第11話 花粉の舞う夏
セミが鳴いている。
空っぽのお腹で共鳴し、増幅された音。
去年までの私なら、呪詛を唱えていただろう。けれど、今の心持ちは、穏やかだ。
セミは長年、土中で眠る。時間を掛けて成長し、死に際のみに羽ばたく。
私も似たような存在だ。
暗闇の中で過ごし、耐え、ようやく、兎本ナギサという大空に出会えた。
手に持ったノートを、めくる。
自然と目が細まり、鼻息があふれた。
お嬢様との、交換日記。
彼女の文に浸ると、自ずと背筋が伸びて、世界が雅に変わる。
一文一文が長いのに、疲れない。語り口が上品で、まろやか。クラシックみたいな、ゆとりのあるリズムが心地良い。
私たちはいつも、同じ景色を共有している。なのに、世界観がアニメと能楽ぐらい違う。
育ちの違いだろうか。
私の日記は、書き殴ってるだけだ。品性の欠片もない。
ナギサちゃんは「好きですよ」と擁護してくれるけど、自分自身に嫌気がさす。
一学期の間にも、様々な思い出が増えた。
防災訓練を抜け出し、図書室に隠れたら、本物の地震に慌てたし。
化学の実験では、硫酸の匂いを味わって怒られたっけ。
どうせ卒業しないからって、やんちゃしすぎたかも。
そうそう。
ツンツンくんとは、疎遠になった。きっかけはプール事件。話しかけても、そっぽを向かれた。
ダル絡みメッセージを送っても、既読無視。野良猫に逃げられた時ぐらいには、寂しい。
あいつ、夏でも長袖を着てるし、物に当たることが増えてきた。心配だけど、今は気にしないでおこう。
「恵巳さん」
凛とした声に呼ばれて、すぐさま身を正す。
机には、プリントの山。現在、夏季休暇の宿題を消化中だ。
ナギサちゃんのペンは、一切止まらない。
私とは、頭の作りが違う。
自分なりに、頑張ってはいる。でも、交換日記へと手が伸びてしまう。
「恵巳さん」
「……はい。ちゃんとやります」
「いえ。そうではなくて」
顔を上げるナギサちゃんを前に、私の首が傾く。
「じゃあ、なに?」
「夏休みにやりたいこと、ありますか?」
「……私は、特に無いかなぁ」
プール。夏祭り。花火に、旅行。
イベントは目白押しだけど、そそられない。
「あの、あたしは、あるんです」
「え、なになに?」
彼女の瞳を見やると、温泉の湯気のように、熱っぽく、ぼやけていた。
「恵巳さん、これを、つけて、ください」
響く、金属音。
静かな所作で取り出された物体を見て、喉が鳴った。
「……手錠」
見るからに頑丈な、拘束具。
ナギサちゃんは、天然の変態さんだから、えっと、つまり、そういう……。
「夏休みは、本当にふたりっきりの期間ですから……」
「……うん」
「一緒の時間を増やしたいん、です」
手錠に触れると、温もりの欠片もなかった。
引っ張っただけでは、ビクともしない。
「あの、だから、手錠で……その」
「ずっと、一緒に、過ごしたいの?」
「……はい」
鎖の長さは、20センチぐらい?
トイレの時も離れられない。肌の熱も伝わるかも。
でも、本当に、それだけで、いいの?
物足りなくない?
「ねえ、それなら」
私も、ナギサちゃんのせいで、どんどんおかしくなってる。
「私を監禁すれば、いいじゃん」
「え、カンキンって……」
「監禁……だよ」
品のいい瞳が、揺らいで、とろけた。
「手錠で外に出たら、面倒だし」
「たしかに、そう、ですね」
「今年は猛暑でしょ。外は怖い」
「……はい」
「交通事故に遭ったり、通り魔に刺されたりするかも。急に死ぬの、イヤだよね」
「……はい」
「だったら、手錠で、私を外に出さなければ、いい」
私、凄いこと、口走ってるよね……。
おかしいな。
もう、金属の輪っかとお嬢様しか、見えない。
「どう、かな?」
「とっても、素敵、ですね」
「……うん、だよね」
「はい」
決まりだ。
夏休みの1か月間、私が持つ外出の権利を、奪われる。
自由すらも取り上げられて、生活の全てを監視される。
今なら、セミみたいな声を上げられそう。
ずっとずっと、ナギサちゃんだけに、なっちゃうんだ。
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