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高校ニヒリズム  作者: @@@
笑み
1/1

親友の……

「頭を伏せろ!」

騒がしい教室は静まり返った。


ひんやりと冷たい机に顔を伏せる。

伏せてしまえば誰も普段通り会話することは出来ない。


「先生は疑っている訳ではないが、念のため聞きますよ」

そこで一呼吸置く男。担任の白川。いつも丁寧語と命令口調が入り混じっている変な担任。


生徒の前では、丁寧口調で話す様にしているが、良く命令口調が出るのは適当な性格だからだと思う。

その割に妙に神経質なのか三十二歳という年齢で白髪が髪の毛の大半を占めている。


「先週、近くのアクセサリーショップで万引きをした奴がいたら頭を伏せたまま手を上げろ!」

白川先生は、皆に聞こえるように丁寧にはっきりという。


物音は聞こえない。誰一人として上げなかったのかも知れない。俺自身も頭を伏せていたため誰かが手を挙げたかどうか確認することは出来ない。

頭の前に組んでいる腕を少し動かす。

腕と机の間からちらりと視線を泳がせる。


手を上げている生徒がいないか白川先生にばれないように見渡す。手を上げている人はいない。


「そうか、もう良いですよ。皆、顔を上げろー」


先生は分かった!この話はもうしない!というと、明日の時間割を淡々と読み上げ、掃除当番の話だとか、時間を守ることについてなど差し当たりのない内容をだらだらと話す。


ひとしきり話が終わると別れの挨拶をする。

途中からは、いつも通りのショートホームルームだった。


挨拶をした後、再び椅子に座ると机の中に置いてある教科書を1つ1つカバンの中へ入れていく。


そろそろだろうか?アイツが来るのは?ぼんやりと考える。

背後に神経を集中させる。

いつも教科書を入れている最中に、どついてくるアイツ。

ニンマリとした笑みを浮かべる顔を想像する。

全ての教科書を入れ終わるが、アイツは来ない。

今日みたいな日もあるんだなと、思いつつ椅子に座ったまま後ろを振り返る。


アイツは俺の真後ろに居た。どこかぼんやりとしているような。

何処か遠くを見ているようなそんな気がした。


俺はアイツに話しかけた。

アイツ、親友と恥ずかしげもなく言える友、ヒロキ。

「珍しいじゃないか。どうしたんだ?今日は?」

ハッとしたように見えた表情は何でもないような間の抜けた表情に変わる。


「え?何が?」

何処か遠くを見つめていた表情は何処にもなく見間違いにも思えた。


「いつもなら背中をどついてくるじゃなか?」

素直に疑問をぶつけた。


「人聞き悪いなぁ~。天下のカズヒトは」

天下のカズヒト……。自分で言うのも何だが、俺はこの学校で名の知れた人となっていた。


俺はヒロキに言う。

「人聞き悪いも何も、いつものことじゃないか」

天下のカズヒトと言われたことに対して少しばかりイラつきを覚えた。仕返しとして俺は、ほんの少し毒舌を披露する。


だが、ヒロキはそんな事はどうでもいいと言わんばかりにニンマリと笑うと俺の顔を覗き込んだ。

「で、今日は何をしでかしたんだよ?」


俺は席を立つと学生玄関へ足を向ける。ヒロキも俺について歩く。


あぁ、いつもの質問か。その問いに俺は答える。

「今日は、とある生徒の靴を隠していた女子学生達がいた」


まるで、おとぎ話の続きを待つ子供のように目を光らせるヒロキ。

「それでそれで……?」

そして、話の先を急かす。


「俺は、ムカついたので、その女子学生達の靴をその学生がやられたのと同じように隠した」


「じゃあ、あの女子たちは靴を探していたのか」

はははとヒロキは笑った。


