シキミ
頭上を覆う緑の天蓋から、黄金色の木漏れ日が幾筋も差し込んでいる。
風が吹き抜けるたびに無数の葉が心地よい音を立てて擦れ合い、どこからか名も知れぬ小鳥の澄んださえずりが響き渡る。瑞々しい草木の匂いと、足元で静かに息づく柔らかな苔。ヴィラレライトの深い森は、眩しいほどの命の輝きで満ち溢れていた。
その豊穣な森を抜けた先に現れたのは、周囲の自然から切り離されたような、窓の無い巨大な石造りの円形劇場だった。
「あれはなんだい?」
木々の隙間から覗く異質な建造物を指差して、ニシキギが尋ねる。
「気になる?とっても凄い魔法が見られるから、少し覗いてみよう!」
テオに手を引かれるまま重厚な扉を開け、薄暗い堂内へ足を踏み入れたニシキギは、目の前に広がる特異な光景に息を呑んだ。
そこは、緩やかな階段状に下っていく広大な空間だった。床には豪奢な布張りの椅子が幾百となく規則正しく並べられ、そのすべてが同じ一つの方向を向いている。
椅子が向いている先――正面の壁一面には、見上げるほど巨大な一枚のカンヴァスが張られていた。
そして驚くべきことに、その巨大な平面の上では、極彩色で描かれた見知らぬ人々が、まるで生きているかのように滑らかに動き、泣き、笑い、剣を交えている。完全な暗闇の中で、その巨大な光の絵だけが堂内を照らし出していた。
「過去に演じられたお芝居や、遠い異国の風景を、動く絵として保存する魔法だよ。面白いでしょう?」
テオの囁くような声に促され、ニシキギは階段状の座席の中央付近へ視線を移した。
無人の椅子が並ぶ中、たった一人、そこに壮年のアシュプルが座っていた。
「あそこに座っているのが、シキミさんだよ。」
テオが耳元で小さく教えてくれた。
「そうか。……シキミ。」
ニシキギが彼に声をかけようと息を吸い込んだ瞬間、テオがそっとその袖を引き、小さく首を振った。
「今は話しかけない方がいいよ。」
「なぜだい?」
「シキミさんはね、お芝居を見ている途中で話しかけられるのを、とっても嫌がるんだ。一瞬でも絵から目を離したくないんだって。」
テオが声を潜めたまま解説した。
「シキミさんは、世界中のすべてのお芝居を観ようとしているんだよ。」
テオが小さな声で解説した。
「すべて?そんなにたくさんあるのかい?」
「うん。観終わるよりも早く、新しいお芝居が追加されるから、永遠に観終わらないって、前にシキミさんが言ってたよ。」
無数の物語に囲まれ、微かな笑みを浮かべて絵を見つめ続けるシキミの横顔には、永遠の時間を満喫する幸福な没入があった。
だが、その満ち足りた静止の光景は、目的を持って歩みを始めたばかりのニシキギに、ふと己の歩調を意識させた。
「……テオ。」
ニシキギはきびすを返し、劇場の出口へと向かった。
「急ごう。マツのところへ。」
「急ぐ?」
テオは不思議そうに目を瞬かせ、小首を傾げた。
「どうして急ぐの?マツさんは、明日でも、百年後でも、きっと同じ場所で待っているよ?」
「私は、百年も待つつもりはないんだ。」
ニシキギは短く応え、足早に歩みを進める。
テオはやはり意味がわからないというように首を振りながらも、「うん、わかった!急ごう!」と無邪気な声で背中を追いかけてきた。
その背後で、シキミはただの一度もこちらを振り返ることなく、永遠に終わらない喜劇の幻影を見つめ続けていた。




