを産んですぐに亡くなったと聞いた。
死者までも馬鹿にするなんて、最低すぎる。
今まで、
「よくぞユインをこの世に誕生させてくれた」と
「よくもユインを邪険に扱いやがって」
で、親指を上に向けるか下に向けるか迷っていたが、今決まった。
断然、下だっ!
「お言葉ですが、父上!」
「む?」
「貴方の娘であろうとなかろうと、ユインは俺の妹です」
さあ、言ってやるのだ俺。
ユインは俺が守る。ユインは俺が守る。
かっこよく言い放とうとして——
「ユインは俺が守りゅ!」
……噛んだ。
…シスコン言っとるのに肝心の妹が全然出てこない、だと…!?
次こそは! 次こそは出します!(予定)