「流石、天下のカズヒト様!やること、なすこと倍返し!目には目を歯には歯を!それでこそ俺の見込んだカズヒトだ!」と言った。


俺は容赦をしないことで名が知れている。

言語道断、有無を言わせない行いは入学式からで、どうにも不愉快な人がいると、どうも凝らしめてやらねば気が落ち着かない。


勿論それは、困っている人がいても同じことで困っている人がいると助けずにいられない。


だが、悪さをした行いほうが悪目立ちし、学校では友達はヒロキしか居なかった。


正反対にヒロキには何人もの友達がおり誰にでも優しく慕われている。俺には友達を多くつれない。

ヒロキは俺には絶対に出来ないことをやってみせる。


「目には目を歯には歯をって言う慣用句は、やられたら同じ分までしかやり返さないようにしましょうって意味だぞヒロキ……」


ヒロキは、頭は悪くないはずなのだが、妙に抜けている。


「そ、そんなこと知っとるわい!」

ムキになる所から嘘なのがバレバレだ。


「はいはい、そうですか」

いちいち突っ込みを入れると、まるで小学生のように嘘じゃないと主張し突っかかってくるのが目に見えていた。


あー、信じてないなーと言うと全くカズヒトはそっけないよなぁー、それだからモテないんだよぉーなどと、ぐちぐちと俺の嫌みを言い始める。

その嫌みに時々ツッコミを返す俺。

昨日も、その前の日も行ったようなそんなやり取り。


学生玄関の靴箱で靴を履き替えながらも話が途絶えることなく続き、校門を出ても続く。


話をしている間に交差点に差し掛かる。

ヒロキは街の方面でマンションに1人暮らし。

俺は街とは逆の住宅街で実家住み。

いつも、その交差点で別れる為、話が途中でぶつ切りになる。

だが、また明日も会う。

互いにそれを分かっているため、そのまま立ち止まる事なく、すぐに別れる。


じゃあな、と手を振ろうとすると、その交差点の傍らに佇む女の子が目にうつる。

ヒロキは顔が少し紅潮させ、眉間にシワを寄せながら笑う。


「俺の彼女なんだ……。可愛いだろ?」


髪が肩にかかるくらいの長さのストレートの黒髪。

くりっとした大きめの目。

何処か艶かしく感じる小さめの口。

胸元にキラリと光る指輪のネックレス。

少し長めのスカートに赤いラインの入った紺の制服。

俺とヒロキが通っている学校の女子生徒の制服と同じものだ。

彼女の印象は『確かに可愛い。ヒロキには、勿体ない』それが素直な感想だった。


いつの間に彼女なんか出来たんだよと茶化しながら女の子に向かって挨拶をする。


女の子は俺の顔を見た後、目を背けた。


「ヒロキ、行きましょう。

今日はヒロキがおごってくれる約束でしょう?」


まるで俺が目に入っていないかのように無視をしてヒロキに話しかけた。

参ったなというような様子でヒロキは頬を掻いた。


「ミサキちゃん、ちょっと酷いんじゃないの?」

ヒロキは俺に気を遣ってか女の子に形式じみた言葉を投げ掛ける。


「ヒロキ、行きましょう。面倒な目に遭うわよ」

女の子は完全に俺に背を向けてしまった。

ヒロキは俺の方をみる。

俺はヒロキの困り顔をみて、俺は仕方ないさと言う意味を込めて肩をすくめた。

俺は気にするな行ってこいとヒロキに言った。


「すまんな。いつも、すまんなカズヒト……」


ヒロキは女の子に行こうかと言うと街の方へ歩いて行った。

バカ、何ですまんなと2回言うんだよ。


俺は自宅へと進む。

ヒロキが困り顔をする、はめになるのは、今日だけではなく、いつもの事だった。



ヒロキにとって俺は、毎日のように問題を起こす面白い観察対象であり日常のスパイスとなる様だった。

だから、いつも俺に会うときは今度は何かしたのかとニヤリと笑い愉しそうにする。

