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第25話 種子にまとわりつくイバラ

 普段、部屋のチャイムは鳴らない。

 来客なんていないし、通販はすべて置き配だ。


 冷や汗が滲み、ナギサちゃんの手を握りしめる。


 きっと、隣の部屋と間違えたんだ。

 息を殺して、過ぎ去る足音を待つ。


 再度、チャイムが響いた。


 冷静になって、玄関を見遣る。

 ポスト口から、女性の手が入り込んでいた。

 赤くて長い爪が、まるで血で染まった牙のように見えて、背筋が凍る。



「恵巳さん……」



 冷たい手が、震えていた。



「隠れてよう」

「……はい」



 意味もなく、お嬢様の細い肩をさすりながら、息をひそめ続ける。

 早く。

 どこかいって。

 穏やかに過ごしたいだけなの。


 突如。

 けたたましい打音が、響いた。

 電子音とは、比べ物にならない。鳥肌が立ち、指先が痺れた。


 ドアが、打ち付けられているんだ。

 何度も。強く。部屋全体を揺らすみたいに。


 

「ねえ! いるんでしょ! 出て来なさい!!」



 聞いたことがない、女性の声。

 ナギサちゃんの体が、震え出した。

 


「なんで!?」

「……ナギサ、ちゃん?」



 怖がり方が、異様だ。

 瞳の焦点は合っておらず、瞬きを繰り返してる。


 アルマジロみたいに体を縮め、私の右腕にしがみついた。



「ママが……なんで……あ、そっか。おばさん……」



 え?

 今、玄関にいる女性が、ナギサちゃんのママ……?

 本当に、血が繋がってるの?



「ほら! 家出なんてバカなことはやめなさいっ! あなたが外の世界で生きていけるわけないでしょ!」



 ああ。

 ナギサちゃんが逃げ出した理由が、わかる。




「ナギサ! あなたを育てるのにいくらかかってると思ってるの!? 少しぐらい、感謝の気持ちはないの!?!?」



 本当に、人の親なの?

 どうして子供を産んだんだよ。 



「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「……ナギサちゃん。謝らなくて、いいから」

「もっと勉強するから。お願い、怒鳴らないで。殴らないで。いい子にするから。いい子……いい子に…………。いい子って……」



 また、ドアが叩く音が鼓膜を刺激した。

 いや、蹴っているんだ。


 やめて。

 壊れちゃう。



「このまま押し入ってもいいのよ!?」

「いや、いやいやいやいやいやいやっ!!!」

「落ち着いてっ! 大丈夫だから……」



 突然、静かになった。



「ナギサちゃーん。ママよー。怒らないから、帰ってきてちょうだーい」



 今度は、猫撫で声だ。

 本当に、同じ声帯から発せられた音なのだろうか。疑問が浮かぶほど、一転して甘ったるい。


 そっか。

 こいつは、私の嫌いなタイプだ。

 感情も気持ちも全部、人を操るための道具にしてる。



「ほらー。久しぶりに、いっぱい抱きしめてあげるから、早くでてきなさーい」



 必死に、ナギサちゃんの耳を塞ぐ。

 でも、暴れるせいで、ズレる。



「返事はないのー? そっかー。そうだよねー。ナギサって、いつもそうだよねー」



 声に抑揚があるのに、冷たい。

 やまびこみたいに、部屋の中で反響する。


 

「産んであげた恩を忘れたのかな? パパがお願いするから、頑張って出産したのになー」

「……やめて、もう、何度も聞いたから……お願い……」

「ナギサを産んだ時、すっごく大変だったのよ。スキャンダルになって、女優の仕事は途絶えるし、復帰後も一苦労。もう、アタシの人生はメチャクチャ」

「頼んでない。頼んでない、頼んでない!!!」

「はあぁぁ。あんたなんか産まなければ、今頃、もっと充実した人生になっていたわ」

「恵巳さん!」



 涙に溺れた瞳が、私の顔をみつめた。



「あたしの耳、壊して……」



 とっさに、首を横に振った。

 まだ、早いよ。

 もっと、私の声、聞いて欲しい。



「昔から言ってるでしょ。もっと話題になることしなさいよ。ニュースになること。そうじゃないと、アタシの仕事に繋がらないでしょ?」



 小さな耳の穴に、私の指を差し入れる。耳栓代わりだけど、気休めにもなっていない。



「でも、許すわよ。あんたの病気、使えるの。珍しい病気。悲劇の母親。テレビのディレクターたちが、こぞって仕事をくれるわ。パパの会社の宣伝にも、きっと効果的よ」



 お嬢様の首筋を、噛む。

 手首の傷跡を、強く、握った。


 私が与える痛みで、少しでも中和するために。


 でも、涙はやまない。



「あなたが青薔薇病にかかって、やっとわかったの。この子は青薔薇を咲かせながら死ぬために生まれてきたんだって」



 違う。

 ナギサちゃんは、私と死ぬために生まれてきたの。

 

 もう、聞きたくない。

 助けを求めるように部屋を見渡すと、目に入った。

 



「だから、帰って来なさい。いっぱい優しくしてあげるから。ね?」



 機嫌のいい声が、虚しく、空気にとけた。

 全部、演技なんだ。


 こんな人がいる世界、いたくない。

 でも、ナギサちゃんがいる。



「はぁ。まあ、いいわ。明日も来るわねー。あ、逃げても無駄よ。と~っても有名な弁護士先生を雇ってるから」




「またね。あたしのナギサちゃん」



 ハイヒールの歩行音が、遠ざかっていく。


 空気は、張り詰めたままだ。

 全然、安心できない。息を吐こうとしても、喉が詰まる。



「……恵巳さん」



 粉雪のように儚い声が、私の耳を抜けた。



「あたし、もう、死にたい、です……」



 ナギサちゃんのお顔は、涙でグチャグチャだった。 



「ダメだよ。笑顔で、死なないと」

「でも、どこに逃げればいいんですか……?」



 頭を撫でようとして、手が止まる。

 今の彼女は、吐息ひとつで壊れてしまいそう。



「あたしの頭、勝手に思い出すんです。この体、両親の血が流れてて……。どこまでも、付きまとうんです」

「……ナギサちゃん」

「恵巳さん。あたし、もう、いっぱい、生きましたよね……?」



 首を、差し出された。

 まるで、処刑人を前にした、罪人のように。



「違うよ」



 今じゃないよ。

 逃げるために、死んじゃやだ。


 

「ふふふ。ふふふふふ」



 ふと、上品な笑い声が、青白い唇から漏れた。



「ああ。見てください、恵巳さん。あんなところに、光が……」

「……え?」



 ナギサちゃんが指さす先を、振り向く。

 天井のシミがあるだけで、私の目には、何も映らない。



「すごいですよ。こんなの、見たことない」

「え、何を言って……?」

「ほら、行きましょう。あんなに楽しそうなんですから」

「そこっ! なにもない!」



 無我夢中に、彼女を押し倒した瞬間、異変が起きた。

 血色のない体から、血が流れはじめる。

 鼻から、目から、頭から、涙みたいに垂れていく。


 頭頂部が膨らみ、つぼみが顔を出した。


 次の瞬間。

 急激に成長し、幼児サイズまで肥大化し、咲いた。


 ブルースクリーンのように無慈悲な、青薔薇が。


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