第29話 押し花よりも強く、残す
最期の誕生日プレゼントに、悩む。
ナギサちゃんは現在、記憶喪失状態だ。毎日、1か月分の思い出が消える。
だからこそ、魂に刻み込まれるような贈り物を渡したい。
難題だ。一晩中、スマホで調べても、とっかかりすら見つからなかった。
やっぱり、自分の頭で導き出すしかないみたい。
去年は、七輪を贈った。
ナギサちゃんは焼き魚が好きだし、手軽に死ねるから。
今思い返すと、攻めすぎたチョイスだ。
けれど、彼女はウサギのように跳ねながら喜んでくれた。
また、とびっきりの笑顔を、私に見せて欲しい。
――そもそもさぁ。私が最後の誕生日を消費していいの?
ふと、私の声が、聞こえた。
頭の中で反響している。
――産みの親と過ごした方が、自然じゃない?
真冬の水道みたいに、冷え切った物言い。
――今すぐ離れた方がいい。どうせ、忘れられるんだよ。新しいナギサちゃんを見つければいいじゃん。
見切りをつけろってこと?
病気のお嬢様を放り出して。
――そうそう。ちゃんと親がいるんだし、心配はいらないでしょ?
私は決めたの。
必ず、ナギサちゃんと一緒にお星さまになるって。
他の誰かなんて、いらない。
――バカじゃない? もう十分でしょ。さっさと捨てちゃいなよ。
やだ。
もう、彼女以外考えられない。私に温もりをくれる、ただひとりの人。
――本当に不器用。やっぱり、生きる才能、ないんじゃない?
「……うるさい」
頭を振り、耳にイヤホンをねじ込む。
音楽は、なんでもいい。できるだけうるさいやつ。
歌詞のひとつひとつを聞き取るように耳を澄ませ、集中する。
徐々に、胸のざわめきが落ち着いていく。
もう、声は聞こえない。
いいの。
私は、考えない。
ただ、毎日を噛みしめて、蜜月を味わうだけ。
気を取り直して、駅前へと向かう。
並んでいる店を、片っ端から物色していく。
デパートやアクセサリーショップ、雑貨店。結局手ぶらのまま、ベンチで休む。
「……うーん。しっくりこない」
目につくもの全部が色あせて映り、妥協する気にもなれない。
「頭も脚も痛いんだけど。もう、何も思いつかない」
神に縋る想いで、スマホを弄る。
検索して、文字の羅列を流し見をしていく。
内容は、無難そのもの。
私のおつむでも、思いつくアイディアばかりだ。
あくびを掻きながら、スクロールしていると、ひとつの画像に目がひかれた。
アニメやゲームで頻出するシチュエーション。
自分自身を、プレゼントする。
私とナギサちゃんは、すでに運命共同体だ。今さら、意味はない。
「いや、ちょっと待って」
でも、アレを加えれば……。
「よし。善は急げだ」
早速向かった先は、文房具店。
お金もあまりかからない上に、袋の中身も軽い。
でも、確信があった。
彼女は絶対、出会って以来、一番の反応で喜んでくれる。
誕生日を迎えた。
ナギサちゃんの顔は、戸惑いを隠しきれていない。
仕方がない。彼女の脳内では、まだ10月。文化祭が終わったばかりの感覚だ。
「お誕生日おめでとー」
「ありがとうございます」
食卓に広がる料理は、オードブル。
高級ホテルに頼んだ逸品で、部屋の雰囲気も華やかに変わる。
「どう?」
「はい。おいしいです」
淡々と、食事が続く。
ナギサちゃんは、育ちがいい。常に黙食で、丁寧に食べる。
自然と、私の咀嚼も静かになった。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
食べっぷりから、本当の言葉だと推察できる。
最近は彼女の食が細かったから、自然と頬が緩む。
食後のデザートは、もちろんショートケーキだ。
ロウソクを突き立て、ライターで火を灯していく。
部屋の電気を消せば、準備完了。
できる限り明るい声を意識して、バースデーソングを歌う。
あとは、ナギサちゃんが火を吹き消すだけ。
彼女の動きに、迷いは感じられなかった。人生で最期の、誕生日なのに。
よし。
ここからが本番だ。
「それでね。プレゼントなんだけど」
「楽しみです」
「うん。期待しててね」
勿体ぶらず、後ろに隠していた紙袋を、手渡す。
「今すぐ、開けて」
「……はい」
中身を見て、お嬢様の目が見開かれた。
「これは……?」
新品のフォトブックと、油性マーカー。それだけ。
「えっと」
戸惑い顔を向けられながら、立ち上がる。
「今から、完成させてほしいの」
私の指が、シャツのボタンを1個1個外していく。
ショーツもブラジャーも、床に落ちる。
さらけ出した、自らの醜い体。
