異世界クッキング、もしくはモフモフの敗北
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「ふぅ……」
汗が額を滑り落ちた。
今は、大豆をサヤから出す作業をしていた。
ここら辺の知識はなかったものだから、最初は一つ一つ手で出していくのか、と言う感じだったが、村人の一人がサヤを叩きつけるとうまく出るということを発見した。
それに続いて、誰かが棒で叩くという方法を見つけると一気に作業は加速した。
とは言え、ずっと続ければまぁ、汗もかくというものだ。
俺がそれを拭って溜息を吐けば、ラムロに呆れた顔をされた。
「疲れた、みたいにしてるがな、お前さん大して何もしてないだろうが」
「うるさいなぁ、監督してるだろうが!」
「お前さんの妹を、だろ?」
「うぐっ!」
だって、何かお手伝いしたい、と言うことで、みんなに水を配っているユインなのだけれど、
「はい、おみず! だいじゅ、がんばってね!」
と微笑む様子はやはり天使、笑みかけられた者がみんな癒されるものだから、その笑みにはきっとHP大回復くらいの効果があるに違いない。うん。
「かなり取れたな!」
「ああ、小麦でもここまで取れたことはそうそうないぞ」
何十個もののカゴに入れられたそれに、村人全員がみなホクホク顔だ。
「それで、この中からどれほどが税となる?」
「そうだな、かご十個ほどもらおうか」
「それだけで良いのか?」
「それだけでって、結構あるけど……」
俺の腰まであるようなかごで十個だぞ?
この村が、というより、この領地において税がどれほどむしり取られてきたのかが分かるな……。
「まぁ、じゃあもう一つもらっていいか? 作りたいものがあるんだ」
「作りたいもの?」
「もちろん、村のみんなにも振る舞うぞ」
歓声がわぁっと上がる。
前回の枝豆が美味しかったからと、みんな期待しているようだ。
「ちなみに、今回は甘味だ」
そう言うと、トウガの尻尾が期待するように揺れた。
大豆をまとめて一気に煎る。
香ばしい香りに、料理小屋を覗いていた者たちの喉がゴクリと鳴った。
「そろそろいいと思うぞ。今度はそれを石臼でひいてくれ」
「小麦をひくのでいいのかい?」
「ああ、それに」
ザザザッと石臼の上に注いで、ゴリゴリとひいていく。
その様子にみんな……トウガまでもが寄っていくのを見ながら、いささか離れたところにいたラムロのところに近づいて行った。
「ラムロは、見に行かないんだな?」
「ああ、甘味はあまり好かんのでな」
「そうか」
それにしても、と思う。
「この村の者は、ユインみたいなエルフやトウガみたいな獣人にも分け隔てがないよな?」
トウガも、あまりに普通の接し方に戸惑っていたようだし。
「ああ、まぁこの村は元より流れ者の村だからな」
「なるほど」
「それに、俺も獣人だ」
「……はっ!?」
まじまじと見つめてみるが、尻尾や耳らしきものは見当たらない。
「と言っても混血であるから、獣人の特徴のようなものは無いがな」
「あ、そうなのか」
せいぜい怪力やら足の速さやらぐらいだ、とラムロは笑ったので、なんともなく納得した。
なるほど、あれだけの強さは獣人由来のものか……。
「それでも、俺みたいな混血も多いから、この村はそういうものに寛容ではあるだろう」
トク村での反応はひどいと思っていたが、こう聞くとやはりこの世界ではあれが普通なんだろう。
むしろ、この村が特殊なのか。
「……嫌だなぁ」
「何がだ?」
ラムロの疑問には、あえて答えなかった。
こちとら、基本的人権の尊重を謳う現代日本育ちだ。
差別だなんだは、やっぱり気分が悪い。
「粉、挽き終わりました!」
その声に、お、と思って近寄って行った。
さらさらとした黄色い粉。
スーパーに行けば簡単に買えた物だが、こうして作ると感動もひとしおだ。
「おお、ちゃんときな粉だ!」
「きなこ?」
それはきなこと言うのですか、と村人の中の、前世の俺くらいの年のものが興味津々とばかりに聞いてきた。
「へ? ああ、きな粉だ」
「何故きなこと言うのです? 小麦を挽けば小麦粉ですのに、なぜ大豆粉じゃないんですか」
「ええ?」
なんでだったろうか。
某大豆バーが大豆粉と書いてあって、それはきな粉と何が違うのかを調べた時に、その由来を見たはずなんだけど。
「今日みたいに、煎らないで挽いたものが大豆粉で……ああ、そうだ、黄色い粉だから、きな粉なんだよ」
「黄色い粉、ですか。きなこの“き”は黄色の黄ですか」
「そうそう」
と言えば、今度は、
「な、とは何ですか? きなこの“な”は?」
「キヤン、しつこいっ!」
とその頭を叩いたのは、村の女だった。
この好奇心旺盛な子供みたいな男はキヤンと言うらしい、覚えておこう。
「さぁ、エル様。言われたように、柔らかく焼いたパンを油に浸して焼いて見ましたけれど、いかがです?」
「おお〜!」
コッペパンじゃあないけれど、学校給食で見たことのある色、そして香り!
そう、俺の今日の異世界クッキングは、きな粉揚げパンなのだった。
きな粉と、館から持ってきた砂糖と蜂蜜をたっぷりまぶした揚げパンは、皆の食欲をひどくそそった。
皆に行き渡るように小さめに焼いてもらったが、これじゃあ足りないとなる人も多そうだ。
「ちょっと、エル様はやく食べてくださいよ。貴方が食べなきゃ、食べれないんですからね」
「お? そうか」
そう言うルールがあるらしい、皆なんで食べないんだろうと思ったが。
「じゃあ、いただきまーす!」
「い、いただきます?」
怪訝な顔をしながらも、がぶりとかじりついた皆の表情が……。
「〜〜っ!?」
一瞬で驚きに蕩けた。
ユインも夢中で食べている。
トウガの尻尾なんて、切れそうなくらい振れているし。
どうだ、学校給食の人気者、揚げパンは!
と俺が編み出したメニューでもないのに得意になってみる。
ユインが口元にいっぱいきな粉を付けて振り向いた。
「おにぃたま、おいひーね!」
「こらこら、食べながら話さない」
なんて形だけでも叱ってみるけれど……俺の顔も揚げパンの美味しさとユインの可愛さに蕩けそうだ。
そして。
今日一番嬉しかった出来事は、館に戻った後に起こった。
「おにぃたま、あそぼ!」
と、ユインが寄ってきたのだ。
「え? い、いいのか? トウガの尻尾でずっと……」
「きょうはね、おにぃたまとあそびたいの!」
「〜〜っ!」
もふもふに勝った!
俺が自分でも分かるくらいドヤ顔をトウガに向けると、その尻尾がペタンと垂れた。
もふもふ敗北ですが、多分またすぐに勝ち始めることでしょう(笑)




