子供扱い、もしくは持て余す感情
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「俺は安心したんだぞ」
「私もです」
「……うるさい」
「お前が見かけ通り、ちゃぁんとガキなところもあるって分かってなぁ」
「そうですよ、ちゃんと子供で良かったです」
「う、る、さ、いっ! ガキって言う方がガキなんだっ!」
と、我ながら子供だと思いながら、ラムロとミゼットに噛み付くように言葉を返す。
エミス村の者たちが、クスクスと笑った。
このふざけたような会話が、事態を深刻に思わせないための一種のパフォーマンスであることを、俺も分かってはいたが……。
分かっていることとイラつくか否かは、全く別の問題なのである。
あの後。
混乱した場を収めたのは、ミゼットの外套を届けにきたラムロだった。
村長のくせにパシられてる……というわけではないらしい。
単にラムロの馬が一番早いのと、俺に話し忘れたことがあったから、だそうだ。
「お前……!」
と、光っていた俺を見て驚きの声を上げたが、しかしすぐにそんな場合でもないと分かったようだ。
すぐさま襲撃犯の一人を打ちのめし、鞘に入ったままの剣を奪い取ると——
そこからは、ラムロの独壇場だった。
近くにいた者を全て一瞬で倒すや否や、ミゼットを捕まえようとしていた男に向かって走り出す。
庇おうと前に立った者たちも、目にも留まらぬ速さで撃破された。
ラムロはもう、すでに首謀者の男に迫っていた。
男の顔が怯えに染まる。
「おい、来るな、この女がグゥエッ!」
ミゼットを盾にでもするつもりだったようだが、その暇はもちろん、最後まで言う間もなかった。
ラムロの剣がその体に届く。
ぐたり、と白目を向いて男は崩れ落ちた。
ミゼットのそばに慌てて駆け寄る。
その体は震えていた。
ラムロが倒した男たちを見る。誰一人、ピクリとも動かない。
「そ、そいつら……殺したのか」
俺が恐る恐る聞くと、ラムロは剣を軽く振ってから鞘に納めて答えた。
「案ずるな、峰打ちだ」
安心した。安心したが。
……お前は一体どこの剣士だと問いたい。
そしてそもそも、両刃の剣での峰ってどこだよ?
まあ、そんなこんなで、ラムロが襲撃者たちを倒し、そして縛り上げたところまでは良かったんだ。
しかし、憎きはこの五歳児の涙腺の緩さだ。
「くっ、ふぅっ……!」
遅れてきた恐怖と、そして安堵のせいで俺の目からは涙が次々に溢れてきた。
ラムロもミゼットも、突然泣き出した俺をぎょっとした顔で見ていることは分かった。
だけど止まらなかったのだ。
珍しく表情を和らげるミゼットと、元気づけるかのように笑うラムロに肩や頭を撫でられながら、俺はただただ泣き続けた。
……そう、この瞬間は、二人とも優しいなと思っていたんだ。
それが、今になったら、
「それにしても、良い泣きっぷりでしたね」
「はは、わんわん泣いてたな」
「〜〜〜っ!」
「まぁ、良かったんじゃないですか。正直、エル様みたいな五歳児ってちょっと薄気味悪いですし。ほら、愛嬌が出たと思って」
「思えるか!」
こんな有様だ。酷いにも程が有る!
いや、俺も俺ではあるのだ。
これでも中身は25歳、もっとこう、落ち着き的なものが欲しいところなんだが、前世から子供っぽいとは言われてたしなぁ……。
さらに容姿に引きずられたのか、今の俺は、25歳にしては幼く、5歳にしては大人びているという妙な現状である。
だが、だからと言ってこれ以上からかわれるのは勘弁だ。
「そういえば、俺の体が光ったアレは、一体なんだったんだ?」
不自然じゃないように話をそらす。
もともと聞きたかったことではあった。
俺も詳しくは知らんが、と前置きしてラムロが口を開く。
「あれは、感情が高ぶって魔力が溢れたんだろう」
「魔力?」
「ああ、魔力だ。貴族なんかにはよく現れると聞くが、本当だったんだな」
何ともなしに言うが、俺にとっては一大事だ。
「ちょ、ちょっと待て、魔力があるってことは……魔術があるってことか!?」
「魔術? 魔法のことか?」
「そうだ。ってことは、あるんだな!?」
「ああ、あるが……」
あるんだ、魔法!