お嬢様の喉から、下品な音が鳴った。
「何してるの、ですか?」
見目麗しい瞳を見据えて、囁く。
「ねえ、ナギサちゃん。私の体に、書いて」
「何を……ですか?」
「思い出とか、好きなところとか。なんでも」
黒い瞳が、揺れた。
「これが、誕生日プレゼントだよ」
「……はい」
「それで、一生忘れないように、写真を撮るの。フォトブックに入れたら、完成。どう……かな?」
返事は必要ない。
ただ、プラスチックのキャップを開ける音が、響いた。
「……ん」
ベッドの上で。
私の肌は、されるがままだった。
指の先から、胸。ふともも。腰。耳に至るまで、想いと記憶を、書きつけられていく。
「文化祭の劇、覚えてますか?」
「うん」
「本当に首を噛むなんて、思いも寄りませんでした」
「ごめんね」
「ちゃんと、書いておきますから」
口元に、ペン先が走った。
「あたし、恵巳さんのおへそ、大好きなんです」
「そうなの?」
「形がよくて、かわいいです」
「恥ずかしいよ」
「ああ。足の小指もいいし、肩のほくろも素敵……」
普段は物静かな瞳が、ギラついていた。
肌の上を滑るペンが、止まらない。
くすぐったいけど、耐える。私の役割は、キャンバス。ひたすら徹するだけだ。
2時間経過して、ようやく、マーカーが置かれた。
「恵巳さん、鏡を見てください」
「……うわぁ」
体中に、文字。
多彩な色ペンで、情緒豊かな絵日記が描かれている。
「じゃあ、写真、撮りますね」
「……うん」
部屋の中で、何十回と繰り返される、シャッター音。
体の隅々まで、画像データとして、収められていく。
ああ。
私の体、今、ナギサちゃんの所有物に変わってる。
「これで、終わりです」
「……うん」
余韻に浸っているといきなり、衣擦れ音が、聞こえた。
驚きながら顔を上げると、お嬢様がシャツをたくし上げる姿が、目に入る。
「恵巳さん、あたしにも、お願いします」
「え? で、でも、これって、ナギサちゃんへの誕生日プレゼントだから……」
「あたしにとっては、どっちもご褒美ですから」
え?
本当に、いいの?
「……す、すごい考え、だね」
「お願い、します」
「……うん」
ナギサちゃんの体躯は、細い。
書ける箇所は少ない。首から下は緑のイバラ痣まみれだから、尚更だ。
雪みたいな肌を、慎重に、汚していく。
最初は、上手に書けなくて、苦労した。でも、コツを掴んでからは、夢中で記す。
出会い。
受験勉強。
入学式。
プールでの、首絞め。
誕生日パーティー。
文化祭。
もっと。
もっと。
もっと。
一字すら圧縮して、書き切った。
鏡の前にナギサちゃんを、立たせる。自らの姿をみつめる瞳は、蕩けていた。
「……ふふふ。恵巳さんの字、あったかいです」
「そう、かな」
「丸くて、自由で、かわいいです」
「下手なだけだよ」
「ふふふ。味があります」
写真におさめ終わると、時針は2時を指していた。
残るは、最後の工程。
「ちょうどいい時間ですし、行きましょう」
「……うん」
長袖を着て、マスクを被る。
手を握りながら向かった場所は、コンビニだ。
「いらっしゃいませー」
店員の、やる気ない声。体が過敏に反応した。
しょうがない。
服の下、誰にも見せられないもん。
握った手の中で、冷や汗が、混じり合う。
客は、私たちだけ。
早足で、印刷機へ向かう。
お金を投入すると、機械音が響いた。
出力された写真は、想いが刻まれた、ふたりの肌。
枚数が多くて、時間がかかった。
辞書のような写真を抱え、不審な視線から逃げるように、家へ戻る。
フォトブックに入れると、完成した。
世界でたったひとつの、誕生日プレゼント。
生まれたばかりの我が子みたいに表紙を撫で、ナギサちゃんに手渡す。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとう……ございます」
抱きしめる姿を目の当たりにするだけで、胸が満たされて、笑みがこぼれる。
「今日のこと、あたしの脳が忘れても、体は覚えています」
「……うん」
「だから、安心してください」
「…………うん」
次の朝。
起きたのは、誕生日の長夜を忘れた、ナギサちゃん。
記憶も、余命も、確実に失われていく。
突然、私の体は、夜に眠れなくなった。
原因は、わからない。
耐えるうちに、酷くなっていく。
お嬢様の顔が見れなくなって、体に触れようとしても、手が震えた。
私、どうしよう。
ちょっとずつ、おかしくなってる。
――今すぐ離れた方がいい。
また、声が聞こえた。