友達が学校にいない俺にとってヒロキが居ることに感謝している。

授業の突然の移動教室や、急な宿題提出聞き漏らした先生からの注意事項。

1人友達がいるだけで、助かっていた。


しかし、先程の様に口には出さずとも無視したりなど、俺をよく思う人は少ない。

むしろ悪く思う人の方が多い。

ヒロキが影ながら俺との友達関係を切るようにと、ヒロキの友達から言われているのを俺は知っている。


しかし、毎日のように俺の相手をしてくれる。

それは根拠は無いけれどきっと、多分、大方。

親しい友。親友。それが俺とアイツの間柄だからだ。






爽やかな空。

完全に散って葉が繁った桜の木。

俺が高校生2年になって2カ月が経とうとしていることを思い知らされる。

周りをみると登校途中の人が多く見られる。

少し汗ばむ陽気をみて日がいつもより高いことに気付く。

今日は少し寝坊したな……。


いつもなら、まだ朝の風が涼しい時間帯なのだが、昨日の夜遅くにみた路面電車で行く電車旅という番組を長々と見てしまったのが、悔やまれる。


登校する学生たちの中でその流れに任せ学校へと進む。

そのまま歩いていると次第に学校の校門の前で着く。

そこで、校門の前でうろうろとする制服を着た男の子が目に止まる。近所の中学の制服だ。

彼は背にカバンを背負っており、手に茶色の紙袋を持っていた。


彼が眉間に皺を寄せているところから何か困ったことでもあるのだろうか、と思い声をかけることにした。

彼は痩せており、華奢で顔立ちが整っていた。

まだ、あどけなさが残っているが、いかにもモテそうな青少年であった。


「どうしたんだい?」


彼は、俺の方を見ると頭をかくと話しだした。


「実は、姉が朝弁当を忘れてしまって、それを届けに来たんですけど……ほら、僕、中学生でしょ……ちょっと入りづらくて……」


確かに中学生が高校の学校に入るのは躊躇われるのは、よく分かる。


「届けてきて上げようか?」


俺はこの少年が答えて入って欲しいであろう言葉を投げかけた。


「あ、いいんんすか?ありがとうございます!」


少年は手に持っている紙袋を渡して来たのでそれを受け取る。紙袋の中の弁当袋を確認する。


「なんで、紙袋に入れているんだ?」

「いやぁ、だって女物の弁当袋なんてちょっと恥ずかしいじゃないですか」

と頬をポリポリとかく。


言葉遣いはともかく、好感の持てる少年だなと思った。


「なるほど。で、誰に届ければ良いの?」

「はい、姉の名前は2年1組のキリシマ ミサキっていうんですけど……」


同学年。ミサキ……。俺は昨日のヒロキの彼女のことを思い出していた。彼女の名前も確かミサキという名前だったはずだ。

出来れば違う人物であって欲しいと願う。

どうも彼女には嫌われている。俺が用があると行って教室まで行ったら、大変なことになるのは目に見えていた。


他人に用があって誰かの教室に行ったことが何度かある。その時は、クラスメイト全員が非難の目で見てきたり、突然相手が謝ってきたりと大変だった。

同学年の生徒には噂が広まっているためどうにも迂闊に行動すると大変な目にあうため普段、何もないときは静かにしてる。


「分かった。ただ、ちゃんと届けられるとは思わないでくれ、キリシマくん」


少年がどういうことなんすか、と言っているのを聞き流し俺は、じゃと一言挨拶をすると、その娘の教室へと向かった。



その娘のクラスは2年1組。隣の教室へと向かうだけなのに酷く足取りが重く感じられた。

俺の評判も地に落ちている。新しく入ってきた1年生にも先輩を通じて俺の噂が広まり、高校の中にいる不良たちは自分たちの罪を俺になすりつけ、根も葉もない噂が広がりをみせていた。