すごい、異世界っぽいじゃないか!
しかし、そんな風に興奮する俺に釘を刺すのは、やっぱりミゼットである。
「何がそんなに嬉しいのかは知りませんが、魔法と言っても、童話に出てくるような大魔法を撃てるものなんて、今やもういないのですからね。大抵の者は、できてもせいぜい空気を少し冷やすとか、暖めるとかその程度ですよ?」
「えぇ!?」
「そうなのか?」
まさかのエアコンレベルかよ!?
隣を見れば、ラムロも知らなかったらしい。
魔法がどういうものなのかは、一般にはあまり知られてないのかも知れない。
じゃなきゃ、エアコン相手にあの襲撃犯たちもあんなに怯えたりしないだろう。
俺の中の期待がプシューと音を立ててしぼむ。
そうか……いや、できたらすごいんだけど、それでもその程度か……。
それに、今も力を練る、みたいなことをやろうとしているけど、一向に手応えはない。
人間エアコンへの道は、結構厳しそうである。
俺は諦めてもう一つの質問へと移ることにした。
「じゃあ、俺たちに伝え忘れてたことってのは何だ?」
「伝え忘れ……ああ」
思い至ったらしいラムロは、少し困ったように顎を撫でた。
「これはもうすでに遅いんだがな」
「ん?」
「護衛をつけるべきではないか、ということだ」
……なるほど。それは確かにちょっと遅いな。
「もしも護衛がいないなら、村から誰か貸そうか、という話をしようと思っていたんだ」
「あー……いや、そうだな。少しの間だけ頼みたい。ちゃんとした護衛を見つけるまで」
「そうか」
ラムロは了解した、とばかりに頷いた。
ちなみに、襲撃犯たちは今や縄で縛られ、村の納屋に閉じ込められている。
俺たちが館に帰り次第、館の兵士を派遣して館に連行することになっていた。
「じゃあ、そろそろ出る。村長……助けてくれて、ありがとう」
手配してもらった男とともに馬車に乗り込みながらそう言うと、後ろでラムロの笑い声が聞こえた。
「ちゃんと礼が言えるんだな。感心だ」
……だから、子供扱いするなっての!
×××
トク村で様々な指示を出し、気丈にも襲撃されたことを悟らせないように動いていたエルだが……流石に疲れてしまったらしい。
帰りの馬車の中、スースーと無邪気に寝息をたてて眠ってしまっていた。
起きている時どうであろうと、寝顔はただの子供に過ぎない。
口を少し綻ばせて、ミゼットはその額の髪をパラパラと払った。
その瞬間、頭に蘇る声がある。
『俺は、あの領地が欲しいのだ』
男の声。ミゼットは、その欲にまみれた声が嫌いだった。
『内側で不和が起こる、その隙に全てを攫えば俺は逆賊でなく救世主となる。ははっ、最高だ。いいか、内から存分に搔き乱してこい』
男は、自分に酔うように言った。
しかし、その方針も変わろうとしている。
今回の襲撃もあの男の差し金だ。
その予告が来た時点で、ミゼットは悟ってしまった。
あの男は、救世主でいたいのだ。
だから、この領地には幸せになってもらっては困るのだ。
無能な領主に荒らされた地でなければならない。
その為には、エルが何かしてしまってはいけない。
つまり、あの男はエルを利用してこの領地を乱すことより、エルの存在を消すことを優先すると決めたのだ。
……エルとあの領主の間に揉め事が起こる、そのくらいなら良かった。
そう考えて、ミゼットは自分に聞き返した。
——良かった? 何が?
私は、あの方に飼われた間者に過ぎない。
この子がどうなろうと……。
言い聞かせるように心中でそう唱える。
しかし。
ミゼットは、エミス村に“わざと”外套を忘れた理由と、そうした自分の感情を図り損ねていた。




