第38話 花びらの絨毯爆撃
自分のペースで、歩く。
当たり前の行動ひとつで、解放感が全身を突き抜けていく。
整備されていない山道を踏み進んでいると、背中から鼻歌が聞こえた。
リズムも音階も、耳に覚えがない。
お嬢様のオリジナルソングだ。穏やかで伸び伸びとした曲調に、頬が緩む。
「ご機嫌だね」
おんぶしているナギサちゃんに、声を掛けた。
「交通事故なんて、はじめての経験でしたから。すっごくドキドキしました」
「私は肝が冷え切ったんだけど」
「あんなに慌てる恵巳さん、滅多に見れません。ふふふ」
笑い声が、私の髪をくすぐった。
「ポジティブだなぁ。私は凹んでるのに」
「え、意外です」
「狙い通りじゃなかったからなぁ。運転にはそこそこ自信があったんだけど……」
単独事故を起こした後、私たちは車を放置した。
警察は面倒だし、死ねば責任もない。
短命って、気楽だ。
「でも、どうしよっか。寝る場所がなくなっちゃった」
「野宿ですか?」
「テントどころか、寝袋もないしなぁ」
今は8月。
凍死はしないけど、問題は山積みだ。
「このままじゃあ、動物のおやつになって終わりかなぁ」
「あー。それも魅力的ですね」
え。流石に予想外なんだけど。
「多分、めっちゃ痛いよ」
「いいじゃないですか。死ぬって、そんなものですよ」
「おおー。不治の病にかかってる人は、言うことが違う」
「もう。意地悪はやめてくださいよ」
突然、首筋に冷たさを感じた。
ナギサちゃんの指だ。
まるで濡れた地面みたいに熱を奪ってくれて、心地いい。
「想像してみてください。一緒の痛みを感じながら死んだ後、胃の中で細胞レベルに混じり合うんですよ。とっても、素敵じゃないですか」
声音からは、冗談の色は感じ取れなかった。
顔を見ていないのに、恍惚とした表情が目に浮かぶ。
「……ナギサちゃんって、時々すごいことを口走るよね」
「え、おかしいですか?」
「理解はできるけど、発想がすごいなって」
天然の危うさを前に、固唾を飲み込む。
「……全部、恵巳さんのせいじゃないですか」
頬を膨らませる、ナギサちゃん。年相応の少女にしか見えない。
「私、教えた覚えはないんだけど」
「あたしはあなたに歪められたんです。責任をとってください」
「……一緒に死ぬぐらいしかできないけど」
「ふふふ。一緒のお腹に入ってはくれないんですか?」
想像してしまう。
決して私の首から離れない、獰猛な瞳。
鋭利な牙が皮膚を突き破り、お腹の中身を貪っていく、光景。
「ほら、グロテスクじゃん。もっとキレイに死にたいかも」
「恵巳さんって、意外と血が苦手ですよね」
「ナギサちゃんは、スプラッター映画とか好きだよね」
私は嫌いで、一緒に見たことはないけど。
「刺激が心地いいんです。人の脳を震わせる、芸術品ですよ」
「本当、ナギサちゃんは怖いなぁ」
「学校の屋上から落ちた人がいいますか?」
「私、ジェットコースターとかは好きだから」
「逆に、あたしは絶叫系が苦手ですね」
「じゃあ、ちょうどいいか」
「そうですね。ピッタリです」
歩き続けながら、周囲を見渡す。
翼を広げ、頭上を飛ぶスズメ。葉っぱの間を蠢く青虫。膨らんだお腹を抱えて、木を登るヘビ。
みんな、生きるための営みをしてる。
「まあ、私は惨たらしく死ぬべきなんだろうなぁ」
「どうしてですか?」
「ろくでなしだから。落伍者なんて、資源を無駄に食い荒らすだけだよ」
頭頂部に、衝撃。舞い落ちる葉っぱよりも、弱々しかった。
「ナギサちゃん?」
「恵巳さんは、世界をキレイに見過ぎです。それに、もっと自分を好きになるべきでもありますよ」
「うーん、もう死ぬし、好きになってもなぁ」
「死ぬから、ですよ」
「どういうこと?」
背後から伸びた細い指先が、頬を伝って、口の端に触れた。
「死ぬ時ぐらい、自分のことを好きになってください」
「……難しいなぁ」
「ちょっとは自信を抱くべきです」
「そう言われもなぁ」
どうやっても、自信あふれる鳥海恵巳を想像できない。
「自分を信じる心って、わかんない。どこから湧いてくるんだろう」
「じゃあ、あたしが試していいですか?」
「何かいい方法があるの?」
ふと、頭を撫でられた。
髪の一本一本を慈しむみたいに、優しく。
「いっぱい褒めてあげます」
「今よりも?」
「……はい。2年間溜めた想いを、ぶつけます」
「そっか」
歩いている間、ずっと囁かれた。
体の魅力的な部分。
性格。
思い出。
聞いているうちに、頬が膨らんで、えくぼが浮かぶ。
2時間以上経った頃。
甘く蕩けた銃弾爆撃が、止んだ。
「どうですか?」
問いかけられて、自分の胸を、見遣る。
「うーん、わかんない」
「……残念です。もう喉が痛くなってしまいました」
多分、私、自信が湧くって感覚も知らないのかも。
夕日に照らされながら、山道を進む。
寝泊まりする場所を探していると、花畑に囲まれた廃病院を、みつけた。




