表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/34

第26話 青空色の花は、退化する

 青薔薇病で生まれた花は通常、1時間で腐れ落ちる。

 兎本ナギサの症状も、同じだった。


 軽く噛むだけでもボロボロと崩れて、フケのように散らばる。

 

 だけど、今回は違う。

 ナギサちゃんが発狂した、あの日(・・・)

 不気味に咲いた青薔薇は、一晩経っても、瑞々しさを保っている。


 入院して、10時間が過ぎた頃。

 お嬢様は、目を覚ました。



「なんで病院……? えっと……何があったんですか……?」


 

 記憶が混濁しているのかな。辛いことがあったんだし、仕方ないよね。

 最初は、楽観的に考えていた。



「始業式の後、倒れたんだよ」

「え、まだ、3月ですよね……?」

「……は?」



 ナギサちゃんの脳内、今は3月初旬。 

 ちょうど、1か月間。私との思い出も含めて、抜け落ちていた。


 精密検査でも異常は見られず、原因不明。医者から聞かされた時は、理解が追いつかなかった。

 だけど、彼女と言葉を交わすほど、実感した。



 たった1か月だけど、あまりにも重い。

 もう、余命半年しか残されていないのに……。



「あの……恵巳さん。何があったんですか?」



 ナギサちゃんの目元は、不安をありありと表わしていた。

 穏やかな微笑を意識して、振り向く。



「安心して。大したことは起きてないから」

「本当、ですか? 隠していませんか?」

「うん。ナギサちゃんは体調を戻すことだけ考えてて」

「でも……」



 不安なのかな。そうだよね。

 ナギサちゃん視点だと、1か月後にタイムスリップしてるんだから。



「ほら。日記も読んだでしょ?」

「……昨日だけ、何も書いてありませんでした」

「ナギサちゃんが突然倒れたから、書けなかっただけ。心配しなくて大丈夫」



 母親の来襲も、明本先生との再会も、忘れているべきだ。



「やっぱり、おかしいです。笑顔が不自然ですよ」



 思わず、視線をそらす。

 ダメだ。隠しきれなさそう。



「……ごめんね。忘れたままでいてほしいの」

「大丈夫です。受け入れますから」



 脳裏に、フラッシュバックした。狂って幻を追いかける、ナギサちゃん。

 思い出させる訳にはいかない。


 お嬢様は私の顔を見た後、目を伏せた。



「恵巳さんの辛そうな顔、見たくないんです」

「生きている限り、ずっと辛いよ」

「……はぐらかすんですね」



 私だって、隠し事をしたくない。

 ナギサちゃんに、人生の全部を共有する覚悟はある。

 でも、自分の言葉で、彼女を壊したくない。


 沈黙が続く中、突然、響いた。ドアを上品に叩く音。

 振り向くと、ドアの隙間から、来訪者の顔が一瞬だけ見えた。

 


「ちょっと待ってて」

「誰ですか?」

「多分、看護師さんかな。すぐ終わると思うからー」



 廊下に出ると、同年代の女性が、不安そうに立っていた。

 明本志緒里だ。



「何の用なの?」

「ねえ、ナギサちゃんはどうなの?」



 なんで、友人みたいに接してくるの?

 暴言を吐いたくせに。



「……大丈夫。落ち着いてる」

「そう。よかったわー」



 メガホンぐらい、声が大きい。周囲に迷惑だし、ナギサちゃんに聞こえるかも。

 待合室まで、連れ出した。



「病院って慣れないわねー。辛気臭い」



 呑気な声を聞いていると、歯茎にかゆみが走った。



「ねえ、ナギサちゃんの両親に、私の家を教えたでしょ?」

「姉さん、もう会いに行ったの? 相変わらず、娘のことが大好きねー」



 本当に思ってる?

 親子愛、歪みすぎでしょ。



「職権乱用しないで」

「保護者に連絡をとっただけよ。あの子はまだ未成年だし」

「逃げてきたんだよ。察してあげて」

「何言ってるの。親子なんだから、すぐに仲直りするわよ」

「ふざけないで……!」



 にらみつけても、明本先生の眉は一切動かなかった。



「だって、あなた、収入はあるの? 高校になんか通ってて」

「まだ、貯金はあるから」

「それに、恵巳にはなんの権利もないでしょ? 血も繋がってないんだから」



 無意識に、足が後ずさった。



「ナギサちゃんと、約束したから」

「あのねぇ。子供相手なんだから、適当にあしらわないとダメでしょ」

「彼女は頭、いいから。私なんかより、ずっとずっと考えてる」

「いくら成績が良くても、子供は子供なのよ? 社会を知らないから、大人が正してあげないと」

「うるさい! うるさいうるさい!」



 もう、聞きたくない。

 私はナギサちゃんと死にたいだけなのに、正論をぶつけないでよ!


 ふと、頭に柔らかい感触を、覚えた。

 髪を撫でられたんだ。

 明本先生の手はアイロンみたいに熱くて、思わず身を固めた。



「ねえ、来週、一緒に姉さんのところに行かない?」

「放っておいてよ。あと半年なんだから……」

「どうせ、姉さんはまた、家に行くわよ。エスカレートしていくかもね」

「…………」



 顔を上げると、視界に映った。昼光色の電球みたいな、微笑み。

 意味が分からない。



「ねえ、一体、何をしたいの……?」

「ただ、自分が正しいことを実行しているだけよ」



 ああ。変わってないな。虫唾が走る。

 こいつ(・・・)は、自分の考えを、疑わない。

 自分は正しいと、信じ切っている。


 瞳にも、立ち姿にも、口調にも、一切の揺らぎがない。


 …………あれ?


 間違っているのって、私……?



「大丈夫よ。全部、うまくいくから」



 自信に満ち溢れた女性を前に、頭が漂白されていく。


 ああ。

 やめて。


 突きつけないで、大人の私。

 


――ねえ、鳥海恵巳。このままでいいと、本当に思ってるの?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