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第28話 巨木と雑草

 ナギサちゃんには、3つの問題が迫っている。


 まずは、余命。のこり半年しかない。

 次は、記憶喪失。1日ごとに、1か月の記憶が消える。

 最後が、一番厄介だ。


 ナギサちゃんの母親。次に来襲するタイミングすら、不明だ。

 また、お嬢様の精神が完全に壊れてしまう。


 私の選択肢は、ひとつしかない。

 明本先生に連絡をとると、食事会が開かれた。


 場所は、2つ星のフレンチレストラン。

 反骨心から、ラフな服装で入店したけど、奇異の視線を浴びて居たたまれなくなった。



「あ、恵巳ちゃーん」



 手を振って迎えた女性は、明本志緒里。

 隣には、芸能人みたいに煌びやかな淑女が座っている。


 紅のついた口元が、ゆっくりと開いた。



「あなたが鳥海恵巳さん?」

「は、はい……」



 声を聞いて、確信した。

 サザンカのように優美な女性が、ナギサちゃんのママだ。 



「どう? 素敵なお店でしょ? あなたでは一生入れないような」

「……は?」



 いきなり、当てつけかよ。



「マウントですか?」

「あらあら。そんなことは無いわよ。今日はほんのお礼なの」

「なんの、ですか?」



 彼女の動きのすべては、芝居がかっている。

 国会議員の演説を思い出す。



「ほら。ナギサちゃんのお世話をしてくれたでしょう? あの子、気難しいのよ。反抗期って言うのかしらねぇ。一緒にいると、ストレスで肌が荒れちゃって。全く。どこで間違えたのかしら」

「彼女は、とってもいい子ですよ」

「それは、あなたが他人だからでしょ? 外面はいっぱい教育したから」

「……」



 言い返しても、意味はない。ぐっと飲み込み、配膳を待つ。


 まずは、前菜が運ばれてきた。

 軽い食感の、なにか。


 手で掴んでいいのかも判断できず、ふたりの後に真似た。



「聞いたわよ。ナギサ、記憶喪失なんですってね」

「……病院から、ですか?」

「保護者はあたしよ。本来、あなたが寄り添っている現状がおかしいの」



 手汗がにじんで、細い息を吐く。



「眠るたびに、1か月分の記憶を失う。いいことじゃない。とっても便利」

「べん……り……?」

「だって、そうでしょう? 小さい頃まで戻れば、あたしに従ってくれるもの」



 彼女の言葉が聴覚神経を刺激するたび、肺が冷え、視界は歪む。



「だから、しばらく待ってあげる。……そうね。あなたに関する記憶が無くなったころがいいかしら」

 


 舌が、動かない。

 心の中では、何百人もの私が、叫んでいる。


 ふざけるな。

 お前のせいだろ。

 それでも親か。

 ろくでなし。

 クズ。

 人間失格。



「ちゃんとあなたの家に迎えに行くから、安心してね(・・・・・)? もう、関係者には話してあるから」



 スープ。魚料理。メインディッシュ。次々と並べられる、コース料理たち。

 口に運んでも、感情が動かない。

 咀嚼し、嚥下するだけ。


 見た目は、おいしそう。ナギサちゃんとのディナーだったら、一生の思い出になったはずなのに……。


 鼓膜を刺激する音は、ナギサちゃんママの自慢話だけ。

 有名な映画監督と寝たとか、お笑い芸人を怒鳴ったとか、過去の栄光ばかりだった。


 デザートを飲み込んだ後も、満腹感はない。



「それじゃあ、よろしくねー」

「うん。姉さん、ありがとう」

「いいのいいの。夫の相手も疲れるし、いい気分転換になったわー。それじゃあ、恵巳さん、よろしくねー」

 


 品のある後姿を見送ると、ようやくため息をつけた。



「大丈夫? 恵巳ちゃん」

「えっと……」

「高級なお店で緊張した?」

「あ、うん」



 頭が回らなくて、適当に返事をした。



「いやー、よかったわね」

「料理の話?」

「違うわよ。姉さんが許してくれたじゃない。あんなの、奇跡よ」

「……そう、見える?」

「ただでさえ、同い年の生徒で大変なのに、犯罪者になったら……もう、ねぇ」



 瞬きも忘れて、明本先生の鼻を凝視する。

 嘘の言葉には、聞こえない。本心から、口にしてるんだ。



「丸く収まって、よかったー。今夜はぐっすり眠れるわー」



 街灯の光を受けながら、背伸びをする、女教師。

 うなじがチラ見えすると、蘇った。授業中、彼女に見惚れていた、青臭い時間。


 ああ。

 もう、2度と。

 思い出したくない。



「ねえ、志緒里ちゃん」

「どうしたの?」

「昔。転校してすぐ、なんで私に声をかけたの?」



 心臓が、痛い。

 耳鳴りがする。


 眼前の初恋は、にこやかに笑った。



「だって、あなた、寂しそうにしていたでしょ?」

「そう、見えた?」

「なんだか、放っておけなかったのよ。わたし、困っている人が好きだから」

「どう……して?」

「だって、助けたら気持ちがいいじゃない」

「……そっか」



 ああ。

 だから、助けた後に、興味が、ないんだ。


 無責任女。



「私、もう、学校に行かないから」

「あら、そうなの?」

「うん。ナギサちゃんが、私を忘れるまで」

「……そうなの。ちょっと寂しくなるわね」



 寂しいだけ、か。

 そうだよね。

 私にとって、明本志緒里は人生を壊した張本人。でも、彼女から見た私は、青春の1ページ。



「もう、やってらんない」



 帰り道。

 私の足は、重かった。ナメクジのようにゆっくりとしか、進めない。

 

 家まで、残り5分。突然、虚脱感に襲われた。

 一歩も動けない。

 額に触れると、インフルのように熱かった。

 応急処置として、頭を電柱に当てて、冷やす。



「…………」



 気持ち悪い。

 吐き出そうかな。


 全部。



「死ねよ」



 灰色の円柱を、蹴りつけた。

 街灯が明滅する中、何度も。何度も。ふたりの顔を思い浮かべながら。


 つま先が痛み、爪が割れ、靴の中が湿っていく。

 でも、やめられない。



「なんなの!? 私って、そんなに無価値!?!?」



 思いっきり足を振りかぶったけど、蹴りが空回りして、転倒した。



「ねえ、ナギサちゃん」



 今日、成果あったんだ。

 すごく勇気を振り絞って、あなたのママと話してきたんだ。

 私の記憶が消えるまで、待ってくれるんだって。

 やったよ。

 もう、襲撃に怯えなくていいんだ。

 

 でも、おかしいな。ちっとも嬉しくない。


 相手が勝手に忖度してくれたの。

 勝ち取ってない。


 私、今すぐ消えたい。

 でも、ナギサちゃん、いるもんね。

 まだ、早いや。


 誕生日プレゼントを渡してないし、もうひと踏ん張り、だ。


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