今更、気にするような状態でもなく、頼まれたこともある。自分の教室へ戻り机に伏して寝るような真似は出来ない。


仕方ない事なんだと自分に言い聞かせ、2年1組へ向かった。

廊下で楽しげに雑談している女の子達は俺を見ると口をつむぎ、俺から目を逸らすように外をみる。

そんなに避けなくても襲ったりしないというのになと、あまりの嫌われっぷりに少し笑う。

教室の前まで来ると俺は廊下から中にいる生徒全員へ話しかける。

「キリシマ ミサキという女の子はいるかい?」


いつもより、丁寧に話しかける。問題は、起こしたくない。

しんと静まる教室。皆がこちらを見る。

やめてくれと心底思う。俺が何をお前達にやった。

なぜ、静かになるんだ?中学までこんなこと無かったのにと思う。


近くにいる生徒に目を向けると慌てたように目を逸らす。

教室の皆がチラチラと一つの机を気にしているのに気づく。

その席には誰も座っていない。そこがキリシマ ミサキの席か……。


俺は、教室へ入り席へ向かおうと足を向ける。

すると、立ち塞がるように1人の女子生徒が俺の前に立つ。

どうして彼女が俺の前に立ち塞がるのだろうか。このままでは教室へ入れない。

俺はその女の子を回るように足を向かるがバスケのデフェンスのように無言で再び立ち塞がる。


「なんで邪魔するんだ?」

きりりと睨むつける女子生徒の目は攻撃的だった。

彼女は何も喋らない。


「もしかして君がキリシマ ミサキかい?」

「違うわよ!」

「じゃあ、なんで立ち塞がる?」

なんとなく分かっていた。

きっと、この子は正義感が強いんだ。だから、俺を止めようとする。そして、止めようとする。


「キリシマ ミサキの友達のレイコだから!貴方が何をしようとしているのかは分からない。でも、ミサキちゃんに何かしようって言うんだったら私は貴方を通す訳にはいかない」


