自己紹介、もしくは始まりの話
俺の妹は天使である。
大事なことなのでもう一回言っておく。
俺の、妹は、天使だ。
ピクピクと動く長いエルフ耳はもちろん、春の陽射しを写し取ったような金の細い髪や森を連想させる深緑の瞳。
それが「おにぃたま、おにぃたま」と俺の後ろをトテトテ歩いて来る時なんか、悶え死ぬかと思った。
これをもはや——
「神の最高傑作と呼ばずしてなんと呼ぶ!?」
ドンと拳を床に叩きつければ、すかさず冷たい視線が送られてきた。
「エル様、なんですか、また持病の“シスコン”とやらですか」
「持病だなんてとんでもない! 俺の誇りだ!」
「更に気持ちが悪いですね」
この容赦ないのは侍女のミゼットだ。
一応、俺は領主の息子のはずなんだが、まぁ俺がおべっかとか嫌いなのとかあって、出来るだけ本音を言う奴を……と、彼女を選んだのだ。
しかし、さすがに人選間違えた気がしてきた。
「ったくもー、折角テンション上げてんだから、水さすなよな」
「水をさしてはいませんよ、お茶を入れております」
はい、と紅茶を手渡される。
……いや、そういうことじゃないだろ。
さて、いきなりこんな会話から始まったものだから驚く人もいると思う。
まずは自己紹介するとしよう。
俺の今の名前はエルシアーク・ラ・ヴァイセン。ヴァイセン地方を治める領主の息子らしい。
今の名前といったからには前の名前があるわけで、立原 裕也という、25歳のごく普通のサラリーマンだった。
それが気付いた時には手はしわくちゃになっていて、あーとかうー以外喋れなくなっていたのだ。
生まれてすぐは、訳も分からずひたすら緩いその涙腺から涙をこぼし続けた。
だがそれもほんの一週間のことだった。
——俺は、天使に会ったのだ。
「こちらもお生まれになりました!」
なんて言って、緑髪美人——よく考えればこの時点で異世界を考えても良さそうだが、それは置いておくとして——が、俺と同じ部屋に運び込んだのが、俺の腹違いの妹であるユインだった。
それはもう、可愛らしかった。
あどけないという言葉はもう、ユインの為に存在すると言ってもいいくらいだ。
ピタッと泣き止んだ俺は、そのまま、あーうーだの言いながら、その赤ん坊に手を伸ばした。
俺の手がその手に触れるや否や、キュッと握られる。
後から考えれば、ただの反射に過ぎなかったんだろうけど、俺はその時、完全に心臓を射抜かれてしまったのだった。
「その時俺は誓ったんだ、『俺がこの子を守る!』ってな!」
「実際は『あうああうあうあうー!」でしたけどね」
「仕方ないだろー。だって生後一週間だったんだもん」
と、我ながらキモいと思いながら頬をぷぅと膨らませてみる。
うわぁ……とでも言いたげな顔で見られた。
「かわい子ぶらないでください」
「子どもって可愛いものだろうが。ほら、五歳児スマイル!」
「自覚があるのが余計にいやらしいですね」
「ひでぇ……!」
あ、そうそう、この度、俺は五歳になりました。
因みにユインの誕生日は明後日だが、その何より喜ぶべき日には、大きな問題もあるのだった。
「それで、明後日に結局帰ってくるんだよな、あいつら?」
「ええ、ユイン様の誕生日を覚えてらっしゃった訳ではないでしょうが……」
「そりゃあそうだ。ここ四年くらい、ずっと育児放棄して遊び呆けてるような奴らだぞ?」
しかも、この世界ではエルフや獣人が忌まれているらしいが、あいつらもそれでユインを毛嫌いしているのだ。
それにしても……。
「とうとう帰ってくるのか……」
この領地が抱える最大の問題、それは、
「両親」
この領地の領主夫妻である。
ご指摘により、二歳から五歳へと変更しました。