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第33話 土も種も、腐ってる

 本当に、私は愛されていなかったんだ。


 お父さんの葬式に訪れた参列者は、50人以上。

 親戚は5人だけで、残りは、会社の関係者ばかりだった。


 彼らから聞かされる、惜別の声。

 徐々に、会社での父親が、見えてきた。


 同僚とは和気あいあいと語らい、常に愛想がいい。

 部下からは慕われ、仲人をつとめた回数は、両手の数以上。

 社長からの憶えもよく、常務に昇進する話もあがっていた。


 えっと、人違いじゃない?


 私なんか、優しくされた記憶のひとつも……。

 

 お母さんの横顔を、見遣った。力強く頷きながら、目尻を濡らしている。

 隣に立つ弟は、制服の袖で顔を押さえていた。


 そっか。

 線香の香りに喜ぶ捻くれ者は、私だけなんだ。

 

 葬儀は、つつがなく終わった。



「お疲れさま、恵巳」

「……うん」

「あとで、相続について相談ね」

「私、なんもいらない」

「あんた、生活は大丈夫なの? 相続だと贈与税かからないんだけど」



 私、顔色、見えない?

 親なんだから、察してよ。



「ねえ、お母さん」

「なに?」

「私って、お父さんに愛されてた?」

「何言ってんだ。親父は姉貴に目を掛けていただろ」



 弟の声、久しぶりに聞いた。

 声変わりのせいで、記憶よりも低い。



「恵巳はどんくさい子だったからねぇ。親の愛ってやつよ」



 思い出すだけで、胸、痛いのに? 

 じゃあ、愛って、毒なんだ。



「お母さんって、なんで私を産んだの?」



 目は、見れない。

 腕時計で隠した手首を見つめて、答えを待つ。



「どうしてかしらねぇ。理由なんて、考えたこともなかったわ。生きてくれるだけでいいのよ」



 まぶしい。


 本当に、血、繋がってるの?

 ちゃんと、遺伝させてよ。


 私の体、劣悪なDNAの塊になっちゃった。



「じゃあ、さよなら」

「元気でね」

「姉貴の葬式、すぐは嫌だからな」

「…………」




 帰り道。

 ふと、私の足が、止まった。

 わかってるよ。

 戻りたくないんだよね、温もりの無い部屋に。

 

 あてもなく、街を放浪する。

 買いたいものはない。

 食欲は、皆無だ。ゼリーすら喉を通らない。

 新鮮な空気を求める回遊魚のように、ひたすら進む。


 足元を見ながら歩いていると、突如、爆音が響いた。

 振り向くと、看板の残骸が、散らばっている。


 私、数秒歩くのが遅かったら、死んでいたんだ……。


 通行人の絶叫とともに、心臓が、高鳴る。


 そうだ。

 街中は、安全じゃない。簡単に急死する。


 暴走車に轢き殺されたり、突発的な心臓発作に襲われたり、もしかしたら、毒物が撒かれるかもしれない。

 人間の死因なんて、ビルの数ほどある。


 じゃあ、なんで、私は生きてるの?


 わからない。

 ただ、願う。ナギサちゃんと一緒に、事切れたい。


 まるで誘蛾灯につられるみたいに、家電量販店へ入る。

 大量に並ぶ、テレビ。設置されたソファーに腰を落とし、画面を眺める。


 コマーシャルから切り替わると、目に馴染んだ顔が、映った。



「ナギサちゃん……」



 特集だ。

 病院でリハビリする姿。

 映像内のお嬢様は、幼く見える。

 記憶喪失のせいで、精神年齢は小学4年生ほどだ。



「私を、知らないんだよね……」



 画面を、撫でる。

 彼女の肌とは、感触がまるで違う。ナギサちゃんの肌は冷たいけど、無機質ではない。


 すごい。

 ナギサちゃん、20人以上のボランティアスタッフに囲まれてる。


 まるでお姫様みたいに優しくされて、リハビリ、頑張ってるんだ。

 ふたりっきりの時より、幸せそう。


 このままで、いいのかな?


 胸が痛み、虫が這いずり回るみたいに頭皮が痒くなった。


 もう、考えたくない。

 でも、知ってる。脳って、勝手に動いちゃう。


 疲れたな。

 いっそのこと、テレビに頭をぶつけまくろうかな。


 運が良ければ、死ねるでしょ。


 顔を上げると、ナギサちゃんの寝姿が映っていた。

 自然と、視線が、口元に吸い寄せられる。


 音声は聞こえない。

 でも、唇の動きは――。



「……え?」



 勘違い……かな?


 で、でも。

 私、ずっと、一緒に暮らしてきたんだよ?

 見間違えるわけがない。


 確信に変わり、喉が切れるほどに叫んだ。


 

——めぐみさん。



 冷たい口が呟いた、5文字。


 私の、名前。

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