彼女の手が震えている。

他の人が俺を見つめている。

だれも俺を養護しない。

だれも彼女に賛同しない。

俺は嫌われ者だ。

そこで皆は普通彼女に賛同するはずだ。

だが、誰一人として彼女に賛同しない。

行動することを皆、恐れている。

ピリリとした空気が肌を焼く。


そこに静寂を破る者が現れた。

「ただいま~レイコお待たせー……」

今の今、教室へ戻って来て状況を読み込めていない女子生徒。ヒロキの彼女のミサキという女子生徒。

彼女がこの教室へ訪れたことで俺が探していたのは十中八九彼女なのだと俺は気がついた。

「ミサキ……。やっぱり君がキリシマ ミサキだね」


俺は、ただ手に持っている紙袋を手渡すだけだ。

「キリシマ ミサキ。俺はお前に危害を加えるつもりはない。少し渡すものがある。ここでは、なんだ屋上へ行こう」

俺の一言でミサキの顔が戸惑いから強張った顔つきに変わる。

「逃げて!ミサキちゃん」

俺の前に立ち塞がるレイコが声を上げる。

「レイコ!」

ミサキはレイコに向かって声を上げる。

レイコの顔を一瞥し何か決心したように頷くと俺がいる方向とは逆側へ走りだした。


何なんだ、この茶番のような展開は、悪役から遠ざけるように自分を呈して友達を守る姿はどこかのヒロインのようだった。

レイコの姿は、まさに映画やアニメで見るその目付きで、俺は内心面白がっていた。

この茶番に付き合ってみたくなったのだ。

俺自身最初は問題を起こしたくなかった筈なのだが、正義感を持つ人間を見るとどこか嬉しくなってしまっている。

俺は悪役は悪役らしく、常識の範囲内で悪役を演じてみようと思った。


「どいてくれるかな……」

立ち塞がるレイコを手で押しのける。

すると意外にもあっさりと彼女は俺の力に押し負けて尻もちをついてしまう。

俺は廊下を走りミサキを追いかける。

背後から待ちなさいという声が聴こえる。

構っている暇はない。俺は前を走るミサキに声をかける。


「待っていくれないかな?キリシマ ミサキさん!」

廊下を走ると登校中であろう生徒が俺の顔を見て道を開ける。

彼女は人にぶつかりながら進む。追いつくかどうかは一目瞭然だった。


「逃げたって無駄だよ。別に君に何かしようって訳じゃないんだ!」

俺は説得する。きっと説得力はないだろう。

今、俺は悪役なんだから。


「嘘よ!じゃあなんでそうまでして走って追いかけてくるのよ!」

彼女はそう言いながら走る。

「分からない!でも、そうした方がいいと思ったから!」俺は口にする。

「酷い口実ね!」

後少しで手が届くところで彼女は廊下の掃除用具の入っているロッカーを思いきり倒される。

いきなりロッカーを倒されたことで俺は減速を余儀なくされる。危ないじゃないか……。

俺は、階段を上がっていくミサキを横目にロッカーを立て直すと散らばった掃除道具をロッカーへ片付ける。

片付けた後、彼女を追いかけて階段を上がっては見たものの彼女の姿はない。

どうやら逃げられてしまったようだ。


俺は諦めて屋上へ向かった。

俺は自分で言うのも何だが、どちらかと言えば約束は守る方だ。

先ほど俺が屋上へ行こうと言って俺が屋上にいないのはおかしいと俺は思う。

彼女は屋上へ来ないだろう。

けれど、俺は自分から約束をした。

せめて朝のショートホームルームが始まるまでは待ってみようと思った。


俺はコツコツと階段を歩いて上がる。この学校は屋上の鍵が開いている。

近年飛び降り自殺などの報道がされ学校の屋上への扉は閉ざされていうことが多い。

しかし、この学校では古くからあるためか、扉の立て付けが悪くなっており、鍵が閉まらないのだ。

そのことに先生たちは気づいていない。

一見扉が錆びついており、力を強めに入れないと開かない。そのため先生たちは、いつも鍵が閉まっていると勘違いをしている。

知っている先生もいるが、そこは暗黙の了解なのかは分からないが扉は壊れたままになっている。

俺は階段を上がり終えると薄暗い中錆びついた扉を開ける。


「ずいぶんと遅かったじゃない」

そこには居た。キリシマ ミサキがそこに。


「君が倒した、ロッカー片付けていたからな。

そんなことより、俺を待っていてくれたのか?嬉しいな」

彼女は来ないだろうと思っていた反面、俺は彼女が来ることを期待していた。それどころか彼女、キリシマ ミサキは俺の予想を覆し、俺の期待より更に以上の先屋上へ行きに待ち構えるという行動をとっていた。


「貴方が屋上へ行こうと言い出したんじゃない……。私は貴方がいう通りここに来たそれだけよ」と彼女はそう言うと、びゅんという音と同時に棒状の何かを俺めがけて振り下ろした。


「痛い!」

俺は突然のことで対応できず、何かが脳天か直撃する。


「え?嘘ッ!?」

ぐらりと揺れる視界でホウキを持つ彼女の素っ頓狂な声が聞こえた。


「あ、貴方なんで避けないのよ!」

心臓が動くたびにズキズキと痛む頭痛。

グラグラと揺れる視界を取り払うため頭を左右に振って平衡感覚を取り戻す。


「イテテ!あぁー!!痛い!俺の事を心配してくれるのか?」

彼女は俺の様子を見て困惑しているのか眉間にしわを寄せた。


「貴方って喧嘩強いんじゃなかったの?」

噂のせいだろうか?彼女は俺が避けること前提でホウキで叩いてきたというのだろうか。


「そんなことはない」

ズキズキと痛む頭を抑えながら俺はいう。


「嘘よ!だって貴方、この間、鉄パイプを持った不良たちと素手でやりあって何度も殴られたのに一度も倒れなかったっていうじゃない!なのになんで今のだけでこんなにフラフラしているのよ!」


あぁ、あの時のことかと思い出す。

この間ばっかりは自分が丈夫で良かったと思った。

「あの時は、死ぬかと思ったよ」


「死ぬかと思ったで済むと思っているの?鉄パイプよ!鉄パイプ!」

あの時は確か木製バットだった。金髪の男共が察にチクった恨みとか何とか言いながら俺を取り囲み思い切り殴ってきたが、俺は何も武器を持っておらずその内の誰かを攻撃しても更に恨みを買って悪化することが分かっていた為何も出来なかった。


