ブラシック?
そうこうしている内に授業は終わった。
ふと希の方を見てみると、すでにクラスの女子数人と仲良く喋っていた。休み時間もその数人と喋っていたので、必然的に、いや、俺がまわりの奴らに喋りかけたりしていたら良かったんだろうが、俺にはそんな勇気もなければやる気もなかった。
しかし、さすがにこの3年間ずっと一人で休み時間を過ごすのは寂しいと思ったので、前の席の男に喋りかけてみた。
「お、俺、琴野奏っていうんだ。一年間よろしくな。」
自分から知らない人に喋りかけることのほとんどなかった俺は、普通に、シンプルに自己紹介をした。
「・・・・・・・・。」
そいつは無言のまま俺をちらっと見て、そのまま自分のかばんのチャックをしめた。そしてあろう事かそのまま教室を出て行ってしまった。
「・・・・・・・・。」
まさかしかとされるとは予想していなかったので俺はしばらくの間固まっていた。
え、俺ちゃんと喋りかけてたよね、もしかして耳が悪いのだろうか、うん、きっとそうだろう。と自分で適当に納得しておく事にした。
そしてもう一度希の方を見たら、まだ同じ奴らと喋っていた。こんな初日から一体なにを話す事があるんだ、どうせ希もああいうグループに入って、~ズやら、~姫などと言う訳のわからない名前を付け出すんだろう。
俺はしかとされた腹いせに、希の評価を下げてやった。
楽しそうに喋っているところに割入ってまで一緒に帰るような仲でもないので、俺はそのまま一人で教室を出た。
あ、そういえば希の兄貴がいる部活を見に行くんだっけ。でも、俺はその部活の活動場所はおろか名前すら聞いていなかった。
ということで俺は昇降口に向かった。別に帰ろうと思った訳ではない、そこの掲示板に部活のちらしやらがたくさん貼り付けられているのだ。
「一応音楽なんだし・・・文化部なんだよな?」
俺はあのごつい男がピアノを弾いているのを想像しながら文化部の方の枠を見た。
美術部、茶道部、演劇部、書道部、軽音楽部、放送部、調理部、手芸部、パソコン部、ダンス部、コーラス部・・・・・・。
こんなにたくさんあったのか、それにしても軽音部やコーラス部があるというのになぜ吹奏楽部はないんだ。おかしいだろ、吹奏楽部は文化部の頂点じゃなかったのか?
俺の頭の中では吹奏楽部は文化部で一番強いものだと思っていた。その理由はただ一つである。そう、人数が非常に多いことだ。あの人数はもう文化部ではありえないだろう。多い所では百人をゆうに超え、逆に言えば50人いなければそれはもう小編成の極小バンドとなってしまうのだ。
まぁこれは人から聞いた話であって俺は吹奏楽部の内部事情なんて全く知らないわけだが、うん、そういうことだ。だから吹奏楽部は俺の中で文化部頂点なのだ。
などと考えていたら一際目立っているちらしを見つけた。その字はとてもきれいとは言えず、書き殴ったような字だった。そしてその字のまわりには小学生が描いたかのような過剰装飾が施されていた。
俺は一目見て理解した。
「誰だよ、文化部のとこに熱血運動部のちらし貼ったやつは。」
この清楚な文化部の聖域に、こんな暑苦しい張り紙貼ってちゃ迷惑だろ。一人でぼやきながらそのちらしを運動部の方へと持って行って貼ってやった。
「おおっと! そこにいる君はそのちらしの部活に興味があるのかい?」
いきなり後ろから声をかけられてしまった。
仕方なく後ろを振り返ってみると、そこには二つくくりにした、いかにも運動部だろうなというような女性がたっていた。上靴の色からするとおそらく3年であろう。
「あ・・・いや、ただこのちらしが文化部のところにあったんで直してただけですよ。」
俺は運動部になんて興味はない。肉体派の筋肉ばかになんてなりたくない。
「え? あーー!!! 何してくれてんのさ! それはうちの部のちらしだよ!」
その女性はその配色を全く考えられていないちらしを丁寧に運動部の枠からはずし、最初にあった位置に戻している。ああ、周りにあるちらしがとても薄く見えてしまうじゃないか。この女は何を考えているんだ。
そして、きれいに貼り付けたちらしを、ばん!と叩いてからもう一度こっちに戻ってきた。
「勝手にあんな事されたら困っちゃうよ! まぁそれはいいとして、君は部活どこに入るのかもう決めたのかい?」
「いえ、入りたい部活がここになかったんで・・・」
「ほほう? という事はもしかすると君はブラバン少年なのかな?」
この学校にない部活といったら吹奏楽部と決め付けたような言い方でそう聞いてきた。さっき一応全部のちらしに目を通してみたが、たしかにそれ以外のクラブはほとんどそろっていた。
「まぁ、はい・・・そんな感じです。」
俺は楽器なんか全く吹いた事も弾いたこともなかったが適当に返事しておいた。正直この女性は声がでかすぎて帰って行く他の一年が怪訝そうな目でこちらをみているのだ。ようするに俺ははやくこの人から離れたかった。
「なんだ、そうだったんだ! じゃあ話が早い。この私についてきなさい!」
しかし、この女性は周りの目など全く気にしていないようで、俺についてくるように促した。
「え、ちょっと意味がわからないんですけど・・・。」
俺の反論も虚しく無理やり手を引かれて校舎の中へと連れて行かれた。
一体この人は何を考えているんだ。そして俺はどこへつれて行かれてしまうんだ。そんなことを考えている内に、一つの教室の前についた。
その教室には大きくこう書かれていた。
(音楽大好き部!!)
