公認ニートの誕生
9月1日。
長閑市立第一小学校、大会議室。
全校生徒の自由研究が並べられる「夏休み作品展」が開催されていた。
1年生のエリアは、実に平和だった。
•牛乳パックで作ったペン立て。
•アサガオの観察日記(絵日記)。
•紙粘土の恐竜。
先生たちが「あら可愛い」「頑張ったわね」と目を細める、牧歌的な風景。
しかし、1年2組のテーブルの端っこに、異質な空間があった。
そこに置かれていたのは、配線剥き出しの黒い六脚機械。
タイトル札には、下手くそなひらがなでこう書かれている。
『1ねん2くみ さくらば たまき』
『だいめい: わたしの むし かんさつ』
「……あら? これ、カブトムシの模型かしら?」
田中先生が首を傾げた。
「それにしても、随分とメカメカしいわね……お父さんに手伝ってもらったのかしら?」
◇
「さくらばさん、これ、どうやって遊ぶの?」
クラスメートの男子が、興味本位でロボットの背中にあるスイッチをポチッと押した。
キュイィィィン……。
モーターの駆動音が響く。
LEDのセンサーアイが赤く点灯した。
「あ、動いた!」
次の瞬間。
ロボット(タマキ1号)は、男子の手をすり抜けると、**カサカサカサッ!**という不気味な速度で長机の上を疾走した。
「うわあぁぁっ!?」
「早っ!? なにこれ!?」
ロボットは机の端まで来ると、落ちる……ことはなかった。
足先の吸着パッドが机の側面に張り付き、重力を無視して裏側(天板の下)へと回り込んだのだ。
「き、消えた!?」 「いや、下にいる! 裏側にへばりついてるぞ!」
騒ぎを聞きつけた田中先生が駆け寄る。
「ちょっと! 危ないおもちゃはやめなさい!」
先生が机の下を覗き込んだ瞬間、センサーが熱源(先生)を探知した。
『 ピピッ。ターゲット、ロックオン。 』(※環が吹き込んだ合成音声)
ロボットは机から離脱し、床を高速移動して、田中先生の足元へと肉薄した。
その動きは、おもちゃのラジコンではない。
完全に「獲物を追う捕食者」の挙動だった。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
「ゴキブ……いや、クモ!? 何これぇぇぇっ!!」
田中先生の悲鳴が部屋に響き渡る。
ロボットは先生が逃げれば逃げるほど、「追従モード」でカサカサと追いかける。
壁を登り、天井を這い、真上から先生を見下ろす。
「ひぃぃぃっ! 誰か! 誰か止めてぇぇぇ!!」
結局、騒ぎを聞きつけてやってきた用務員さんが、虫取り網でロボットを捕獲し、スイッチを切ることで事態は収拾した。 体育館は、阿鼻叫喚の嵐から静寂へと戻った。
その後、職員室。
環は、校長先生と担任の田中先生、そして呼び出された母・裕子に囲まれていた。
机の上には、「凶器」として押収されたロボットが置かれている。
「……お母さん。」
校長先生が眼鏡を光らせた。
「正直に仰ってください。これは、既製品ですよね? どこかの軍事メーカーの……いや、海外製のラジコンか何かですか?」
裕子はオロオロと首を横に振った。
「い、いいえ! 娘が……大学の先生に部品をもらって、自分で作ったと言っておりましたが……。」
「1年生が作れるわけないでしょう!」
田中先生が涙目で叫んだ。
「壁を登るんですよ!? 私を追いかけてきたんですよ!? こんな……こんな気持ち悪い動きをする機械、見たことありません!」
環は、ふてぶてしく麦茶を飲みながら口を開いた。
「……だから言った。私の研究成果だと。」
「先生が私を『落ち着きがない』と言ったから、落ち着きなく動き回るロボットを作った。……仕様通り。」
「仕様通りってあなたねぇ……!」
結局、ロボットは「学校にふさわしくない危険物」として没収(返却)され、環は「二度と学校に変なものを持ってこないこと」という誓約書を書かされた。
帰り道。
裕子は疲れ切っていたが、環はどこか満足げだった。
「お母さん。」
「……なぁに、環。」
「田中先生、いい悲鳴だった。……高周波センサーのテストになった。」
「もう、やめなさいってば……。」
◇
まさにその時。
とある科学誌のオンライン版に、一本の論文が掲載され、世界中のロボット工学者がざわつき始めていた。
『自律型多脚ロボットにおける不整地適応アルゴリズムの一考察』
著:K. Kagami & T. Sakuraba
「なんだこの論文は!? 制御則が美しすぎる!」
「この『T. Sakuraba』とは何者だ? 過去の論文がないぞ?」
「日本の秘密兵器か?」
職員室で怒られている6歳児が、その正体だとはまだ誰も知らない。
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10月。
二学期に入り、環の登校スタイルは劇的に変化した。
•登校する日: 遠足、運動会、図工、音楽、学級会(議論ができるため)。
•休む日: 国語・算数の授業しかない日。
週の半分は学校を休み、朝から自室のPCに向かう日々。
6歳児にして、完全なる「裁量労働制」を導入していた。
「……裕子、これってマズいよな。」
夕食の席で、博が深刻な顔で言った。
「いわゆる『不登校』ってやつじゃないか? ネット依存症というか……引きこもり予備軍というか。」
「そうね……。いくら勉強ができても、社会性が育たないと……。」
