塩作り決着、もしくは作戦負け
前半ちょっとシリアス気味です。
トク村との勝負、約束の一ヶ月が、あと三日に迫っていた。
出来た塩を天日干しして、完全に乾いたものから木桶に収めていく。
「一、二、三、……、十三。うん、この調子じゃ勝てそうだな」
俺が言えば、担当の男はそうですか、と複雑そうな顔をした。
勝ったら褒賞をやる約束だし、もう少し嬉しそうにしても良いのに。
と、そこに一人の男が現れた。
「こ、これは……すごい、ですね」
「カムン村長。ご見学ですか」
「は、はい」
村長は見慣れないトウガをちらりと見たが、嫌な顔はしなかった。ちょっとホッとする。
それにしても、久しぶりに顔を合わせたな。
勝負宣言をしたあの日からは、ほとんど会ってなかったし。
俺の声に反応してか、塩作りをしていたものがパッと顔を上げて、それからすぐ逸らした。
しかし、そこにカムンは近寄っていく。
「メヤイ、テヌス……久しぶりですね」
「はい……」
気まずそうに、目も合わせないまま二人は作業を続けていた。
まあ、そりゃあ、気まずいだろう。
村を出て行って、そして今や敵についているわけだし。
「あの、カムン村長。こちらには、見学に来られた、それだけですよね?」
「え、あ、はい」
余計なことはしてくれるなよ、と言外に制してみるが、村長はそれに気づいているのかいないのか、まるで読めない。
はぁ、この男もやはり、村をまとめるだけの立場にいるだけのことはあるのかもしれない。
「え、えぇと、エル様は、村の方の見学は……?」
「いいえ、結構です。村長にも分かるでしょう? 今回の僕たちの勝利が既に見えていることが」
未だ外行きモードは継続中ながら、あえて毒を吐いて反応を見る。
村長はしかし、今度はどもることなく、はっきりと言った。
「どうでしょうか、このままでは、そうなるかもしれませんね」
「え?」
それ以上の言葉を話す気は無いらしい。
またおどおどした口調に戻ると、村長は、
「で、では三日後に」
とだけ言って去って行ってしまった。
「一体、何だったんだ……?」
呆然と呟いてみせる俺の後ろで、塩作りを任された二人の男はカムンの向かった、村の、家々がある方をじっと見つめていた。
三日後。
俺は、地面にへたり込んでいた。
勝負のルールはちゃんと決めていた。
同じ大きさに作られた桶の何個分であるかで比べるのだ。
もちろん、別の大きさの桶を使うなどの不正がないように、お互い、相手に分からない様に三十ほどの桶に印を付けていた。
砂が入ったりして明らかにかさましされたものは失格で、その桶に入った塩は全部無効。
そうして行われた勝負の結果は。
トク村が、十三個。
そして、俺たちが……十二個。
「……どうなってる? 三日前の時点では、確かに十三個あったはずだろ……!?」
どういうことだ、と男二人に詰めよれば、
「す、砂がっ!」
と叫ぶ様に言った。
「砂……?」
「その、風のせいで、砂が大量に入ってしまったものがあって、それを作り直していたら……」
彼らの言葉は、明らかにおかしい。
だって、塩の保管は小屋の中で行われていた。
砂など、そうそう入るはずもない。
男たちもその言い訳の苦しさを分かっていたのだろう、俺から必死に目を逸らした。
……なるほど、村長の来訪は見学ではなく、このためか。
ああ、これは紛れもなく、
「……負けました」
俺の“作戦負け”だ。
俺がそう負けを認めれば、村の者たちは一気に沸いた。
「最初の約束通り、条件その二は、なしにするということで……」
「ま、待ってください!」
「……はい?」
声を上げたのはカムン村長その人だった。
「あの、その、なんて言うか……」
「しっかりしろよー村長!」
「あ、はいっ!」
野次にも律儀に答えて、村長は俺をまっすぐ見据えていた。
「トク村は、また、塩作りをします」
「え、と、それは……」
「そ、その、今回やってみて、やっぱり思ったのです。この、トク村は、塩の村、なんです……」
だから、塩作りしては、駄目でしょうか。
そう言うカムンだが、もちろん、俺としては願ったり叶ったりだった。
断る理由も無い。
すぐさま頷こうとしたとき、
「それからーっ!?」
後ろで声が飛ぶ。それから?
