ナズナ
深い森を抜けると、穏やかな風と共に、きらきらと光を反射する広大な湖が姿を現した。
波の音が静かに打ち寄せる美しい湖畔には、周囲の自然な緑とは対照的な、黒々と肥沃な土が広がる手入れの行き届いた畑があった。
その傍らで、一人の女性アシュプルが静かに佇んでいた。彼女の足元には、春の陽光を浴びて、群生する水仙が凛とした白い花を咲かせている。
「こんにちは、ナズナさん!」
テオが元気よく手を振ると、ナズナと呼ばれた女性は、手にしていた土まみれの鍬を置き、穏やかな笑みを浮かべた。
「あら、テオ。今日は新しいお友達と一緒なのね。」
「初めまして、ニシキギです」
ニシキギは会釈をしながら、足元の花壇と、その奥に広がる広大な畑へと視線を巡らせた。
「美しい水仙だ。とても見事な庭ですね。……まさか、この広い面積の土を、すべて貴方が自らの手で耕したのですか?」
「ええ、そうよ。土の匂いを嗅ぎながら鍬を入れるのは、とても心が落ち着くの。」
ナズナは愛おしそうに、黒い土へと視線を落とした。
「今年はあそこに、ペポカボチャを植えようと思っているのよ。種を蒔くには、もう少し土を寝かせたほうがいいのだけれど。」
それを聞いたテオが、自慢げに胸を張ってニシキギを見上げた。
「ナズナさんの作るお野菜はね、隣人が作るものより、ずっと甘くて美味しいんだよ!」
「ふふ、ありがとう、テオ。」
ナズナは優しく微笑むと、湖へと続く岸辺の一角を指差した。
「そうだテオ、今度あの水辺の近くに木製のベンチが欲しいわ。あそこなら庭全体が見渡せるし……それに、のんびりと釣り糸を垂らすのにも丁度良さそうでしょう?」
「わあ、素敵なお庭になりそうだね!」
テオが弾んだ声で応じながら、小脇に抱えたノートを開く。
真っ白なページに、インクの滲まない丸っこい文字が綴られた。
『ナズナ、ベンチが欲しい』
その光景を眺めながら、ニシキギはふと疑問に思い、ノートを閉じたテオに尋ねた。
「テオ。ベンチは隣人に頼んで、庭は自分で耕すんだな?」
「うん、そうだよ!隣人はアシュプルのお手伝いをする存在だからね。」
テオは事もなげに、あっけらかんと答えた。
「自分で絵を描いて、毎日の食事は隣人に作らせるアシュプルもいれば、自分で食事を作って、隣人に絵を描かせるアシュプルもいるんだ。ナズナさんは、自分で土を触ってゆっくりお庭を作るのが好きだから、それ以外のことをお手伝いしてもらってるの!」
その無邪気な答えに、ニシキギは感心したように深く頷いた。
「ニシキギさんも、ヴィラレライトで何かやりたいことが見つかったら、いつでも僕に相談してね!」
テオが満面の笑みで胸を張る。
「ありがとう、テオ。……そうだな。だが今はまず、マツに会ってみたい。引き続き案内を頼めるか。」
「もちろん!じゃあ、マツさんのところへ向かおう!」




