事件発生、もしくは兄の覚醒
ちょっと後半、シリアス入りますのでご注意をば。
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「一体、どうなってんだ……?」
結局領主夫妻はまたすぐに王都に戻って行った。
近いうちに大きなパーティーがあるんだそうだ、全く。
けれど、その時に残していった言葉が、妙に俺を悩ませていた。
「あのような出所の知れぬ書簡を信じるべきではなかったな。時間を無駄にした」
……あの男は、確かにそう言った。
出所の知れぬ、だ?
俺は思わず怪訝な顔を浮かべてしまったが、聞き返すことは出来なかった。
そこまで聞いたりすれば、流石に怪しまれかねないからな。
しかし……俺は、ずっと裏切り者というのはてっきり領主が屋敷に忍ばせているものだと思っていたが……。
よくよく考えてみれば、あの男がそんなことを考える頭を持っているとは思えない。
先日とて、俺にちゃっかりエミス村を取られているくらいだしな。
俺は、何かとんでもなく勘違いをしてるんじゃないか……?
もしかしたら、敵は、内だけでなく……。
外にも。
「……はぁ」
だとしたら、俺の敵が増えたってことだ。
やれやれ、ユインとの平和ライフには課題が山積みすぎる。
俺が思わず眉根を寄せると、当のユインがとてとて駆け寄ってきた。
心配げな様子を見て、慌てて表情を和らげる。
「ユイン、どうかしたか?」
「おにぃたま、イタイイタイなの?」
「え?」
「ここがね、キューってしてたよ?」
と、眉のところを手で寄せた。
思わず顔がほころぶ。
「ああいや、別に大したことじゃないよ」
「あのね、もしイタイイタイならね、ユインがとんでけってしたげる!」
「いや、だからだいじょ」
うぶだよ、までは言えなかった。
ユインが頭の上でくるくる回しながら、
「いたいのいたいの、とんでけー! ……どう、おにぃたま、げんきになった?」
なんて、にっこり笑うものだから……うっかり考えていたこと全てぶっ飛びそうになった。
……危ない。天使の魅力、マジで危険です。
しかし、そんな平和な日常のさなか。
……事件は、エミス村からトク村へと向かう道中で起こった。
その日、エミス村には、大豆の観察の為に訪れていた。
「もうそろそろか?」
「そうだな、あと二、三日の内に刈り取ってくれ」
「了解した。その後は干して置くのでいいんだな?」
「ああ」
ラムロとそんな風に話している間、ミゼットはちゃっかり村の女たちと共に団欒していたらしい。
そろそろ帰るか、という頃になって、この地方に古くからある菓子の欠片を口の周りに残しながらミゼットが出てきた。
「口の周りの、どうにかしろよ」
「え? 口の回る子、どうにかしろ? エル様のことですか?」
「言ってねぇよ!?」
そっちこそ、本当によく口が回ることで!
冗談です、と言いながらミゼットが馬車に乗り込む。
少し馬車を走らせた頃だろうか、
「あれ?」
「何です?」
「いや……」
ミゼットが村に外套を忘れてきているようだと気づいた。
まぁ、帰りに寄ればいいか。
そう思った、その瞬間だった。
ガクン、と馬車が止まり、思いっきり体がはねた。
扉の部分にゴツンとぶつかる。
悲鳴と馬のいななきが聞こえた。
「いっつぅ……な、何だよ、いきなり」
「しっ」
「え?」
ミゼットが一本指を立てて、窓の部分から外を窺う。
表現がいつにもまして険しい。
落ち着いて聞いてください、と前置きをして、重々しく、ただしはっきりとミゼットは言った。
「……エル様。反乱、かもしれません」
「反乱っ!?」
「だから落ち着いて。恐らく、領主の馬車と知っての行動です。いいですか、抵抗せず、従うふりを。隙をみて必ず逃がします」
それじゃミゼットは、と言おうとしたら再びシッと人差し指を立てられた。
ガチャリ、と扉を開く。
「抵抗しません。あなた方の要求をお聞きします」
ミゼットは両手を挙げて俺を背にかばいながら、いつもよりも硬い声で言う。
直接姿が見えないながら、恐らく首謀者に当たる男の下卑た声が聞こえる。
「税の軽減、川の整備、他にも色々あるがなぁ……とりあえずそのメイド。こっちに来いよ」
ミゼット、と小さく呼び止めれば、大丈夫です、と返される。
小さな体が、歯がゆい。
何も出来ない。
「おい、メイドの嬢ちゃんよ。早く来い、この男みたいになりたくねぇだろ?」
男、と言われて思い出した。
そうだ、御者の男はどうなったんだ。
さっきの悲鳴は、もしかして。
「今、行きます。……大丈夫ですよ。私が合図したら、すぐに逃げてください」
「だけど!」
「エル様! ……いいですね」
頷くしかなかった。
ミゼットが馬車から降りて行って、急に視界が開ける。
首謀者らしき男の姿が見えた。
その時。
「今です! エミス村に、助けを呼んでください!」
ミゼットが叫ぶ。
俺は逃げ出そうとして、走り出した。
不意をつかれた男たちの足元を潜り抜ける。
追いかけてくる、その足に追いつかれないように、なんとかエミス村まで……!
そう、必死に動いていた足が、
「いやっ……!」
ミゼットの悲鳴に、止まった。
思わず振り向く。
そうして見えたのは、乱暴に腕を掴まれたミゼットと、明らかに命の気配を失った、御者の男の死体。
ミゼットも、そうなってしまうのか。
そう思った瞬間、ブワリと俺の中で何かが巻き上がった。
「やめろっ、ミゼットを放せっ!」
俺の服が風に煽られるようにバタバタとはためいた。
誰もが、俺の姿を見て固まる。
俺を追っていた男たちの顔が青ざめていく。
俺とて、困惑を隠せなかった。
「え、なんだ、これ……!?」
俺の体が光っていた、のだ。
それだけじゃない、嵐の中心になったかのように、俺の体から風が湧いてくる。
誰かが叫んだ。
「領主の息子は……魔法使いか!」
エル、及びユインの年齢を2歳→5歳に変更しました。




