第22話 枯れた花が舞い戻る
瞼を開くと、無機質な天井が広がっていた。
息を吸うだけでも、胸が痛む。
無理がたたって、私のケガは悪化した。1か月は病院生活だ。
でも、どうでもいい。小さいことだ。
医者の淡々とした口調が、耳に残っている。
青薔薇病の、急激な進行。原因は不明。
「このままでは、あと1年もつかどうか、か……」
出会った当初、お嬢様の余命は3年だった。
本来なら、あと2年残っていたはず。
「私のせい、なのかな……」
「あ、恵巳さーん」
耳馴染みのある声が聞こえたような……?
ありえない。
彼女は今、隣の病棟にいるはずだ。
「無視しないでください」
見慣れた顔が視界に入ってきて、目を見開く。
「え、なんで、ナギサちゃん……?」
「寝ているだけは暇なので、来ちゃいました」
驚くあまり、せき込んでしまった。
まだ心の準備ができていないのにっ!
「え、大丈夫なの? 体、痛いところない?」
「気だるいですけど、いつものことですから」
「休んでた方がいいって」
ベッドの縁に座り、一息つくナギサちゃん。
「もともと治療法なんてありませんし、どうせ検査入院ですから」
「そうかも、だけど」
「余命が縮んだんですから、離れる暇はありませんよ」
「でも、安静にしておいたほうが……」
「恵巳さんが、それをいいますか?」
一切動かない瞼と、かすかに笑った口元を、向けられた。
圧が、怖い。文化祭の無茶は、やりすぎたかな。
「看護師さんに怒られても、知らないよ」
「ふふふ。ちょっと楽しくなってきましたね」
「まったく。悪い子になっちゃって……」
「恵巳さんのおかげですよ」
緑の痣だらけの腕が布団をめくり、ベッドの中に入り込んできた。
「はぁ。あったかいです」
「ナギサちゃんは冷たいね」
「この体、ちょっとずつ弱ってるんですねー。よく生きてるなーって感じです」
「他人事みたい」
「うーん、もう健康じゃない状態が普通なので」
「……そう、だよね」
青薔薇病の存在を忘れて、調子に乗りすぎていた。
取り返しのないこと、しちゃったんだ、私……。
「ごめんね。ナギサちゃん……。本当に、ごめん」
彼女の顔を、見れない。
「謝らないでください。あたしは嬉しいんですよ」
「うれ……しい……?」
「はい。最近、ずっとワクワクしてます。なので、顔を上げてください」
言われるがままに前を向くと、お嬢様の顔が、つぼみのように笑っていた。
「命を削るのって、生きてる感じがしますよね」
「わかる、けど」
「全部、あたしが決めたことなんです。だから、恵巳さんは気にしないでください」
鉄のように冷たい指が、私の手首に触れた。
カッターの傷痕が、ヒリつく。
「ねえ、ナギサちゃん……」
——私たち、一緒にいて、いいのかな。
口に出しかけて、喉が詰まった。
彼女の答えは、わかりきっている。
兎本ナギサは、狂うほど、優しい。
だからこそ、勇気が出なかった。
「どうしたんですか?」
「ううん。落ち着くなー、って」
「ふふふ。もっと近づいていいですか?」
「……うん」
私の願い。
ナギサちゃんと一緒に、死にたい。
でも、不安が押し寄せて、脳が重くなる。
自分のことは考えたくないって、割り切れたらいいのに……。
結局、答えが出ないまま、退院した。
ナギサちゃんと過ごす、2度目の冬。
クリスマス。
冬休み。
年越し。
雪の中にふたりで埋まったり、スキーでわざと遭難したり、楽しんだ。
目まぐるしく、時が過ぎていく。
減っていく、ナギサちゃんの余命。
ツンツンくんは、3学期で高校を辞めた。
演技で食べていくと宣言。劇団で住み込み修行すると聞いた。
進級時、担任が退職。家庭の事情とだけ、説明された。
「先生って、大変なんだろうなぁ」
私の嘆きに、お嬢様が反応した。
「どうしたんですか?」
「もう少し優しくしとけばよかったなーって」
「大変らしいですよ。最近は特に、モンスターペアレントが多いらしくて」
「先生、身近にいたの?」
「よくしてくれた親戚が、教師をしていたんです」
そういえば、あの子の夢も教師だったな……。
感傷に浸っていると、始業式が始まる。
新しい先生の顔を見て、私の鼓動は、止まった。
「みなさん、はじめまして。明本 志緒里って言います。気軽に志緒里ちゃんって呼んでね」
似ていた。
ナギサちゃんに、目元がそっくり。
いや、それだけじゃない。
「おばさん!?」
驚愕に満ちた、ナギサちゃんの声。
駆け寄る明本志緒里の姿から、目を離せない。
「やっぱりナギサちゃんだった! どうしてこの学校に? 月季女学院に通ってるんじゃなかったっけ?」
「あ、えっと、その……。色々あったので」
「そうなの? まあ、いいわ。元気そうでよかったー」
まぶたが、うごかない。
呼吸が、浅くなる。
頭の中で、フラッシュバックしていく。
過去の、高校時代。
近づく。迫ってくる。
背筋が凍るほど、何も変わっていない、過去が。
「久しぶり。恵巳ちゃん」
「なんで……?」
「また会えて嬉しいわ。先生として、よろしくね」
ひまわりのような笑顔を見るだけで、手足の感覚が消え、尿意が沸き立つ。
明本 志緒里。
新しい担任で、兎本ナギサのおばさん。
そして、高校時代、私が好きだった人。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます!
また、いつもリアクションやブクマをありがとうございます!
連載の励みになってます!!!
次回から新章突入。
恵巳とナギサの結末が気になる人は、☆評価やレビュー・感想などをして頂けると、めちゃくちゃ嬉しいです!




