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公認ニートの誕生

9月1日。

長閑市立第一小学校、大会議室。

全校生徒の自由研究が並べられる「夏休み作品展」が開催されていた。


1年生のエリアは、実に平和だった。


•牛乳パックで作ったペン立て。

•アサガオの観察日記(絵日記)。

•紙粘土の恐竜。


先生たちが「あら可愛い」「頑張ったわね」と目を細める、牧歌的な風景。


しかし、1年2組のテーブルの端っこに、異質な空間があった。

そこに置かれていたのは、配線剥き出しの黒い六脚機械。

タイトル札には、下手くそなひらがなでこう書かれている。



『1ねん2くみ さくらば たまき』


『だいめい: わたしの むし かんさつ』



「……あら? これ、カブトムシの模型かしら?」


田中先生が首を傾げた。


「それにしても、随分とメカメカしいわね……お父さんに手伝ってもらったのかしら?」



「さくらばさん、これ、どうやって遊ぶの?」


クラスメートの男子が、興味本位でロボットの背中にあるスイッチをポチッと押した。



キュイィィィン……。



モーターの駆動音が響く。

LEDのセンサーアイが赤く点灯した。


「あ、動いた!」


次の瞬間。

ロボット(タマキ1号)は、男子の手をすり抜けると、**カサカサカサッ!**という不気味な速度で長机の上を疾走した。


「うわあぁぁっ!?」


「早っ!? なにこれ!?」


ロボットは机の端まで来ると、落ちる……ことはなかった。

足先の吸着パッドが机の側面に張り付き、重力を無視して裏側(天板の下)へと回り込んだのだ。


「き、消えた!?」 「いや、下にいる! 裏側にへばりついてるぞ!」



騒ぎを聞きつけた田中先生が駆け寄る。


「ちょっと! 危ないおもちゃはやめなさい!」


先生が机の下を覗き込んだ瞬間、センサーが熱源(先生)を探知した。


『 ピピッ。ターゲット、ロックオン。 』(※環が吹き込んだ合成音声)


