第43話 密かな種まき
鳥海恵巳さん。
あなたとの人生は、お花畑でお日様を浴びるひと時みたいに、穏やかでした。
お久しぶり、でいいのでしょうか。
今、あなたの顔を思い浮かべながら、筆をとっています。
ふふふ、驚きましたか?
あたしのお花畑なら、見つけてくれるって信じていました。
交換日記に挟んであったと思います。
たくさん伝えたい言葉があるのですが、まず説明が必要ですよね。
あたし、兎本ナギサは――
恵巳さんと、一緒に死にたい。
恵巳さんに、生きてほしい。
どちらも、本心なんです。ずっとずっと胸の中でくすぶり続けていました。
恵巳さんとの約束を否定したくないのに、独りよがりな情愛を優先してしまう。本当に、あたしは弱いです。
矛盾を理解していても、選べなかった。
だから、神様に判断を委ねるんです。
海で入水心中して、一度だけ、あなたを引っ張り上げる。
あたしの体は、枯れかけています。
ペットボトルも開けられないぐらい、力がありません。
4つ葉のクローバーを100枚あつめても、成功しないでしょう。
あたしの自己満足に付き合わせてしまって、すみません。
どっちにしても、兎本ナギサは死にますから。
許してもらえると、嬉しいです。
ふふ。
やっと。
あたし、この体から、ようやく解放されるんですね。
ずっと、話していませんでしたか。
生まれた時から、あたしは自身の体が嫌いでした。
キレイすぎて、気色が悪い。もう少しだけブサイクだったら、ママはあたしに執着しなかったのかなぁ。考えない日はありませんでした。
すみません。
本当は、記憶が残ってるんです。ちょっとした断片ですけど。
恵巳さん。
裏返ったきっかけは、あなたとの傷なんですよ。
体に思い出が刻まれるたび、馴染んで、愛着が湧いて、考えるようになりました。
ああ。この体を失いたくないなぁ、って。
本当、あたしの心は移り気ですね。あなたみたいに、真っすぐには生きられません。
ねえ、恵巳さん。
もうひとつ贈り物には、気づいてくれました?
手向けの花束よりは寂しいですが、手に取ってもらえると嬉しいです。
赤い薔薇と、青い薔薇。
あたしたちを保存した、しおりです。
急いで作ったので、まだ乾いていませんが、2週間もすれば完成するでしょう。
本当はもっと装飾を施したかったのですが、旅先では難しいですね。
知っていますか?
薔薇の花束は、本数で意味が変わるんです。
1本では『ひと目ぼれ』。
2本で『この世界はふたりだけ』。
がんばれとか、生きてとか、無責任な言葉は贈りません。
ただ、ずっと口にできなかった言葉を記しますね。
あなたは、あたしの心を満たしてくれました。
一緒の空気を吸うだけで、呼吸が楽になるぐらい。
すごいですよね。
余命が縮んでも、後悔は一欠片も生まれなかったんです。
だから。
絶対に。
兎本ナギサは、根っこから花びらの一枚に至るまで、鳥海恵巳を、愛しています。
もし、おねだりを聞いてもらえるのなら、本を、書いてください。
ナギサと恵巳の物語を。
きっと、誰にも理解されません。
でも、あなたには生きる理由が必要だから。
何回も伝えましたけど、文化祭の台本を、すごく気に入っているんです。
迷いながら書き続ける、あなたの姿は、瞼にまだ焼き付いていますよ。
ふふふ。
今、絶対困った顔をしてますよね。
大丈夫ですよ。
嫌いになることはありませんから。
胸を張って、ペンを走らせ、言葉を紡いで、物語に生を吹き込みましょう。
世間がそっぽを向いても、あたしの瞳だけは見ています。
鳥海恵巳さん。
あたしのお花畑。
死を共有した、愛おしい共犯者さん。
もう、好きに生きてください。
あたしが贈った言の葉たちと、ともに。
少しだけ、さようなら。
無機質な廊下の先で、また会いましょう。
あなただけの青薔薇より。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました
もし、あなたの心が少しでも揺れ動きましたら、☆評価やブクマ、レビューなどをして頂けると幸いです
また、一旦完結設定にしますが、何話か番外編を更新する予定です




