とある搾取されている移住者
4月。 鳴和県長閑市。
冷たい春雨が降る中、新規就農者の佐藤(32歳)は、泥だらけになって用水路の掃除をしていた。
「おい佐藤! 腰が入っとらんぞ!」
「新入りなんだから、人の倍動け!」
畦道から怒鳴るのは、地元の古老たちだ。
佐藤は、東京のIT企業でシステムエンジニアをしていた。
サービス残業月100時間、手取り20万、パワハラ上司。
そんな生活に絶望し、「自然の中で人間らしく生きたい」と夢見て移住した。
だが、現実は甘くなかった。
待っていたのは、閉鎖的な「ムラ社会」。
水利権は古株が独占し、新入りには水が回ってこない。
草刈りや祭りの準備などの「ボランティア(強制労働)」ばかり押し付けられ、肝心の畑仕事ができない。
(……結局、どこに行っても同じか。)
(……都会では会社に、田舎ではジジイどもに搾取されるだけ。)
佐藤の心は折れかけていた。
そんな時、噂を耳にした。
「隣町の剛田ファーム、数千万円かけて大改革をしたらしいぞ。」
「あそこの剛田、強欲で有名だが……なんでも『秘密はねぇ、全部見せてやる』って言ってるらしい。」
剛田のことは知っている。
地元のボス猿のような男だ。
苦手なタイプだ。
だが、「全部見せる」という言葉が気になった。
佐藤は、藁にもすがる思いで、剛田ファームへ向かった。
◇
剛田ファームの事務所。
「……ごめんください。見学させてほしいんですが……。」
佐藤が恐る恐る声をかけると、奥から剛田が出てきた。
「おう、見ねぇ顔だな。移住者か?」
「は、はい。佐藤と言います。」
「そうか。……そこにあるファイル、好きに見ていいぞ。コピーも可だ。」
剛田は、壁一面の棚を指差した。
そこには『門外不出』であるはずの経営資料が、無造作に並べられていた。
「え……いいんですか?」
「ああ。『情報は隠すより共有した方が、全体のレベルが上がって巡り巡って得をする』……って、ウチの先生が言ってたからな。」
佐藤は半信半疑で、棚から一冊のファイル手に取った。
背表紙には『第一次産業革命・実施計画書』と、子供のような字で書かれている。
佐藤はページをめくり、そして息を呑んだ。
「……な、なんだこれ……!?」
そこに書かれていたのは、ただの農業日誌ではなかった。
元SEの佐藤が見ても戦慄する、完璧な「プロジェクトマネジメント資料」だった。
1.資金調達スキーム(ファイナンス): 「補助金Aと助成金Bを組み合わせ、自己資金ゼロで設備投資を行う裏技。」 「減価償却を1年で終わらせるための、リースと買取のハイブリッド契約術。」 銀行との交渉議事録まで添付されている。
そこには「剛田の恫喝」ではなく、「論理的な数字による説得」の形跡があった。
2.設備改造設計図: 「……これ、ラズパイの回路図? しかもPythonのソースコードまで公開されてる?」 市販の高級農機具を買うのではなく、中古品をDIYで「魔改造」する方法が、写真付きで解説されている。
『必要なもの:結束バンド、100均のセンサー、秋月電子のパーツ。総額5万円』
3.労務管理: 「……動線分析による、歩行距離の30%削減。」 「……パートのおばちゃんたちの『腰痛リスク』を数値化し、休憩時間を最適化。」
佐藤の手が震えた。 これは「農業」ではない。
泥臭い精神論など1ミリもない。
あるのは、徹底的な「合理性」と、生き残るための「知恵」だ。
「……おい、アンちゃん。」
剛田がコーヒーを差し出した。
「どうだ? 意味わかるか?」
佐藤は顔を上げた。
その目には、久しぶりに「エンジニア」の光が宿っていた。
「……分かります。これ、すごいです。」
「ハードウェア(農機)の制約を、ソフトウェア(知恵)で突破してる。」
「……誰が書いたんですか? このコード、美しすぎます。」
剛田はニヤリと笑った。
「近所の小学生だ。」
「は?」
「ま、信じられんだろうがな。……で、どうする?」
剛田は、佐藤の泥だらけの作業着を見た。
「お前、あっちの集落でジジイどもにいびられてんだろ? 水も回ってこねぇってな。」
図星だった。
「この資料の通りにやれば、水管理も自動化できる。ジジイに頭下げる必要もねぇ。」
「……ただし、やる気があるならだがな。」
佐藤は、ファイルを握りしめた。
今まで自分は、「田舎に来れば癒やされる」と甘えていた。
だが、この資料を作った「誰か」は、そしてそれを実行した剛田は、戦っている。
古い慣習や、不条理なシステムと、知恵と技術で戦っているのだ。
「……剛田さん。」
「あん?」
「この設計図の、通信モジュールの設定……もう少し効率化できます。」
「僕、元ネットワークエンジニアなんで。」
剛田の目が光った。
「……ほう。」
「……この技術、僕の畑でも試させてください。その代わり、僕の持ってるITスキル、全部提供します。」
「ジジイどもを見返してやりたいんです。」
剛田は、ガハハと笑って佐藤の背中を叩いた。
「いい目になりやがった! 交渉成立だ!」
「今日からお前も『チーム剛田』の準レギュラーだ! 先生に紹介してやるよ!」
その日、佐藤は「癒やし」を捨てた。
彼は剛田ファームで、泥まみれの服のまま最新鋭のシステム構築に没頭することになる。
搾取されるだけの「弱き移住者」は死んだ。
ここには、スパナとキーボードを武器に、理不尽な田舎社会へ反旗を翻す、一人の「アグリ・ハッカー」が誕生したのである。
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次回は今月中に投稿できればなと思っています。




