ブラックカイザーのはなし
私には同い年の従兄弟がいる。離れた県に住んではいたが、久しぶりに会えば、いつだって昨日会ったばかりのように話ができた。
そんな私と従兄弟がまだ幼稚園に通っていた頃、よく好きなものについて語り合っていた。
中でも盛り上がる話題は決まってヒーロー談義だった。仮面ライダーやウルトラマンに何とか戦隊、我々男子にとって避けては通れぬ必修科目だろう。仮面ライダーが大好きだった私はよく従兄弟に対し、自分の好きなライダーが如何に強いか説いていた。
そんな時、決まって従兄弟はこう言うのだ。
「でもブラックカイザーの方が強い」
それは聞いたことのないヒーローの名前だった。
ネットが未発達だったあの頃、幼稚園児の情報源はテレビと親の言うこと、そして友達が言っていること、それがすべてだ。
当時の情報源のどれを探しても、“ブラックカイザー”というヒーローはヒットしない。当然私は従兄弟に聞き返す、ブラックカイザーとは何なのか。そこで確か、従兄弟はこう答えた。
「ファイヤーマンが変身するんだよ」
曰く、“ファイヤーマン”という名前の人間が胸の前で両腕をクロスさせ、「ファイヤーマン……」と呟くとブラックカイザーに変身するらしい。そして、そのファイヤーマン本人は何を問われても「ファイヤーマン……」としか答えない、といったヒーローどころか不審者の鑑のような人物だった。
極めつけは、そのファイヤーマンが変身するブラックカイザーはとにかくとてつもなく強いのだ。
「この仮面ライダーは100mくらいジャンプするよ」
「ブラックカイザーはもっと跳べる」
「こいつはビーム出すよ」
「ブラックカイザーもすごいビーム出すよ」
「でもウルトラマンには勝てないよね?」
「ウルトラマンより強いよ」
「ブラックカイザーはどのテレビでやってるの?」
「こっちのテレビでやってる」
従兄弟の住んでいる地域ではブラックカイザーが放映されているのだと、幼稚園児だった私はすんなりと納得してしまった。今になって調べてみると、そんな不穏なヒーローはどう探しても見つからない。正直なところ、ブラックカイザーは従兄弟が何かと勘違いしたか、私の好きなヒーローに張り合おうとして生まれた無敵のヒーローなのだと思う。
だが、ブラックカイザーの根拠のない圧倒的な強さに、当時の私は胸を打たれた。
「いいなあ、俺もブラックカイザーになりたいな」
そして、あの頃のヒーローごっこにはいつも、仮面ライダーやウルトラマンに混じって、ブラックカイザーがいた。
「ライダー……変身!」
「ファイヤーマン……」
仮面ライダーの俊敏な体術、必殺のキックをすべて“カキーン”と小気味良い金属音で弾き返すブラックカイザー。スペシウム光線でさえ“カキーン”だ、しかしその強さに理不尽さはない。
我々にとってブラックカイザーとは、誰にも負けない最強のヒーローだったのだから。
大人になった今も、時折ブラックカイザーのことを思い出す。未だにどんなビジュアルかさえ想像できない、誰にも負けない無敵のヒーロー。実は悪役なんじゃないかなとも考えるが、真相は闇の中。
従兄弟にあの頃のことを聞いてみたい気もするが、ブラックカイザーの正体を知ってもなお、無敵のままでいてくれるだろうか。
「ファイヤーマン……」
私が胸の前に両腕をクロスさせて唱えてみても、ブラックカイザーにはなれない。
こうして暇を持て余して無敵の幻に思いを馳せる私を、ファイヤーマンは笑うだろうか。