「・・・・・・・。」
なんだこの部活は、どういう活動をしているんだ。というかこんなのが部として認められているのか?
色々とつっこみどころが多すぎたので結局何も言わないことにした。
「さぁさぁ! とりあえず中に入っちゃってよ。」
そういうと彼女はドアを開けて中に入って行った。仕方ないので俺も中に入った。
その教室の中には2列に机があわせて並べられて、その奥に一人の男が座っていた。
「部長! 新入生一人連れてきやしたぜぃ。」
訳のわからない喋り方で彼女は奥に座っている男に言っている。その声に気づいて男が振り返った。まぁ正直ここにくるまでに若干予想はできていたので俺は全く驚かなかった。
「希の言ってた部活ってのはこれの事だったのか・・・。何やってるんすか翔兄」
そうだ、いうまでもなくこの男が希の兄貴の、園峰翔である。
「ん? あ! お前奏か!! 随分でかくなったな!」
お前にだけは言われたくねぇよ。
「奏が音楽をするのか? 全然似合わんな!」
そういってがはがは笑い出した。
これもお前にだけは言われたくねぇよ。
「まぁせっかくだし、ここにサインしていけ!」
何がせっかくなのかもわからなかったので、俺は無視して質問した。
「一体何をしてる部なんですかここは。」
「音楽を楽しむ部活だよ! 音楽が楽しいって書いて音楽だもんね。」
横から俺を引っ張ってきた女性が割り込んできた。
この人は何を言っているんだ、音を楽しむで音楽だろう、音楽に楽しむじゃもうそれは音楽楽しいだ。
「そういうことだ。さぁ、サインするんだ!」
翔兄はそういうと、なかば無理やり俺を椅子に座らせた。
「ちょ、何するんすか! 俺は入らないっすよ。」
「ほほう、そんな事言ってたら希にあの事ばらすぞ?」
こいつは一体何のことを言っているんだ?え、まさかこいつが俺のあれの事を知っているのか?
「な・・・何のことですかねぇ?」
俺は相手の出方を見る事にした。もし本当にあれなら大変だ。
「しらを切る気か。まぁいいだろう、それじゃあ・・・・。」
そういうと、横にいる二つくくりの女性に耳打ちをし始めた。
「先に言っておくけど私はものすごく口が軽い。秘密なんて言われたらもうすぐ人に言ってしまわないと死んでしまう病気なんだ。」
二つくくりはわざとらしくそう言った。
「ちょ・・・ちょっと待ってくださいよ!」
「その紙にサインしたらいわないんだけどなー。」
そのゴリラはごにょごにょと独り言かのように言った。畜生、こんなの卑怯だ。でもあれを言われる訳には・・・・。
「わ、わかりました! 書きますよ!」
とりあえずこの場を凌ぎたかった俺は急いでその紙にクラスと名前を書いた。
「おめでとう! これで君もブラシックの仲間だよ!!」
二つくくりが目を輝かせて俺の両手をつかんだ。
「ブ・・・・ブラシック?」
全く耳になれない単語だった。
「よし! 今日から奏はうちの部員だ! よろしくな!!」
翔兄はそういって俺の頭をつかんだ。
なんなんだ一体?
なんなんだブラシックって?
俺は内容もわからないままその(音楽大好き部)に入部したのだった。