「あっ、それから……エル様が考案されたという方法を、私たちにも……教えてもらえませんか。その、交換条件としてっ!」
「あ、はい……」
もとよりそれはそのつもりだった。
勝とうが、負けようが。
「でも、それならこの二人の方が、実際にやってるので、詳しいと……」
そう、後ろの二人を示すと、一瞬で勝利に沸いていたのが静まった。
村の人たちと彼らの間に緊迫した空気が流れる。
二人はすぐに顔を伏せてしまった。
「メヤイ、ヤヌス……お前ら……」
誰かが言うと、二人は責められると思ったのだろう、悲痛な声を絞り出す。
「あ、その、悪い。俺らまた……」
「顔、上げろよ」
「え?」
「顔! 上げろって言ってんだよ!」
二人が恐る恐ると言った様子で顔を上げれば、村人たちはみな、ニッと笑みを向けていた。
「え……」
「おかえり」
村の誰かが言えば、二人は今にも泣きそうな様子で……ただいま、と言った。
村では、勝利祝いと二人の帰還を祝って、宴会が始まっていた。
俺は酒は飲めないので、隅っこで見学である。
と言うかそもそも、負けた側が祝いに加わるのは変な話なので、別に構わないのだが。
俺と同じ卓にはトウガが座って、強い酒を水の様に飲んでいた。
……すげー。
「あ、あの、ここ、いいですか」
「え? あ……」
俺とトウガの間の席を指差して声をかけてきたのはカムンだった。
「えっと、どうぞ」
「し、失礼します」
カムンは酒の代わりに俺と同じ果実の絞り汁の様なものを飲んでいた。
まぁ、見るからに酒が飲めなさそうだし。
無言がしばらく続いた後。
カムンは思い切ったように口を開いた。
「何処からが……作戦、だったのですか」
俺は一瞬それに驚いた顔をしそうになって、慌てて取り繕った。
「……何の話です?」
「と、とぼけないでください。あの二人……本当は、塩を捨てたのでしょう?」
「……そうでしょうね。それは、貴方の作戦では?」
いえ、とカムンは首を振った。
「それも、貴方の作戦だった。……でしょう?」
「さて」
俺は否定はしなかった。
カムンは一つ、困惑したように瞬きをする。
「私が、あの日、あなた方の方を見に行くのも、予想していて……?」
「まぁ。誰かしらは来るだろうと」
「……私が塩をあわよくば捨てさせようと仕向けるのも、そうして負けに追い込むのも……」
「ええ」
大人って汚いものですよね。
俺が言えば、村長は苦虫を噛み潰したような顔になった。
見かけは子供でも、俺は残念ながら大人側なんだけども。
「私たちが、塩作りをすると言い出すのも、あの二人から新しい技術を学ぼうとするのも、ですか」
「いえ、後者までは……。でも、出来ればそうなって欲しいと思いました」
父親のせいで塩作りを止めさせられ、そして恐らくそのせいで村を出たのであろう二人が、再び村に戻ってくれれば。
それを願うのは、別に、変なことじゃないだろう。
カムンはフゥと、何処か疲れたようにため息を吐いた。
「すごい、ですね。“作戦負け”……戦略的、敗北、ですか」
「そんな大層なものじゃあないですけどね」
カムンは、大騒ぎして、楽しそうな村の様子を見つめながら……。
いつの間にか、彼の口調のどもりが失せていることに俺は気づいていた。
が、何も言わなかった。
ただ、
「これから、どうぞよろしくお願いします」
という彼の言葉に、ええ、とだけ答えた。
その隣で、恐らく聞いてない振りをしているつもりなのだろう、耳を塞いだトウガの尻尾が小さく揺れていた。
と、うっかりシリアスなテンションになりかけていた俺は、館に帰るや否やユインに抱きついた。
「ユ〜イ〜ン〜!」
「わあっ、おにぃたま?」
「そうだよー兄だよー!」
ミゼットにうわ、気持ち悪、という顔をされたが、これくらいじゃ挫けない。
「うわ、気持ち悪」
「口にまで出すのかよ!」
……やっぱりちょっと挫けそうだ。
「でも、シスコンという俺のアイデンティティ崩壊の危機が迫ってた訳だし!」
「なんだかよく分かりませんが、崩壊すれば良かったんですよ」
「ひでぇ!」
それだけ言って、俺はユインを抱いたまま、ミゼットをじっと見つめた。
ここ最近、ミゼットはどうも居心地が悪そうというか、なんだか辛そうだった。
ツッコミという名の言葉の暴力の威力も半減していたし。
いや、別にそれが欲しいわけじゃあないんだけどさ。
「ミゼット」
「なんです?」
「その、何と言うか……もういい、のか?」
ミゼットは一瞬驚いた顔をして、それから、かすかに表情を和らげた。
「ええ、もういいです」
「そうか」
まぁ、よく分からないが……ミゼットがいいなら、いいか。
「じゃあ、大豆も塩も揃ったところで、いざ醤油作りますかー!」
「とーゆ!」
俺にならってユインが手を挙げる。
うん、いいノリだ。
ミゼットもさぁ、と言ったら氷の眼差しを向けられた。
く、残念だ。
視界の隅で、トウガが、「しょ、しょうゆ……?」とやっているのがなんとなく可笑しい。
「ソイソース!」
「といとーつ!」
「ソ・イ・ソ・オ・ス!」
「と・い・と・お・つ!」
「〜〜っ! やっぱり可愛い!」
一層ギュッとすると、ユインはえへへ、と笑った。
天使か、天使だ!
なんだかんだ、一番好きなキャラはトウガかもしれません(笑)




