第27話 つぼみに戻る薔薇
なんで、鳥海恵巳は、死にたがりなんだろう。
瞼を閉じ、深呼吸で心を落ち着かせ、思案する。
生まれた時から、私のすべては鈍くさかった。
歩きはじめる時期が遅く、発音も下手。お母さんは、何度も嘆いて、ため息をもらしていた。
出来損ない。
自分の名前より多く、聞いた言葉。
怒鳴ることしかできない、父親。おめーの血が悪いんだろ。娘のせいにするな。
私の人生における全盛期って、いつなんだろう?
わかんない。
ずっと、怒られていたし、賞状を受け取った記憶すら皆無。
恵巳。
くだらない名前だ。
名は体を表す、なんてあり得ない。
でも、絶頂期は、決まってる。
今だ。
兎本ナギサ。
私の温もり。
鳥海恵巳のすべてを肯定してくれる、共犯者。
ナギサちゃんとの生活は、麗しい。
華奢な体の一挙手一投足に、心がムズムズする。
声を聞くだけで頬が緩むし、温もりのある手料理が、大好きになった。
ナギサちゃんとなら、私、ほがらかに笑える。
ああ。
もっと早く出会っていたら、普通の人みたいに、生きられたのかな……。
ふと、考える時がある。
薄命のお嬢様は、なぜ、私と一緒に死んでくれるの?
ずっとずっと、後回しにしてきた。
でも、すでに時間がない。
「1日で、1か月……。記憶が……消える」
症状の、全容。
1回の記憶喪失では、とどまらなかった。
目を覚ますたび、ナギサちゃんの頭から、1か月分の記憶が消える。
人面のように大きな、青薔薇を咲かせながら。
だから、彼女は、明日の自分に日記を残す工夫をはじめた。
原因なんて、どうでもいい。
今はとにかく、1分で1秒でも長く、お嬢様の傍にいるべきだ。
朝。
顔を合わせると、彼女はすでに、現状を知っている。
枕元に置かれた日記を読んで。
「おはよう。ナギサちゃん」
「おはようございます」
次のセリフは、決まっている。
「ねえ、ナギサちゃん、私のこと、どう思ってるの?」
「どうしたんですか? いきなり」
「聞いたことなかったなって」
もう、5回目。
返ってくる答えも、お天道様みたいに変わらない。
「恵巳さんは、あたしのお花畑なんです」
「……うん」
穏やかな口調に、耳を澄ます。
「ずっとそばにいたい。自分が死んだら、一緒のお墓に入ってほしいって思えるぐらい、落ち着くんです」
脳がじんわりと温まり、涙がにじむ。
「昨日のナギサちゃんも、同じこと、言ってた」
「そう……なんですね」
「嬉しくて、死んじゃいそう」
「ふふふ。また明日、訊いてくださいね」
「……うん」
とにかく、舌を回し続ける。
伝えたいこと。訊きたいこと。
悔いのないように。
「ふふふ。妙な気分です」
「そう、だよね」
「恵巳さんって、そんなに話さないですよね。今日はいっぱい声を聞けて、嬉しいです」
「……うん。ありがとう」
この言葉も、5回目。
本心からだって、叩きつけられてる。
「すみません。恵巳さん。明日のあたしにも、話してくれますか?」
「……うん。絶対。喉が潰れても、伝えるよ」
「ふふふ。体は大事にしてくださいね」
心臓が張り裂けて、脳が蕩けそう。
ああ。
心の底から、実感する。
私は今、すっごく恵まれてるんだ。
味わおう。
ナギサちゃんが私を忘れる、その日まで。