その時の状況を詳しく説明しようかと思ったが、やけに興奮している彼女に言っても仕方がないことだろう。

「あぁ、あの時に殴られたのは鉄パイプではなくて木製バットだ……」


「何よそれ!不良たちに殴られたってのは本当ってこと!?それでずっと立っていたってどういうこと?普通最初の一撃で倒れて病院送りにされるものじゃないの?」と彼女は信じられないと言わんばかりに声を上げる。


「あれは壁に寄りかかったまま気絶してた」

「気絶?」

彼女はホウキを持ったまま腕を組むと疑心の目で見つめてくる。


「そうだ。後からヒロキ聞いたんだけど殴っても殴っても倒れない俺を見て不良たちは逃げたらしい」


「そんなの信じられないわよ!」

なんだよ……。頭いい子だと思っていたのに何を急に騒ぎ立てているんだ?


「ヒロキに聞いてみるといい同じ答えが帰ってくるから。俺なんかより彼氏さんのほうが信用できるだろ?」と嫌みたっぷりに言ってみせる。


「もし、もしそれが本当だったとしても、今の位は避けられたんじゃないの」

そう言われてもな……。

面倒になった俺は「さぁ、どうだろうな?」ととぼけてみせる。

「それより、この頭に出来た、たんこぶはミサキちゃんがつけたってことで良いよな?」

俺は確認するように言う。


「え、まぁそうなるわね。それより貴方、ミサキちゃんは止めてくれる?貴方にちゃん付けされると虫唾が走るわ」

彼女の言葉には怒りのような感情が混じっていたが先ほどより、刺が少ない気がした。


「おぉ、怖い怖い。まぁ、そんなことは、ともかく、はいこれ」

俺は手の中にある紙袋を手渡す。中身めちゃくちゃじゃないと良いんだけど。


「何よコレ」

彼女は訝しげに紙袋を受け取る。


俺は考えていた内容を話す。

「筋書きはこうだ。お前の弟から弁当を奪った俺は、お前を挑発し逆にお前によって俺は打ちのめされ、お前は忘れていた弁当を取り戻した」


彼女はしばらく黙りこみ彼女は紙袋の中身を確認する。

「……私の弁当?」


「中身は保証しない。なんせ走ったからな。偏っていても文句はいうなよ」俺は頭を抑え、弁当の中身はどうしようもないという意味を込めて肩をすくめてみせる。


「じゃあ、貴方最初から……?」

そうだと言わんばかりに頷いてみせる。


「じゃあ、私の緊張は何だったのよ……。てっきり、この間のことで貴方を怒らせて仕返しをされる所かと思ったのに……貴方は予想より弱いし何なの全く……」

彼女はため息をつくとその場に崩れ落ち、ペタンと座りこんでしまった。

彼女は俺と一騎打ちでもしようとしていたのだろうか。彼女は俺に単体で殴りかかった所を見ると体力や力には自信があるのだろうか?


「ちゃんと、お前に危害を加えるつもりはないと最初に言ったのにな……」

彼女は座り込んだまま、再びため息をつくとそれじゃ分かんなかったわよ、それに貴方みたいなガタイの人に追いかけられて、どれだけ怖かったか……といい空を見上げた。

それにつられ俺も空を見ていると彼女はクスクスと笑い出した。

初めて彼女の笑顔を見た気がする。


「なんだよ?何か楽しいことがあったのか?」

俺は聞いてみる。


「あったわよ。貴方って見た目より優しくて不器用なのね」

俺は苦笑し、それヒロキによく言われるよと言い再び空を見上げた。

それを聞いた彼女は再びクスクスと笑い始めた。


なんだ、ミサキちゃんも笑えるんじゃないかと俺は彼女の笑みを心に留めた。

今日は晴天。五月晴れだった。

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