醤油作り、もしくは目的変更
「こ、これは……!」
俺は、醤油の試作品第一号を味見して、呆然呟いた。
「なんか違う!」
醤油といえば、塩と大豆でなんとかなると思っていた俺だが、そう、俺は大事なものを忘れていた。
とりあえず容器としてワインの空き瓶を使い、茹でてすり潰した大豆と塩水を入れ、ああそういえば麦も入ってたような、と麦も入れ。
そうしたところで気がついた。
「あれ? これじゃ麦と大豆の塩茹でじゃないか?」
と。
そこで、口を挟んだのは意外にもノマールだった。
「あの、醤油なるものは発酵食品なのですよね」
「えーと、うん、そうだね」
「では、種がいるのでは……?」
「種……? あ、菌か!」
そうだ、発酵といえば菌だ!
どうして気づかなかったのだろうか。
そもそも醤油の菌って何だったっけか。
納豆菌は納豆だし……あ、そうだ。
「麹だ!」
「こ、うじ……?」
「そうそう! ノマール、麹って何処にある!?」
「え、いや、そもそも、コウジとは何ですか?」
「え? えーと……塩麹とかのあれだろ。米、そう、稲につくやつ!」
「イネ?」
そこからか、である。
「ともかく、麹がないらしいことは分かった……。じゃあ、どうする? なんか、代わりになるようなものはないのか?」
ユインが隣で「といとーつ?」と首を傾げているし、なんとか味合わせてあげたい。
「では、パンに使う種ではどうです?」
「パン……?」
ミゼットの提案に首を傾げる。
パンに使う、というと、ドライイーストだろうが、それで出来るのか?
俺が訝しむような顔をすると、ミゼットは他には、と付け足した。
「他には、ビールのものなどは?」
「ビールっていうと、ビール酵母か! それって確か麦から作られるんだよな!?」
「え? いえ、詳しくは知りませんが……」
麹は米からだが、なんとか近いものは作れるかもしれない。
ちょっと希望が見えてきた。
「ミゼット、近くにビールを作っているところはあるか?」
「ええ」
「じゃあ、そこからビール酵母……ビールの種をもらって来て欲しい。ノマール!」
「は、はいっ!」
「パンに使う種なら、館にあるよな? 厨房からもらって来てくれ」
「りょ、了解です!」
待っていろよ、醤油!
と、それらを投入したとこまでは良かったんだが。
「ちょっと待て。俺の考えが正しければ……これ、完成までものすごく時間かかるよな?」
「今気づかれたんですか? 普通に考えて、一月二月はゆうにかかるかと」
「だよなぁ……」
ユインが瓶に詰められた醤油もどき(予定)を見て、「といとーつ?」とまたもや首を傾げているが……残念、まだなんです。
というか、出来たところで味の保証はないんです。
しかし、ここまで来て何も作らないとなったら、ユインがガッカリしてしまうかもしれない。
それはいけない!
ユインには、美味しいものを食べさせてあげるのだ、そう、
「俺の兄心にかけてっ!」
「また、何か変なことを……」
「失礼なっ! ともかく、目的変更だ!」
ユインの方を向いて、ビシッと天を指差す。
「今からお兄ちゃんは……豆腐を作りますっ!」
「ますっ!」
豆腐を作るのは、味噌や醤油に比べれば結構簡単そうだ。
醤油用に水に浸けてふやかしておいたものの、入り切らなかった大豆を、それはもう細かく潰していき、それを水を入れて青臭くなくなるまで煮ていく。
この作業には厨房を借りたのだけれど、いざ俺がやろうとしたら料理人たち全員に反対されてしまった……。
いや、俺、前世ではちゃんと自炊とかやってたんだよ?
なんて思ったものの、この世界、今だコンロとかは存在しないわけで。
うん、専門家に任せよう。
そのあと、出来たものを目の細かい布に包んで絞れば、とりあえず豆乳の出来上がり。
あとは、少し冷ました後、大きめのカップに入れ、少量のにがり(トク村ご提供)を入れて……。
「ぐるぐる混ぜますっ!」
「まじぇまふ!」
ユインは思いっきり噛んでいたが、それがまた可愛すぎて、うっかり豆乳をこぼすところだった、危ない危ない。
「で、少しずつ固まってきたら、もう混ぜるのをやめて……ちょ、ユイン、もうやめていんだよ?」
「まじぇまふ!」
「ユインさん!?」
混ぜるのが楽しかったらしい。
もういいよ、と取り上げたらぷうと頬を膨らまされた。
「ぐるぐるー」
「そ、そんな風にじっと見つめたって、ダメだからね……」
実際は、かなり揺らぎそうだった。
とまぁ、一悶着あったが、なんとか豆腐は完成した。
と言っても、湯豆腐みたいな感じでトロトロしたやつだ。
昔、夏休みの体験教室みたいなやつで作ったやつなのだが……。
「ふわふわだぁー」
と、ユインも嬉しそうに食べていた。
良かった、なんとか“といとーつ”のことは誤魔化せたらしい。
俺も、久しぶりに食べる日本の味は、正直、感動ものだった。
……やっぱり醤油が欲しくなったけども。
そして、最初に戻る。
二ヶ月ほどかけて発酵させた醤油もどき、もとい醤油試作品一号なのだけど……。
まずくはない、まずくはない。
だけど、ちょっと酒臭いし、酸っぱいし……。
「なんか違う!」
この一言に尽きるのだった。




