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恋愛格差

作者: 花咲 甲二郎

あんなに人に惚れたことはなかった。藍子は素朴な雰囲気があり長身で手足が長い。ロングスカートを身にまとった、いにしえの北欧女性を連想させる人だった。手の指が細くそれが繊細さを感じさせた。

 

終わりは半年という短いものだった。藍子は理由を絶対に言わなかった。別れの言葉を口にしたあと唇を真一文字に結び、その意思が固いことを示していた。自分の気持ちはどうなるのだと僕が叫んだときには一瞬目を大きく見開き、こちらを見たがすぐに元の落ち着いた表情に戻った。それを見て諦めることを決意した。

 

その後僕は就職し忙しい日々を送り、いつしか心の傷も癒えていった。銀行員になってから十年の月日が流れたが仕事には慣れなかった。残業続きで体調を崩し、一ヶ月間休職したあと退職願を上司に手渡した。

 

一年後に再就職先を探そうと重い腰を上げたときには三十三歳になっていた。

 求人誌に「タクミ・ドット・コム」という名を見つけ、その企業を受けることにした。職種がウェブ管理業務というのが理由だった。この一年パソコンの前に座りサイト閲覧ばかりが日課であった。これといった資格も無くやりたいこともなかった。その仕事は私生活の延長だろうと想像した。

 

面接と簡単な試験を行なった。採用通知は一週間後に届いた。初日は緊張して何をさせられるのか不安であったが単純作業のためすぐに慣れた。薄給でも食うには困らない。一ヶ月もした頃、社長に気に入られて自宅に遊びにいくことになった。

 

大きなマンションの最上階にある社長のリビングは、ハーブの匂いが漂う居心地のいい部屋であった。銀行員時代の癖ですばやく計算すると、一億はいくだろうなと予想できた。ソファーの柔らかさを楽しんでいると、玄関から女性の声が聞こえてきた。


僕は自分の表情が固まるのをこらえた。リビングへ入ってきた藍子はすぐには僕と気づかない。三十キロも増えた体重は顔の形を変えてしまったからだろう。手を首に当てて二重顎を隠した。それが災いしたのか藍子が息を呑むのを視界の端でとらえた。社長がそのやり取りに気づいた様子でお互いの顔を交互に見た。しかし何も言わずにとりとめのない話を始めた。次第に会話が無くなり僕は背中に汗が垂れるのを感じた。もうこんな時間と、藍子がつぶやいたのをきっかけに帰る理由を探した。

 視線を合わすことなく玄関を出た。

 

胸の辺りが痛かった。なぜか貯金残高が頭に浮かぶ。退職願の書き方を思い出しながら手を顎に当てた。ダイエットでも始めようかな。走って駅に向かった。

 空気が冷たい。秋が近づいているのを感じた。


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