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第23話 種の見る悪夢

 1度目の高校生時代。


 鳥海恵巳は、恋をした。


 相手は、明本志緒里。

 2年生時の転校生で、子犬のように人懐っこい存在だった。


 きっかけは、特にない。

 孤立した私にも声をかけてくれて、仲良くなって、交換日記をはじめた。

 最初は、純粋な友達と認識してたなぁ。でも、人の心は変わる。少しずつ、不純物が混じっていった。

 手を握るだけで、喉が鳴る。着替え姿を直視できない。

 私以外と会話する姿を目撃しただけで、眠れなくなった。


 マンガを読んだり、ドラマを見たりして、徐々に理解した。

 ああ、これって、恋心なんだ。

 自覚した途端、視界が華やいだ。

 自分が、世界の中心。人生観すらもお花畑になり、告白した。


 フラれる未来なんて、一切考えず。


 今の私を見れば、結果は明らか。

 たまたま一緒に死ぬ相手に恵まれただけの、惨めなアラサーが生まれた。

 





 始業式終わりの、放課後。

 明本先生(・・・・)に誘われて、ファミレスに来た。



「ねえ、覚えてる? よく2人でポテトを頼んでたわよね。懐かしいわー」 

「……わざわざ、遠くに来るなんて。近所でよかったじゃん」

「ほら、ここなら生徒に会うこともないでしょ? 昔の話なんて、聞かれたくないのよ」



 高校時代から、口調も、見た目も、しぐさも、変わってない。

 シーラカンスを観察している気分だ。



「ねえねえ。恵巳は何食べたい? せっかくだから奢るわよー」

「話って、なに?」

「あ、店員さーん」


 

 彼女は、パフェと紅茶を注文した。マイペースさは、より悪化してるみたい。

 私のオーダーは、コーヒーだけだ。



「ねえ、それで、何を話したいの?」



 喉の奥が締まって、声が詰まる。



「もう。そんなに身構えないでよ。久しぶりに会ったから、ちょっとお話したいだけよ。あ、宗教とかマルチ商法の勧誘じゃないわよ?」

「……話すこと、ないんだけど」

「現状の話とか、今まで何してたかとか。恵巳って、同窓会にも出なかったでしょ?」

「私、中退だった、から」

「それでも、クラスの一員なんだから。誰も気にしてないけどなー」



 なんで言い切れるの? 心が読めるとか?

 ありえないし、吐き気がする。



「そもそも連絡、来てないし」

「あら、そうなの?」

「私、誰も連絡先、知らない」

「それなら、わたしと交換しましょうよ。恵巳、同窓会でも、話題になってたのよ?」

「……どんな話だったの?」

「ほらほら! スマホを出して!」



 急かされるままに、電源ボタンを押す。

 目に入った画面は、ナギサちゃん以外、真っ白な連絡帳。


 喉を鳴らし、思う。

 ああ。汚したくないなぁ。



「ごめん。後でいい? 今、充電ないから」



 私の顔、うまく笑ってくれない。

 頬が引きつってる。我ながら、演技が下手すぎるでしょ。

 


「……そう」



 多分、バレてる。

 

 お腹、痛い。全部、出ちゃいそう。

 コーヒーが合わなかったのかな。



「ごめん、もう無理」

「ちょっと待って!」



 手首を掴まれて、足が止まった。

 明本先生の手、熱い。火傷しそう。本当に人間? 



「ナギサちゃんのこと、何か知ってる? あの子、全然話してくれなかったの……」

「……なんで、知りたいの」



 私の口から出た声は、乾き切っていた。



「あの子ね。わたしの姪っ子なのよ。姉さんのひとり娘」

「だから、何?」

「本当なら、もっといい学校に通っているはずなの。絶対におかしい。助けになりたいのよ」



 何も知らないし、頼られていないのに?

 言いかけて、飲み込む。



「じゃあ、その姉さんに聞けばいいじゃん」

「……わたし、あの子の両親から嫌われてるから。教師なんて、底辺の仕事らしいわよ」

「そう、なんだ……」

「ねえ、だから、教えて欲しいの。ちょっとしたことでもいいから……」



 明本先生の上目遣いと、潤んだ声。

 顔立ちだけは、いい。ナギサちゃんよりもおっとりとした雰囲気があり、艶やかだ。

 懇願されたら、私の心は耐えられない。



「ナギサちゃんは、青薔薇病にかかってるの。難病だって」

「……へ?」



 今隠しても、仕方ない。

 クラスメイトも教師も、みんな、知ってる。


 でも、胸が苦しい。

 今すぐ、自分の心臓を引きちぎりたい。



「余命、あと、1年、だって」

「嘘よね……? だって、あんなに元気そうに……。まだ、高2よ……?」



 悲痛に歪んだ、眉。

 私の目に入った瞬間、口角が吊り上がった。 



「本当だよ。青薔薇が咲いてる写真もある」



 スマホ画面を見せると、彼女の唇が震えた。


 え、私の言葉で、悲しんでる……?

 ひとりの人生をメチャクチャにした、張本人が。


 どうしよう。

 もっと、見たくなってきちゃったかも。



「…………そう、なのね」

「私が1年、縮めたの。一緒に暮らしてるんだけどね」

「え、縮めた……? 一緒に……? 何を言って……」



 もっと、えぐりたい。



「ナギサちゃんを拾ったの。部屋の前で泣いてたから。」

「えっと……両親には?」

「何も話してないし、嫌だって、ナギサちゃん本人が言ってたから」

「……恵巳、あんた、犯罪者になりたいの?」



 何がおかしいの?

 ナギサちゃんは、私を受け入れてくれてる。



「どうでもいいよ」

「何言ってるの……? まだ子供なのよ? あなた、それでも大人?」



 大人(・・)なんて知らない。

 私は恵巳だよ。鳥海恵巳。それだけ。 



「どうせ1年後、私、死ぬから。ナギサちゃんと」

「……はぁ」



 肺の空気を全部吐き出したような、ため息。


 明本志緒里の雰囲気が、変わった。

 まるで、一瞬で過ぎ去る黄昏みたいに。



「恵巳って、いつもそうだよね」



 彼女の指が、さらに熱を持っていく。

 私の手首に、紫色のネイルが食い込んだ。



「なんも変わってない。あの時、本当に飛び降りればよかったのに」



 ははは。


 はははははは……。



 知ってるから、言わないでよ。

 私、生きてるだけで、迷惑だもんね。


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