部員(2)
思っていたよりも早く芽衣先輩は戻ってきた。
「なにぼーっと立ってんの。あんた達も早く楽器出してきなさいよ。」
そんな事を言いながら、芽衣先輩は自分の体よりも大きな楽器を抱えてきた。
うわぁ、こんなでかい楽器あったんだ。ていうか先輩がちっさすぎてでかさが強調されちゃってるな完全に。こういう風に見たら本当に小学生みたいだな。
「おい、早く楽器出しに行こうぜ。」
俺がぼーっとしていたので京也が促してくる。
「ん、そうだな。」
俺たちもとりあえず楽器を出しに行く。
京也は一瞬迷ったが、トランペットにしたようだった。
さて、俺もトロンボーンをだすかな。直せたしまぁ出せるだろ。実際何事もなく取り出す事ができた。
「二人とも出してきたわね。それじゃあ練習してきてちょうだい。」
そういってすぐに歩き出した。
「え、練習って、一緒にしないんですか?」
京也が戸惑いながら質問する。
「は? 何で私があんたらなんかと練習しなきゃいけないのよ。ていうか、あんた経験者なんだから教えてあげなさい。」
まじかよ、この野郎一緒に練習する気なんてさらさらなかったんじゃねーか。
「あのー、一体どこで練習すればいいんでしょうか・・・。」
京也が恐る恐る聞く。
「そんなもんトイレの前でもどこでも好きなとこでやりなさい。あ、でも音がまじるから私からは離れてよ。」
しっしっ、と芽衣先輩の手で俺達は追い払われた。
「しゃあない。適当な場所さがすか、奏。」
「適当な場所って一体どこだよ。」
「そうだな、外はさすがにまだ寒いだろうし・・・とりあえず空いてる教室捜そうぜ。」
というわけで、俺達は教室探しを始めたわけだが、これが以外と見つからなかった。
「くっそ、何で放課後わざわざ教室に残ってんだよ! 次の教室はだれかいてもはいるぞ俺は。」
「次のクラスって、俺のとこじゃねえか! やめてくれ! からみづらい奴と思われるじゃないか!」
俺の気持ちなんて考えずに京也は思いっきりドアを開ける。
「たのもー!」
あぁ、もうだめだ、明日から俺はこの痛い奴と絡んでる変人扱いされてしまうのか。
「って、誰もいないじゃん。」
京也が一人つっこみをする。なぜか少し残念そうに見えるがさすがにただの思い込みだろう。
「ふぅ、危なく俺の高校生活をぶっつぶされるとこだったぜ。」
「じゃあ、さっそく吹いてみようか。」
そう言うと、京也は吹き口だけ取って楽器を机においた。
「奏もマッピとれよ。一から教えてやるからさ。」
その態度に一瞬いらっとしたが、実力を知ってしまっているからなんとも言いかえせず言うとおりにした。
「マッピって、これでいいんだよな?」
「そうそう、こいつで音が出せれば楽器でも出るってわけだ。」
トランペットのマウスピースを見せながら京也は説明する。
「ん? 何かそっちのと俺の違う気がするんだけど。」
「そりゃあ楽器ごとに大きさも形もかわるさ。トランペットは高い音を出すからちっさい、トロンボーンは中ぐらいの音をだすから大きさも中ぐらいってわけ。ちなみにトロンボーンぐらいの大きさが一番音が出しやすいんだ。」
へぇ、楽器って思ってた以上に複雑な作りなんだな。
などと考えてる間にも京也は説明を続ける。
「んで、そのマウスピースで音をだすのが口だ。唇を真ん中の方によせて、振動させる。」
京也はそう言うと自分の口をすぼませて見せた。
うっわぁ、すげぇださい顔になってるよ。こんな羞恥にたえないといけないなんて、やっぱり楽器は難しいようだな。
「まぁ、一回やってみろよ。」
「お、おう。」
俺はマウスピースに口を当てた。そして息を吹き込む。
(すーーー。)
「もっとさ、こう、唇を振動させる感じでさ。」
フィーリングすぎてわかんねえよ! でも言われたとおりにやってみる。
(すーぶーーーー)
若干だが音が鳴った。
なんだろうこの気持ち、小学校以来のわくわく感だ。
「で、でた! やったよ俺!」
「うん、まぁそこはそんな喜ぶとこじゃないけどな。」
京也に諭された。
なんだよ! そこは一緒に喜んでくれたっていいじゃねえか!
「じゃあ、楽器につけてみようか。」
「おう、さっきの要領でいいんだよな?」
「抵抗が強くなるから、さっきよりはちょっと息をたくさんいれないと駄目だけどな。まぁほとんど一緒だ。」
よし! 俺の記念すべき一吹きを見せてやるぜ!
(ぶーすーーーー)
出た! 一瞬でなおかつおならみたいな音だったけどでたぞ!
「そうそう、それでもっと伸ばしてみてくれ。」
(ぶぁー、ぶぁーーーー)
「お、いいね、飲み込み早いほうだ。ちなみに今だした音はF、つまりファだ。」
おお! やべぇよ、何だこの高揚感は。俺、ファの音出せるようになっちゃったよ!
「なぁ! ドレミファソラシドってどうやるんだ?」
「あんま興奮すんなよ。その前にもうちょっとだけ口すぼめてもう一個高い音だせねぇ?」
(ぱぁーー、ぱぁーーー)
「おお! いけるじゃん。これなら本番に間に合いそうだな。」
いやぁ、まさか俺にこんな隠れた才能があったとはな。自分でも驚きだよ、ふふふ。
「じゃあ、音階吹いてみようか。とりあえずスライドのロック外してくれ。」
「ついにスライドする時がきたのか。いやぁ、長い道のりだった・・・。」
「奏、お前って結構痛いやつだったんだな・・・。」
結構マジ顔で言われた。しかし、今の俺のテンションは何者にもとめられねぇぜ!
「あー! こんなとこに居たのかい。ずいぶん捜したよ! 新入部員はもう下校なんだってさ、てことで片付けてもらえるかな。」
愛海先輩が廊下から叫んでいる。時計は5時を指していた。
あああ、今からってとこだったのに! なぜこんなにも間が悪いんだよ!
「だってさ、残念だけど続きは明日だな。」
「まぁ、仕方ないか。」
ここで駄々をこねるほど俺はガキじゃない。俺達は楽器を直しから部室を出た。
「それじゃあ明日も待ってるからね!」
愛海先輩の声に一応うなずいてから昇降口へと向かった。