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あげあげしき、もしくは疑惑の帰還

お気に入り600人超え、本当にありがとうございます!

いきなりのことで驚きも大きいのですが、とても嬉しいです!


「塩作りにはまぁ、何種類か方法があるんだよ」

「へぇ」


屋敷に帰ってきた俺たちは、早速作戦会議を始めた。

というか指針はほとんど決まっているので、どちらかといえば説明会かもしれない。


メンバーは例のごとく俺とミゼット、ノマール、そして癒し要員ユインだ。


「何種類かというのは、例えば?」


ミゼットの質問に俺は二本の指を立てた。


「大きく分類すれば、岩塩を掘るものと海水から得るものだな」

「トク村は、後者ですね」

「まぁな。その中にも揚浜式、入浜式、流下式とあるが……最後のは無視してもらって構わない。この世界じゃ無理だし」

「はぁ」


ミゼットたちがよく分からないとばかりに首を傾げる。


「お詳しいのですね?」

「小学校の自由研究クオリティだがな」

「は?」


案外、為になるものだよね自由研究。

いやぁ、ちゃんとやってて良かった。


俺が続けてそう言えば、二人の首が一層傾く。

ユインがそれにキャッキャッと笑った。


「その、アゲハマシキ? とイリハマシキについて詳しい説明をお願いできますか」


ノマールが視線を合わせずに聞いてくる。

覗き込めばサッと逸らされた。

うーん……やっぱりトク村の村長よりこっちの方が重症かもな。


「エル様。ノマールで遊んでないで、説明を」


ミゼットにたしなめられ、渋々と従った。

ノマールは、遊ばれてたのか! と驚愕をあらわにしていたが。


「揚浜式っていうのが、トク村がやってる手法だろ?」

「だろ、と聞かれても知りませんけど」

「ああそうか。ともかく、そうなんだよ。で、俺がやろうとしているのが入浜式って手法」

「ちょ、ちょっと待ってください、どちらがどちらです? 入浜式と、揚げ……」

「あげ……? あげあげしき!」


ユインがぴしっと突然に手を挙げた。

いやいや、それじゃテンション高い人みたいになっちゃうじゃん、とツッコミたいところだけど……。


可愛いはなんたって正義!


ユインおいで、と手を伸ばしてみれば、トテトテと駆け寄ってくる。

やっとその手が届くかという時。


「わぁっ」

「なっ!?」


ミゼットにユインが持ち上げられてしまった。

ピョンピョンと跳ねてみるが、と、届かない……!


「ちょっとミゼット! 何すんだよ!」

「話が進まないので、取り上げです」

「酷い! 非道! 非情!」

「なんとでもどうぞ」


くそぅ、この時ばかりは小さい我が身が憎い……!

そしてユイン、お兄ちゃんから離されてる状況で楽しそうなの、ちょっと傷付きます。


「早くお話しください」

「うう……分かったよ」


早くユインをぎゅっとする為だ。

俺は一通り要点だけを上げていくことにした。


揚浜式が人の手によって海水を運ぶのに対し、入浜式は潮の満ち引きを利用する。

ゆえに入浜式の利点は、時間の短縮と人員の削減にある。

少ない人数で、短い時間で多くの塩を作る。

その為に改善された方法だ。


「それがこの図なのですか?」

「……下手なのは自覚済みだ」


悪かったな。絵心がないのは前世からだ。

その上、定規もないしインクでの一発書きだし。

上手く書けるはずもない。


「ええと、エル様の言葉を受けまして、私が書き直しましたのがこちらに……」


ノマールがパッと別な紙を出す。

三分クッキングか!?