両親は、環が世界的な論文を書いていることなど知る由もなく、ただ「ネットゲームか何かにハマって学校をサボっている娘」として心配していた。
◇
ある日、学校から連絡が入った。 「教頭先生が、直接お話ししたいとのことです。」
担任の田中先生ではなく、管理職である教頭が出てくる。
これは事態が深刻だということだ。
博と裕子は覚悟を決めた。
「きっと、出席日数のことで怒られるんだ……。」
「転校を勧められたらどうしよう……。」
やってきたのは、相良教頭。
銀縁眼鏡をかけた、神経質そうで厳格な雰囲気の教師だった。
実は彼、教育学部出身ではなく、理学部物理学科卒という経歴を持つ、元・熱血理科教師だった。
「……本日は、環さんのご様子を拝見しに参りました。」
相良教頭の低い声に、博は縮こまった。
「す、すみません! 娘は部屋におりますが、ちょっと散らかっていて……!」
「構いません。案内してください。」
◇
相良教頭が、環の部屋(6畳間)に入った瞬間。
彼は、その異様な光景に足を止めた。
学習机の上には、ランドセルも教科書もない。
代わりに、積み上げられた洋書(ハードカバーの専門書)の山。
そして、学生のお古PCのモニターには、何やら複雑な3次元グラフと、黒い背景に緑の文字が流れるコンソール画面が表示されていた。
環は、ヘッドセットをつけてキーボードを叩いていたが、来客に気づいて振り向いた。
「……あ、教頭先生。こんにちは。」
「環さん、学校に来ないで何をしているのかね?」
「……『一番の友達』と研究をしている。」
相良教頭が、モニターに近づく。
「友達って....ゲームばかりしていては……ん?」
教頭の目が、画面の隅に表示されていた数式に釘付けになった。
「……ナビエ・ストークス方程式? しかも、圧縮性流体のシミュレーションか?」
相良教頭の元・物理屋としての血が騒いだ。
「おい、このメッシュ生成……どうやって計算してるんだ?」
環は、ポテチをつまみながら淡々と答えた。
「あ、それ? 既存のソルバーだと遅いから、自分で書き直したの。……境界条件の処理を工夫して。」
「.......えっ?」
相良教頭は、震える手で机の上のプリントを手に取った。
それは学校の宿題ではなく、書きかけの論文の草稿だった。
タイトル:『群ロボット制御におけるカオス理論の応用』
著者:T. Sakuraba
「……T. Sakuraba……?」
教頭の顔色がサァーッと青ざめた。
ここ数ヶ月、理系教師の間でも話題になっていた謎の天才研究者「T. Sakuraba」。
加賀見助教授との共著論文は、すでに海外の学会でも注目されている。
その「サクラバ」が、目の前の……このランドセルを放り投げている6歳児なのか?
「き、君の『一番の友達』というのは……まさか……。」
「うん。加賀見恭平。」
環は、PCのチャット画面を指差した。
そこには、加賀見からのメッセージが表示されていた。
『 環ちゃん、例の査読通ったぞ! 次の学会発表、俺の代わりに行ってくれないか?(笑) 』
◇
ガタガタガタ……。
相良教頭の膝が震え始めた。
彼は理解してしまった。
自分たちは、F1マシンに補助輪をつけて「三輪車の漕ぎ方」を教えようとしていたのだ。
しかも、「なんで三輪車に乗れないんだ」と叱りつけていたのだ。
教育者として、これほどの恥辱、これほどの冒涜があるだろうか。
リビングに戻った相良教頭は、心配そうに待つ博と裕子の前で、深々と頭を下げた。
「……桜庭さん。申し訳ありませんでした!!」
「ええっ!? きょ、教頭先生!?」
「退学ですか!? それとも停学!?」
相良教頭は、顔を上げて悲痛な声で言った。
「違います……。我々の指導が、間違っておりました。」
「環さんの才能は……今の公教育の枠組みでは、到底収まりきりません。彼女に『あいうえお』や『足し算』を強制するのは、アインシュタインに泥団子を作らせるようなものです。」
「は、はあ……?」
両親はポカンとしている。アインシュタイン? 泥団子?
「学校側としては……今後、彼女の『不登校』を咎めることは一切いたしません。」
「出席日数に関しては、私が責任を持って『校外学習』あるいは『特別研究活動』として処理します。」
「むしろ、学校に来ていただくのが申し訳ない……。彼女の時間を奪う権利は、我々にはありません。」
教頭は、ハンカチで額の冷や汗を拭った。
「お父さん、お母さん。……彼女は、日本の宝です。どうか、そのまま、好きなようにさせてあげてください。」
◇
教頭が帰った後、博と裕子は顔を見合わせた。
「……よく分からないけど、怒られなかったな。」
「ええ。『日本の宝』ですって。……あの子、部屋で何をしてるのかしら?」
部屋を覗くと、環は再びPCに向かい、カタカタとキーボードを叩いていた。
その背中は小さかったが、両親には何か、とても巨大なオーラを纏っているように見えた。
「環ー、教頭先生、なんか褒めて帰っていったぞー。」
「ふーん。……話のわかる人でよかった。」
環は振り返りもせず、呟いた。
こうして、環は学校公認の「特別待遇児童(実質的な不登校)」となり、心置きなく自宅と大学の研究室を往復する二重生活を確立した。
モチベーションの維持のため評価だけでも。
できれば感想を頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
次回は明日19時ごろ投稿予定です。




