第7話 めしべの誘い
たった2日で、ナギサちゃんはクラスの中心に座った。
青薔薇病。
わずか2年半の、余命。
だけど、彼女は携えていた。
大きな欠点を覆い隠すほどの、引力を。
まるでお人形のような顔立ちに、凛とした佇まい。もの腰柔らかな態度。一から十までの構成要素が、人を惹きつける。
まだ入学して1週間も経っていないのに、お嬢様は20回以上、告白された。机いっぱいのラブレターなんて、初めて見た光景だ。
今のところ、私は彼女の隣に居られる。
でも、笑顔を作る動作が、おぼつかなくなった。
現在は、放課後。
クラスの女子が全員集まり、何かを話している。私は女子の区分じゃないし、除外だ。
「ねえねえ! よくない?」
「そうですね!」
「それでねー。昨日動画で見たんだけどー。近所で買えるらしいんだよねー」
「なるほど。ふふふ」
ナギサちゃんのトーンが、高い。口調も年相応。
家にいる時とは、まるで違う。
頬杖をつき、うなじをみつめる。まるで遅刻した電車を待つ気分だ。
「……まあ、仕方ないんだけど」
孤独には慣れている。
ナギサちゃんの幸せが一番だ。
10回以上、胸の中で反芻して、大きく息を吸い込んだ。
「ははっ。くだらねぇ。あの女子たち、中身ない話ばっかしやがって」
ニヒルな声が聞こえ、振り返る。
「なに笑ってんの?」
「なんだよ、おばさん」
後ろの席に座る、生徒。
言動に棘はあるけど、見た目は不良っぽくない。スポーツ刈りの髪に、メリハリのない体。ただ、目つきは細くて、悪辣さがにじみ出ている。
えっと……。名前はなんだっけ。
覚えるのも面倒だし『ツンツンくん』と呼ぼうかな。
「そういうのよくないと思うよ」
「うるせえよ。話しかけてくんな」
「お、生意気だ」
悪ガキ。一番、高校生って感じがする。
ナギサちゃんはいい子だから、ちょうどいいや。かわいい悪態を前にすると、口角があがる。
「おい、なんだよ、その顔」
「クソガキの方が落ち着くなー、って」
「は? キモ」
「そうそう。私、キモいんだよねぇ」
「ニタニタ笑うな。マジでやべえなっ」
「それそれ! もっと言ってっ!」
「はあ!?!?」
これが欲しかった。
ナギサちゃんはなんでも受け入れるから、否定の刺激は久しぶり。
私はアホだし、キモいし、ブス。自責や自虐はへこむけど、他人から言われると、嬉しくなっちゃう。
私の汚い部分を直視して、理解してくれてるんだって。
「ドMなのか……?」
「あはは。どうかな。もっと罵倒すれば、わかるかもよ?」
「はあ? めんど」
「そうだよねー。私って面倒だよねー」
「笑うなよ、きも、ヘンタイ、ほうれいせん!」
うんうん。
「いやー。君みたいな子、好きだなー」
「お前、本当に大人かよ。俺を叱るべきだろ」
「今は高校生だから」
「アラサーなんだろ?」
「いくつになっても、モラトリアムは恋しいものだよ。人生の後輩君」
「意味わかんね。早く大人になった方がいいだろ」
ツンツンくんの呆れ顔を眺めていると、突然、肩を叩かれた。
優しい感触から、誰の手なのか、ピンとくる。
「恵巳さん、恵巳さん。すみません、待たせてしまって」
「もういいの? ナギサちゃん」
「ええ。早く帰って、ご飯の準備をしないと」
「今晩はなに?」
「カレイの煮つけです」
「お、日本酒がほしいな」
ナギサちゃんの和食は、料亭顔負けの絶品さだ。
煮つけや煮物といった、渋い料理は、特に。
「高校生が飲んでいいんですか?」
「学校の外じゃ大人だから」
「都合がいいですね。ふふふ」
教室を出る瞬間。ふと、足を止めて、振り向く。
不良学生と、目が合った。
「じゃあね」
「明日からは、話しかけてくんじゃねえよ」
手を振ると、そっぽを向かれてしまった。
「あの人と、仲がいいんですか?」
「席近いし」
「それだけで、恵巳さんが話しかけるとは思えませんが」
たしかに。私らしくないかも。
「うーん、なんか放っておけないって言うか。ちょっとだけ、私に似てる……かも?」
「え、全然違うと思いますよ?」
「なんだろうねぇ」
孤独で、人間嫌いな態度が、過去の自分に重なっただけ。ただの気の迷いかも。
「それよりも、お願いがあるんです」
ナギサちゃんの瞳が、近づいてくる。
胸の中で血が騒ぎ出して、無意識に目を逸らす。
彼女はわかってる。
薔薇シャンプーの香りを間近に嗅ぐと、鳥海恵巳は断れない。
「クラスのみんなが、あたしの誕生日パーティーを開いてくれるんです」
「え、すご」
まぶしい。
陽キャのイベントだ。憧れる。
「カラオケなんです」
「うわぁ。キラキラだ」
「恵巳さんも、参加してくれませんか?」
答えは、決まっている。でも、ほんの少し考える。
「……うん、いいよ」
「ありがとうございます! 楽しみにしてますね!」
そうと決まれば、善は急げ。
誕生日パーティーといえば、必需品が存在する。
「プレゼントは、何がいい?」
「恵巳さんが考えたものがいいです」
一番、困るやつだ。試されてる。
「いや、自信がないんだけど……。指定してくれた方が楽……」
「あたし、恵巳さんのプレゼントなら、なんでも嬉しいですから」
「欲しいもの、思いつかない?」
「強いて言うなら、燃やせるものか、消耗品ですかね?」
「あー。余命がないから」
「そうですそうです」
今時の女子って、何を喜ぶんだろう。
スマホで調べると、流行品が表示されていく。化粧品。プラネタリウム。お菓子に、入浴剤。
でも、ナギサちゃんは当てはまらない。
彼女は不思議というか、今時からズレているのだ。
好きな食べ物は煮物とか佃煮だし、ケルト音楽を聞く時もある。
悩めば悩むほど、歯がゆさが湧き上がった。ナギサちゃんには、謎が多い。
過去を話したがらないし、ガードが強固。
どれだけ仲良くなっても、水族館の水槽みたいな壁が、常に立ちふさがっている。
これを打破する方法。ひとつだけ、思い浮かぶ。
「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
細くてしなやかな手を、掴む。
華奢な肩が跳ねる姿を見ると、心の奥底から、腐った血液みたいな感情があふれた。
「ねえ、今夜、一緒にお風呂入らない?」
「……え? えっ!?!?」
かわいらしいお嬢様が、はじめて見せてくれた、恥じらい顔。
左肩では、青薔薇のつぼみが、膨らみはじめていた。




