屋上と出会い
"俺"と"彼女"のオハナシ。いつかこの話をちゃんと書いてみたいです(*^_^*)
「あ―……寒」
氷のような空気を吸い込んで、肩を縮める。
手袋も何もしていない両手の指先は、ちぎれそうなくらいかじかんでいた。
既に感覚はなくなり、あまり力が入らない。
真冬の空は眩しく晴れ渡っているわけもなく、どんよりと不服そうな灰色雲がどこまでも、光を下界に射すことを許そうとしなかった。
(……でも、丁度良い、かな)
今日で最後の日には丁度良い。そう思う。
ここはある学校の屋上。
柔らかそうな栗色の髪を、冷たい風に揺らす少年が一人、茫然と立っていた。
空虚な双方の瞳は光を無にしてしまいそうなくらい輝きを失っている。
事実、彼は希望というものを持ち合わせていなかったし、今日だって、ここから飛び降りるためにやってきた。
あまり高さのない鉄柵を軽く乗り越え、空を仰ぎ見る。
曇り空が風で流されるように、ゆっくりと場所を変えていく。
そんな雲がひどく羨ましいと少年は感じた。
でも、今となってはもうどうでもいいのだ。
自分はここから飛び下りて死ぬのだから。
15年間生きても、これで何もかもが消滅する。
「自殺した」
「15歳なのに」
というニュースがテレビや新聞で独り歩きして、多少、人々に衝撃を与えることができるかもしれない。
それでいい。
それが、いい。
俺はここにいたのだと、これで証明できる。
やっと、楽になれるのだ。別にいじめられているわけじゃない。
父は自分が幼い頃に離婚してそれっきりだが、特別困ったこともないし、家計だって母一人で十分賄ってくれて、むしろ良い暮らしをさせてもらっている。
たとえほとんど母親が家に帰らず、仕事優先なのだとしても、それは俺のためでもあるはずだ。
何も不満はない。
友人だって多い方だろう。
恵まれていた。
十分過ぎるほどに恵まれていた。
俺はきっと、すごく我が儘な人間なのかもしれない。これだけ幸せな暮らしをしてもなお、物足りない。つまらない。退屈だと思ってしまう。
自分の存在が消えていく。そんな気がした。
だからそうなる前に、自分の意志でこの世界から存在を消したいのだ。
肺にいっぱい冷気を吸い込む。
驚くほど脈が落ち着いている。
一歩踏み出せば、遥か下が小さく小さく見える。
かなりの高さにクラクラする。
もう一歩踏み込んで、鉄柵から手を離そうとしたとき、背後で重く錆び付いた扉の開く音が響き渡った。
ガギギギィッッガチャン
軽く後ろを振り返ると、そこには黒づくめの服を着た女が、長い黒髪と膝丈よりも下のロングスカートを風になびかせ立っていた。前髪が長いせいか表情が見えず、格好が格好なので異様なオーラを放っている。無言でこちらに走り寄って来るにつれて、詳細がはっきりしてゆく。
色の白い、華奢な体型の女性だった。歳は、自分よりも少し上か、もしくは同じくらいかもしれない。
そしてついに俺の目の前にまで来た。
真っ白い陶器のような顔に二つの二重の目。
必要以上の肉がついていない、細く尖ったあご。とても今時の女の子には見えないが、ただ、綺麗だと思った。
折れそうなくらい細い腕が、鉄柵の間からのびてくる。震えながら俺の襟足を掴んだ。
肩を上下に揺らしながら、強く。とても強く。痛いくらいに。
顔が哀しそうに、怒っているかのように歪んだ。
「……この、大馬鹿もんが!!」
綺麗に整った唇から、全く似合わない乱暴な言葉遣い。腹の底から唸るような、それでも澄んだ不思議な声。
すでにこの時、俺は彼女に捕まったのかもしれない。
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