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第18話 原稿が舞い散る

 シナリオの方向性は、決まった。


 救いのない物語。

 『ロミオとジュリエット』みたいな悲恋が好ましい。


 最初に書いた原稿は、投げ捨てた。

 展開全部、好きなドラマのパクリで、整合性も取れていない。

 ナギサちゃんが演じるんだ。不出来は許されないし、見抜かれる。

 

 改めて、真っ白な画面とにらめっこする。


 書き出しは、後で書き直せばいい。明日の私が、よりよいアイディアを出すかもしれないし。

 舞台は、中世ヨーロッパ。

 テーマやプロットは、気にしない。

 慣れない手法をなぞっても、どうせ失敗する。



「……よし」 


 

 一度筆が乗ると、帆船のように進み続けた。

 ちゃんと面白いのだろうか。わからない。


 でも、今はとにかく、手を止めたくない。呼吸するように書ける。今の状態は、奇跡だ。二度と訪れないかもしれない。


 ヒロインは、兎本ナギサをベースに構築。上品で意思が強いのに危うげな、薄幸美少女だ。


 どうせなら、本当のお嬢様にしよう。

 辺境伯とか伯爵とか、お偉いさんのご令嬢。

 最初はかわいそうな状態がいいかな。


 話が進み、最後の晩餐みたいに、幸せを盛り込む。

 単純な幸福は、想像もできない。だけど、バッドエンド前提なら、筆がほとばしる。


 セリフが聞こえる。

 キャラが弾む。指先の震えまで、見える。

 ああ。

 青薔薇だ。

 目の前に、花園が広がった。


 ふと、ミルクティーの香りが鼻先を掠めた。

 顔を上げなくても、わかる。現実のナギサちゃんだ。



「どうですか、恵巳先生」



 センセイ……。私が……?



「……やめて。恥ずかしいから」

「ふふふ」



 カップを受け取り、口を潤す。飲み頃の温度だ。お嬢様の気遣いに、指の緊張がほぐれていく。

 


「何かおかしい?」

「いえ。あたし、好きなんです。恵巳さんの悩んでいる顔」

「ひどい見た目でしょ? とくに眉間」

「そんなことありませんよ。ブルドッグみたいで、かわいらしいです」

「うわー。サイアク」



 眉間をほぐすと、気づいた。



「ありゃ。私の頭、アチアチだ」

「風邪ですか?」

「喉痛くないし、違うと思う」

「ちょっとみせてください」



 白磁器のような手が、額に触れた。ひんやりして、心地いい。滑らかな肌触りもあり、焼石になった脳に染みる。



「うーん、熱っぽくはないですね。知恵熱ですかね?」

「……ねえ、もっと触って」

「気に入ったんですか?」

「きもちー」

「ふふふ。膝枕はどうですか?」

「……うん。お願い」



 膝も、極上だ。

 瞼を閉じるだけで、寝落ちしそう。



「お話の進捗はどうですか?」

「おかげ様で、順調かな。まだまだ拙いけど」

「よかったです。主役はあたし、なんですよね?」

「うん。ヴァンパイアに拾われる、病弱なお嬢様。伯爵のご令嬢」

「なんでヴァンパイアを選んだんですか?」



 歯形のついた首筋に、自然と目が惹きつけられる。



「……首を噛みながら、思いついたから」



 今、悟った。

 無意識に、ヴァンパイアへ鳥海恵巳を自己投影している。

 皮肉屋で、自分が嫌い。

 一途で、情熱的。

 死にたがりの、落伍者。


 だから、嫌いだ。

 物語内で、殺さなければならない。

 


「演じる人は、もちろん恵巳さんですよね?」

「ううん。そこまではしない」

「え、意外です」

「文化祭は若者が中心じゃないと」

「あたしが誰かと恋人役を演じる姿、嫌じゃないんですか?」



 脳が、勝手に想像してしまう。

 同年代の男子と笑い合い、キスを交わし、頬を染める、ナギサちゃん。


 私以外が選ばれた、イフの世界。



「……嫌だけど、我慢できる」

「本当ですか?」

「……んー。後で考える」

「早めにお願いしますね」



 いっそのこと、クラスメイトに任せようかな。

 私ひとりで決めることではないし。


 一旦、執筆に戻る。

 だけど、2時間も経たないうちに、行き詰った。


 ストーリーがありきたりで、自分の物語じゃない気がする。

 ナギサちゃんに相談してみよう。



「どうせなら、あたしたちの思い出を、話に盛り込みませんか?」

「やだ。それは絶対にやだっ!」

「え、意外です。いいじゃないですか」

「見世物じゃないし。ふたりだけの宝ものを、見せたくない」



 無意識に反映される可能性はある。

 でも、わざと入れたくはない。



「……恵巳さん、かわいい」

「い、意地汚いだけでしょ」

「あたし達だけの宝もの、ですか。ふふふ」

「やめてっ! 恥ずかしいからっ!」



 さらに笑われ、頬を掻く。



「でも、ちょっと入れてもいいじゃないですか」

「ナギサちゃんは嫌じゃないの?」

「ロマンチックじゃないですか」

「うーん、たしかに」

「経験は糧ですよ」

「……考えとく」



 台本は、2週間で完成した。


 結局、大事な思い出を混ぜ込んだ。導入部分に、ちょっとだけ。

 もう、割り切ってる。『薔薇蜜と吸月鬼』は私の願望にまみれた作品だ。


 クラス内の評判は、上々。本格的な準備がはじまった。


 すんなり行き過ぎて不安だったけど、すぐ気づく。


 みんな、話の中身には、興味がない。

 ワチャワチャできれば、十分なんだ。


 配役決めでは、ひと波乱があった。


 主人公のお嬢様はもちろん、ナギサちゃん。

 相手役のヴァンパイアが問題だ。


 挙がった手は、10以上。

 男ばかりだけど、ツンツンくんも混ざっていた。

 

 すぐさま開かれる、オーディション。


 結果は、圧倒的すぎた。

 ツンツンくんが喉を震わすと、空気が張り詰め、全員から瞬きを奪った。

 声の張り方。

 表情。

 所作。

 圧巻の演技力。


 なにもかもが台本通り。ううん、超えていた。

 もしかしたら、ライオンキングの主役よりも……。


 文句の声は、上がらなかった。黒板に書かれた、ツンツンくんの名前。津田つとむ。


 よりにもよって、こいつが。

 

 歯ぎしりしながら吐いた息は、少しだけ、生温かった。



 だけど、大丈夫かなぁ。

 ツンツンくんの家庭環境、最悪なのに。


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