そしてそれがまた上手いのがなんとなくイラっとする。


「ああ、なるほど、この線はこういうことだったんですか」

「……」


まぁ、分かってもらえたなら良かったけどさ。


「あとは……そうですね、人員の手配はどうしますか?」

「人員はもう、どこから取るかは決めてるんだ」

「どこからです」

「隣の村だ。トク村から流れた人材を使う」

「それは……」


ノマールが戸惑ったような声を上げた。


「その、里心というか、地元愛というか、そんなものは大丈夫なのですか……?」

「大丈夫、どころじゃないさ」

「ええっ!?」

「それこそが必要なんだよ」

「はっ!?」


ノマール、ちょっと反応が面白いぞ。


「ミゼットもこのぐらい素直に反応してくれれば良いのにさ」

「断固、拒否します」


そりゃ残念だ。

まあでも今は何より、ギブミーユインなのである。


「さあ、話したから。ユインを充電させてくれ」

「うわぁ……」


ちょ、ミゼットさん、そのドン引きした顔マジで止めてください。








その翌日。


俺たちは、エミス村に来ていた。


トク村の帰り道の途中、エミス村に立ち寄ったのだ。



……トク村では、予定通り雇った男たちと共に塩田の製作から始めることにした。


「この図のとおり頼む」


紙を渡せば、目に見えて困惑している。


「ええと、この線は何です?」

「それは……間違えた。こっちの図のとおり、頼む」


おっと、ノマールのでなく、自分の渡してしまっていた。

渡し直せば、ホッとした顔になる。


そこまで分かりづらいか?

……分かりづらいか。


「じゃあ、頼んだからな。ノマール、監督を。見ておいてくれ」

「はい……はいっ!?」


え、私ですか!? って顔をするので大仰に頷いてみる。

やっぱりいちいち反応が面白すぎるぞ。


何かあれば連絡するように言い渡すと、ノマールは緊張したようにはいっ、と返事した。


ノマールの為には、馬を一頭残してきた。意外に運動は得意なそうですよ、彼。



そうして、今に至るのだけど、今回ちょっと特別なのは、


「ふわぁああ〜っ!」


我が愛しの妹がいることだ。

初めてと言っていいくらいの外出に、ユインのテンションがマックスである。

一応、ユインの耳は隠すように耳当てをしているけれど、何人かは気づいてしまったようだ。

それでも、気づかないふりをしてくれるあたり、ここもいい村だと思う。


「あらあら。ユイン様。大豆はどうです? よく実ってるでしょう」

「だい、だ……?」

「ダイズ、ですよ」

「だいじゅ! だいじゅ、いっぱいね、すごい!」


というか、ユインがやはり天使なのかもしれない。

見ている者たちが思わず笑顔になってしまうのだ。


「ふふふ、可愛らしいですねぇ……で、領主代行様、でしたっけ? 何の御用です?」

「態度の違いが酷い!」


笑顔が自然にフェードアウトした、だと……!


「ちょ、ちょっとその、経過観察……」

「そうですか。……ああ、ユイン様、それは引っ張っちゃダメですよ」

「ダメ?」


ユインがちょっと残念そうに首をコテンと傾けると、集まっていた数人の村人が一気に言葉に詰まった。


「……いや、もう引っ張っちゃいましょうか」

「そうですね」


おい!

まあ、ユインの可愛さに勝るものはいないっていうのはおれが一番よく知ってるけどさぁ!


「……なんかさ、同い年だっていうのに対応が違いすぎない?」


ミゼットに話を振ってみれば、当然でしょうと返された。


「だって、エル様にはユイン様みたいな無邪気さが皆無なんですから」

「皆無……」

「どころか、狡猾さと言うんですかね、変な悪賢さが見え隠れしてます」

「Oh……」

「そういう変な声上げるところなども、そうですね、キモいです」


なんだこのメイド。心をモロえぐってくるぞ、おい。


そんな俺に今度は別の方向から声がかけられた。


「お、エル様じゃないか」

「……ん、ああ、ラムロ村長か」

「なんかだいぶんとへばっているようだが。大丈夫か?」

「大丈夫、だ……」


なら良いが、とラムロは微妙に納得いかなげに言った。

ちなみに今、ユインは完全に人垣に包囲されている。


「この大豆はあとどのくらいで収穫すれば良い?」

「あと一、二週間して葉や茎から完全に水分が失われたら、刈り取ってさらに乾燥させてくれ」

「厳密な収穫はその後、か」

「そうだな」


ああ、そういえば。


「枝豆の塩茹ではどうだった? 結構美味かったろう?」

「ああ、まあな。だが、お前はそれを一体どう……」


ラムロが何かを俺に聞こうとした、その時だった。


俺が館において問題が起こった時の為に手配していた早馬が、エル様! とやってきたのだ。


「申し上げます、領主夫妻ご帰還、及び、エル様が行われたことについて、詳しく話を聞きたいと……」


先触れの連絡もなく、突然やってきた災厄。

俺は嫌な予感がした。


俺のやったこと。

それはまだ、実現しきってないし、間違っても王都に届くような話ではない。


なら、つまりそれは……裏切りの存在を案に示していた。


村人たちも、何かマズイことが起こったことには気づいたのだろう。


何も分からないユインが一人、戸惑ったように目をパチパチと瞬かせた。


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