ロボットは机から離脱し、床を高速移動して、田中先生の足元へと肉薄した。


その動きは、おもちゃのラジコンではない。

完全に「獲物を追う捕食者プレデター」の挙動だった。


「きゃあぁぁぁぁっ!!」

「ゴキブ……いや、クモ!? 何これぇぇぇっ!!」


田中先生の悲鳴が部屋に響き渡る。

ロボットは先生が逃げれば逃げるほど、「追従モード」でカサカサと追いかける。

壁を登り、天井を這い、真上から先生を見下ろす。


「ひぃぃぃっ! 誰か! 誰か止めてぇぇぇ!!」


結局、騒ぎを聞きつけてやってきた用務員さんが、虫取り網でロボットを捕獲し、スイッチを切ることで事態は収拾した。 体育館は、阿鼻叫喚の嵐から静寂へと戻った。



その後、職員室。

環は、校長先生と担任の田中先生、そして呼び出された母・裕子に囲まれていた。


机の上には、「凶器」として押収されたロボットが置かれている。


「……お母さん。」


校長先生が眼鏡を光らせた。


「正直に仰ってください。これは、既製品ですよね? どこかの軍事メーカーの……いや、海外製のラジコンか何かですか?」


裕子はオロオロと首を横に振った。


「い、いいえ! 娘が……大学の先生に部品をもらって、自分で作ったと言っておりましたが……。」


「1年生が作れるわけないでしょう!」


田中先生が涙目で叫んだ。


「壁を登るんですよ!? 私を追いかけてきたんですよ!? こんな……こんな気持ち悪い動きをする機械、見たことありません!」


環は、ふてぶてしく麦茶を飲みながら口を開いた。


「……だから言った。私の研究成果だと。」


「先生が私を『落ち着きがない』と言ったから、落ち着きなく動き回るロボットを作った。……仕様通り。」


「仕様通りってあなたねぇ……!」



結局、ロボットは「学校にふさわしくない危険物」として没収(返却)され、環は「二度と学校に変なものを持ってこないこと」という誓約書を書かされた。


帰り道。

裕子は疲れ切っていたが、環はどこか満足げだった。


「お母さん。」


「……なぁに、環。」


「田中先生、いい悲鳴だった。……高周波センサーのテストになった。」


「もう、やめなさいってば……。」



まさにその時。

とある科学誌のオンライン版に、一本の論文が掲載され、世界中のロボット工学者がざわつき始めていた。



『自律型多脚ロボットにおける不整地適応アルゴリズムの一考察』


著:K. Kagami & T. Sakuraba



「なんだこの論文は!? 制御則が美しすぎる!」

「この『T. Sakuraba』とは何者だ? 過去の論文がないぞ?」

「日本の秘密兵器か?」


職員室で怒られている6歳児が、その正体だとはまだ誰も知らない。


________________________________________


10月。

二学期に入り、環の登校スタイルは劇的に変化した。


•登校する日: 遠足、運動会、図工、音楽、学級会(議論ができるため)。

•休む日: 国語・算数の授業しかない日。


週の半分は学校を休み、朝から自室のPCに向かう日々。

6歳児にして、完全なる「裁量労働制」を導入していた。


「……裕子、これってマズいよな。」


夕食の席で、博が深刻な顔で言った。


「いわゆる『不登校』ってやつじゃないか? ネット依存症というか……引きこもり予備軍というか。」


「そうね……。いくら勉強ができても、社会性が育たないと……。」


両親は、環が世界的な論文を書いていることなど知る由もなく、ただ「ネットゲームか何かにハマって学校をサボっている娘」として心配していた。



ある日、学校から連絡が入った。 「教頭先生が、直接お話ししたいとのことです。」


担任の田中先生ではなく、管理職である教頭が出てくる。

これは事態が深刻だということだ。


博と裕子は覚悟を決めた。


「きっと、出席日数のことで怒られるんだ……。」

「転校を勧められたらどうしよう……。」


やってきたのは、相良さがら教頭。

銀縁眼鏡をかけた、神経質そうで厳格な雰囲気の教師だった。

実は彼、教育学部出身ではなく、理学部物理学科卒という経歴を持つ、元・熱血理科教師だった。


「……本日は、環さんのご様子を拝見しに参りました。」


相良教頭の低い声に、博は縮こまった。


「す、すみません! 娘は部屋におりますが、ちょっと散らかっていて……!」


「構いません。案内してください。」



相良教頭が、環の部屋(6畳間)に入った瞬間。


彼は、その異様な光景に足を止めた。

学習机の上には、ランドセルも教科書もない。

代わりに、積み上げられた洋書(ハードカバーの専門書)の山。


そして、学生のお古PCのモニターには、何やら複雑な3次元グラフと、黒い背景に緑の文字が流れるコンソール画面が表示されていた。


環は、ヘッドセットをつけてキーボードを叩いていたが、来客に気づいて振り向いた。


「……あ、教頭先生。こんにちは。」


「環さん、学校に来ないで何をしているのかね?」


「……『一番の友達』と研究をしている。」


相良教頭が、モニターに近づく。


「友達って....ゲームばかりしていては……ん?」


教頭の目が、画面の隅に表示されていた数式に釘付けになった。


「……ナビエ・ストークス方程式? しかも、圧縮性流体のシミュレーションか?」


相良教頭の元・物理屋としての血が騒いだ。


「おい、このメッシュ生成……どうやって計算してるんだ?」


環は、ポテチをつまみながら淡々と答えた。


「あ、それ? 既存のソルバーだと遅いから、自分で書き直したの。……境界条件の処理を工夫して。」


「.......えっ?」


相良教頭は、震える手で机の上のプリントを手に取った。


それは学校の宿題ではなく、書きかけの論文の草稿だった。



タイトル:『群ロボット制御におけるカオス理論の応用』


著者:T. Sakuraba



「……T. Sakuraba……?」

教頭の顔色がサァーッと青ざめた。



ここ数ヶ月、理系教師の間でも話題になっていた謎の天才研究者「T. Sakuraba」。

加賀見助教授との共著論文は、すでに海外の学会でも注目されている。

その「サクラバ」が、目の前の……このランドセルを放り投げている6歳児なのか?


「き、君の『一番の友達』というのは……まさか……。」


「うん。加賀見恭平。」


環は、PCのチャット画面を指差した。


そこには、加賀見からのメッセージが表示されていた。

『 環ちゃん、例の査読通ったぞ! 次の学会発表、俺の代わりに行ってくれないか?(笑) 』



ガタガタガタ……。

相良教頭の膝が震え始めた。


彼は理解してしまった。

自分たちは、F1マシンに補助輪をつけて「三輪車の漕ぎ方」を教えようとしていたのだ。

しかも、「なんで三輪車に乗れないんだ」と叱りつけていたのだ。


教育者として、これほどの恥辱、これほどの冒涜があるだろうか。



リビングに戻った相良教頭は、心配そうに待つ博と裕子の前で、深々と頭を下げた。


「……桜庭さん。申し訳ありませんでした!!」


「ええっ!? きょ、教頭先生!?」


「退学ですか!? それとも停学!?」


相良教頭は、顔を上げて悲痛な声で言った。


「違います……。我々の指導が、間違っておりました。」


「環さんの才能は……今の公教育の枠組みでは、到底収まりきりません。彼女に『あいうえお』や『足し算』を強制するのは、アインシュタインに泥団子を作らせるようなものです。」


「は、はあ……?」


両親はポカンとしている。アインシュタイン? 泥団子?


「学校側としては……今後、彼女の『不登校』を咎めることは一切いたしません。」


「出席日数に関しては、私が責任を持って『校外学習』あるいは『特別研究活動』として処理します。」

「むしろ、学校に来ていただくのが申し訳ない……。彼女の時間を奪う権利は、我々にはありません。」


教頭は、ハンカチで額の冷や汗を拭った。


「お父さん、お母さん。……彼女は、日本の宝です。どうか、そのまま、好きなようにさせてあげてください。」



教頭が帰った後、博と裕子は顔を見合わせた。


「……よく分からないけど、怒られなかったな。」


「ええ。『日本の宝』ですって。……あの子、部屋で何をしてるのかしら?」


部屋を覗くと、環は再びPCに向かい、カタカタとキーボードを叩いていた。


その背中は小さかったが、両親には何か、とても巨大なオーラを纏っているように見えた。


「環ー、教頭先生、なんか褒めて帰っていったぞー。」


「ふーん。……話のわかる人でよかった。」


環は振り返りもせず、呟いた。


こうして、環は学校公認の「特別待遇児童(実質的な不登校)」となり、心置きなく自宅と大学の研究室を往復する二重生活を確立した。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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